18.緊急逮捕ならず
「“警備部機動課第1機動隊・隷下全中隊展開完了、これより機械化警備班と協働し、マル冒の検挙にあたる”! 送れ!」
「治安維持課の警邏は邪魔だッ、市民の避難誘導に専念させろ!」
「“こちらエ-3番。エ-3番。マル冒に逃走の気配なし、逃走の気配なし。既に多くの一般市民、数名の警邏が犠牲になっている模様。終わり”」
魔力噴射により1宴50万歩間(=時速250km)にまで加速した鋼鉄の塊――機械化装甲を纏った警官達が、大通りを駆け抜けていく。手には竜種さえ数秒で哀れな肉片へと変えてしまう凶器、1/2指間(=15mm)重連発銃が握られている。明らかに逮捕ではなく、殺害を目的とした装備であった。
それに遅れる形で二脚の小型竜に騎乗した警官や、大盾を担いだ機動隊員が駆けていく。やはりみな例外なく、重武装。警官達の装備を見ていれば、暴徒鎮圧用の催涙弾、拳銃、連発銃、長距離狙撃銃――ありとあらゆる火器が動員されていることが分かったであろう。
その上空を翔け抜けていくのは、翼竜警官。
軍用竜にも劣らない翼竜を操る警官は、状況を逐一報告し、地上部隊の管制にあたる。
「むっ」
その翼竜警官が、地上の異変を察知した。
「“こちら1機2中、マル冒に対して射撃開始っ”、送れ!」
「銃声!? まだ包囲環は完成していないぞ!」
「“こちらエ-2番。1機2中は負傷した市民の収容のため、射撃を開始した模様。終わり”」
最初に発砲したのは、第1機動隊第2中隊であった。ひとり超然と佇む冒険者の傍に、重傷を負ったまま動けない市民を視認した彼らは、この負傷者を放っておけずに独断専行を決めたのである。
「すぐに銃撃をやめろ、包囲環完成を待つよう送れ!」
「“こちら1機2中。これよりマル冒を排除し、重傷者の収容を試みる。終わり”」
そして武装警官たちは、熾烈な市街戦に突入していく。
銃口の先に立つ相手は、たったひとり――マル冒(冒険者)。
戦列歩兵めいて横隊を組んだ第1機動隊第2中隊は、自動拳銃や短連発銃、小銃といった火器による濃密な弾幕を構築する。
が、黒い外套を纏った冒険者に向かっていった数百発の弾丸は、かすりもしない。
それどころか弾雨の中で黒獣は平然と長剣を構え直すと、1機2中の機動隊員達目がけ、銃声の最中でもよく通る声で言った。
「私を撃つか。くだらん、税金の無駄だぞ」
◇◆◇
“白昼堂々、冒険者による暴虐”
“エイシーハ死者37名、負傷者182名”
翌日の朝刊1面は、たったひとりの冒険者が引き起こした惨事を報じる記事で埋まった。
半ば災害のようなものだ。死者37名の内訳だが、カヴェリア関係者は9名。冒険者の逮捕――否、射殺を試みた警官隊から、17名が返り討ちに遭って殉職。残る11名は、その場に居合わせた無関係の一般市民であった。
この冒険者を逮捕するために動員された武装警官の人数だが、400名はくだらない。
だがしかし結局、国家警察はこれを取り逃がしてしまった。
早急に負傷者を収容するため、包囲環が完成する前に、第1機動隊第2中隊が単独で交戦を開始したのがまずかったのである。第2中隊が装備する火器は、冒険者を相手にするには些か貧弱だった。
結果、第2中隊は痛烈な反撃を受け、全滅。
遅れて到着した第1機動隊第3中隊や、機械化警官も各個撃破される形になってしまい、国家警察の検挙部隊は総崩れになった。
“冒険者の標的は、反戦平和団体カヴェリアか!?”
