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16.国民防衛戦線の策謀

『201飛行中隊、緊急発進準備ッ! 繰り返す、201飛行中隊、緊急発進準備!』


 拡声の魔術を使って必要以上に怒鳴りたてる航空団司令に、内心うんざりしながらも201飛行中隊の隊員は兵舎の廊下を駆けた。初夏にも関わらず、防寒具を着込んだ現代の騎士達は黙りこくったまま、ただただ走る。足音だけが深夜の廊下に響いた。

 なにが起きているのか、議論する必要はなかった。

 エンドラクト新王国とヴィルヴァニア帝国の領域が接する、ここ「暫定国境線」では帝国航空艦隊による領空侵犯と、新王国邀撃騎による緊急発進・退去勧告は、もはや日常である。

 額に汗を浮かべながら兵舎の外へ出た隊員たちは、翼竜飼養兵により竜舎から引き出されてきた自身の愛騎を目敏く見つけると、素早く跨乗して鐙に足を固定する。

 翼竜たちがこれから空翔けることが出来る喜びに震え、幾度か甲高い鳴き声を上げた。

 鈍色と濃緑の竜鱗が印象的なこの翼竜の名は、エンドラクト製亜音速戦闘騎ライオファイア107期型。全幅約22歩間(約11m)、全長約10歩間(約10m)、最大速力は1宴130万歩間飛翔(時速650km)――最大速度、上昇能力、格闘能力において、世界最高水準の翼竜である。


「隊長、今夜のお客様は!?」


 戦闘準備を終えた騎士のひとりが、隊の先頭で発進許可を待つ自身の上官へ、ふざけ半分に問う。

 すると銀鱗と濃緑の竜鱗をもつ隊長騎に跨る男は、生真面目に状況を説明しはじめた。


「3詠前(3分前)、ヴィルヴァニア帝国航空艦隊所属騎と思しき騎影が、防空識別圏に侵入した。騎種は制空戦闘騎、数は6騎。速度は1宴100万歩間飛翔(時速約500km)。飛行経路は、従来と同じだ。このまま放置すれば、彼らは10詠ないし15詠後にはエンドラクト領空を侵犯する。そこで我々は彼らに警告信号を送るべく、許可が下り次第緊急発進する」

「はっ。ところでハルディマン中隊長。そろそろ発砲を許可して頂けますか。そろそろこっちも我慢の限界であります」

「お前の一存で戦争を始めるつもりか? 軽挙妄動は慎め。いま再戦すれば、エンドラクト新王国軍は一手でヴィルヴァニア帝国軍にあたることになるぞ」

「はっ。それではお客様にお帰り頂けるよう、より努力いたします」


 ああ、それでいい。

 銀髪と赤い瞳をもつ中隊長はうなずいた。

 この第201飛行中隊中隊長――ハルディマン・オルテル・ライオは、航空団随一の堅物と見做されているが、それでも部下からは絶対的な信頼を集める騎士であった。先の大戦では個人敵騎撃墜数17騎という戦績を収め、またそれ以上に1騎たりとも部下を失わなかったことで絶大な尊敬を勝ち得ている。


(度重なる挑発行為――ヴィルヴァニア帝国軍は何を考えているのだ)


 そのハルディマンにとって、連日強いられる緊急発進と、領空侵犯騎に対する空中警告は神経を磨り減らす任務であった。亜音速で飛行する翼竜騎兵に事故はつきものであり、また戦後間もないこの時期では、王国軍と帝国軍の間で「偶発的な事故」が起きる可能性もなきにしもあらず、だ。

 部下と自身の生存第一主義を採る彼は、常に最悪の事態を想定し、胃を痛めていた。




◇◆◇




「現在、我が国は危機に晒されている!」


 拡声の魔術と大袈裟な身振りで、道往く人々に語りかける男たちがいる。彼らはみな型落ちした軍服を纏い、腰に拳銃を吊り下げている。明らかに、普通の市民ではない。


「ヴィルヴァニア帝国軍戦闘騎による領空侵犯は、先月の1月間だけで67回にも及んだ! これは単なる挑発や示威行動ではない、再度の侵攻を念頭においた偵察行動であることは疑いようもない!

 われわれ国民は声を大にして叫ばなければならない! 防空体制の整備こそ急務!」


 彼らは過激派保守団体「国民防衛戦線」の構成員たち。

 デモクラシアの街頭演説に対抗する形で、彼らもまたエイシーハでの街頭活動に力を入れ始めたのである。


「まずは大国にも劣らぬ航空戦力の拡充だ、亜音速戦闘騎1000騎体制をわれわれは提唱する! そして次にこのエイシーハを初めとする都市部に防空陣地を築くべきだ!」


 彼らの街頭演説の特徴は、虚飾にまみれた内容を雄弁に語ることである。


 ちなみにエンドラクト新王国軍の航空戦力は、中小国にしてはかなり充実している方だ。

 空中戦を得手とする亜音速翼竜騎兵(戦闘騎・邀撃騎)が約250騎、空対地攻撃を主な任務とする融合騎兵(攻撃騎)が約100騎、他にも少数ではあるが、爆撃・輸送任務用の大型翼竜が配備されている。


 が、亜音速戦闘騎のみで1000騎を配備する、というのは夢のような話であった。


 最新鋭の亜音速翼竜は1騎養成するだけで、エンドラクト最高紙幣15万枚(=日本円にして15億円)が必要となる。更に飼養技術の進歩、要求仕様の向上により、価格は高騰の一歩を辿っている。将来、超音速翼竜が開発されれば、1騎あたり最高紙幣100万枚は掛かる、との悲観論も囁かれるほど高価な代物なのである。

 であるから、連合国でも有力な「リランド民主共和」や、「コミテエルス共同体」でさえ老齢の旧式翼竜と新鋭翼竜を足して、ようやく1000騎を保有するのが精一杯。

 ヴィルヴァニア帝国軍は「前線戦闘騎5000騎体制」を誇っているが、実際その中で視界外戦闘・亜音速飛行が可能な最新鋭騎は1/5も存在しない。


 エンドラクト新王国の国力から言って、亜音速戦闘騎1000騎体制など夢のまた夢。

 というより現在の運用数250騎が、予算的限界である。


「日々の生活が窮乏しているのは、みな同様だ!

 そして同様に、我々みなヴィルヴァニア拡大主義、帝国主