また事件の全貌を掴んだ新聞各社は、この恐ろしい冒険者の標的がカヴェリアであることを一斉に報じた。これは言論の自由に対する挑戦だ、と勇気ある新聞社は書きたて、また証拠がないだけに記事にはしなかったものの、記者達はカヴェリアと対立する国民防衛戦線の関与を疑い始めていた。
「国家警察……どこまでも使えない」
そして窮地を逃れたデモクラシア、セルン、ファゼルの3人は、エイシーハ市内で最も安全な場所――エイシーハ国家警察署の宿直室にいた。
先の抗議事件からカヴェリアを敬遠してきた国家警察ではあるが、今回の一件はさすがに看過出来なかったらしい。とりあえず直接的に生命の危機が迫っているデモクラシア達を保護し、また市井にいるカヴェリア関係者には、数名ずつ警官を張りつけることに決めた。
「だいたいここが安全という触れ込み、信頼できるものかな」
必要最低限の家具・調度品のみが揃えられた、質素な部屋。
金属製の骨組みをもつ折りたたみ式の椅子に座り、薄い麦茶を飲み干したデモクラシアは、「はあ」と溜息をついた。すかさずその後ろに立つセルンが、デモクラシアの湯呑みに麦茶を注ぎ足す。ファゼルは拳銃の分解、整備に余念がなかった。
「ちょい待てや」
もうひとり。
騒がしい男が、出入り口の脇に立っている。
「お嬢さん、そりゃ国家警察の人間の前で堂々言うもんじゃねえぞ。悪口は陰でこそこそ言うもんだ」
紺を基調とした制服と腰に吊り下げた制式拳銃は、まさしく国家警察のものだ。
だがその口調や身嗜みは野卑であり、どうも警察官らしくない。
彼は興奮した様子で、べらべらとまくしたてる。
「だいたい俺達が無能なんじゃなくて、あのマル冒が――冒険者がありえねえんだよ。魔力操作なしで弾丸避ける怪物を逮捕出来るわけがねえ、ありゃ警察力で対処出来る相手じゃないっての」
「そういう国家警察の敗北を認める言動は、出世に響くぞ」
「そんなもん、十代に心配されることじゃねー。余計なお世話だ。どうせもう俺は出世の道から外れてるかんな」
「……。まあいい。重要なのはここが安全かどうかだ」
デモクラシアの質問に、警官は無精ひげの生えた顎をさすってから、にやりと笑った。
「任せとけよ。むしろ殴りこみに来て欲しいぐらいだ」
現在エイシーハ国家警察署には、全国から選抜された応援部隊が集結しつつある。ここは新たな政治の中枢エイシーハ、国家警察としては災害的存在――冒険者“黒獣”を野放しには出来ない。重連発銃と魔力稼動式の鎧を纏った機械化警官から、警備部銃器・魔術犯罪対策課の精鋭たちも揃い踏みした。
「ここに来る、そりゃ自殺行為とおんなじだ」
「ここが安全なのは、分かりました」
笑う警官に対して、今度はそれまで黙っていたファゼルが口を開いた。
「あの冒険者“黒獣”とは、何者ですか。警察内では有名であったりするのですか」
「いや。有名じゃねえ。ただ情報課の連中は、前々から何かしら知ってたみたいだ。秘密主義のいけ好かないやつらだ」
「では、何も情報は……」
「いや、慌てふためいていくらか開示してきた。
黒獣の経歴は、典型的な冒険者のそれだ。まあいろいろあって、このくそったれな社会と法律から離脱したらしい。年齢は20代半ば、冒険者歴は10年以上とされる。
得手とするのは、近距離に存在する魔力への操作。空中に足場を作る、即席で防壁を作る、そういうのが得意ってわけだ。
情報課が確認している彼の活動の中で注目すべきは、ヴィルヴァニア帝国軍将校何某の殺害や、リランド民主共和における希少竜討伐か。金さえ貰えればなんでもやるようだ。仕事に選り好みはないらしい」
「怖いものなし、ですな」
ああ、そういうこったな、とうなずいた警官に対して、ファゼルはさらに質問をぶつけていく。
「では国家警察は今後、どうやって彼を逮捕するつもりなのですか。
相手はヴィルヴァニアやリランドといった大国でさえ、始末できなかった怪物だ」
「それな」
今度は警官も、ただただ苦笑いを浮かべる。
「こりゃ相談なんだけどよ。お前らん中に、冒険者が知り合いにいる奴っていないか?」
「は?」
「さっきも言っただろうがよ。
熟練の冒険者は、警察力でどうにかなる相手じゃねえ。向こうがのこのこ出てきてくれりゃ別だが、こっちから居場所を探り当て、打って出てぶち殺せる相手じゃねえって。
だが黒獣をどうにかする方法が、ひとつだけある」
室内に沈黙が訪れた。
それからファゼルは、ひとつ溜息をつく。
「私達の中の誰かが、他の冒険者に黒獣の殺害を依頼しろ、と。そういうことですか」
「それしかねえだろうが。冒険者には冒険者をぶち当てるのがいちばんだ。
ま、言っておくが、国家警察はあくまでもその威信にかけ、独力での黒獣逮捕を目指す。
腐っても警察だ。国家権力だ。犯罪者と手を組んで、犯罪者に対処するなんてことは出来ねえ。だから冒険者に依頼するのは、お前らの方でやってくれ。本来、冒険者への非合法行為の依頼は犯罪だが、今回ばっかりは見逃してやるよ」
(やはりあてにならないな……)
ファゼルは呆れ果てた。
が、一方でデモクラシアは「そうか」、と不気味なほど満面の笑みを浮かべた。
「では、もうここに用はない。失礼するとしよう」
「お、なんかアテがあんのか」
「国家警察よりも幾許か頼りになるやつがいる」
お、そうかい。
警官は薄ら笑いを浮かべると、立ち上がったデモクラシアに紙片を差し出した。
「なんかあったら、署の受付に俺を呼ぶように言いな」
“エイシーハ国家警察署警護課 クロウス・クオッタ・ゼルキュリス”。
そう書かれた名刺を受け取ったデモクラシアは、「何の役に立つやら」と言いながらもそれを隠しにしまいこむ。
「んじゃ、まあせいぜい頑張れ」
そして警察官クロウスは、無責任な励ましの言葉を彼女たちに投げかけると、客人よりも早く宿直室から出て行ってしまった。




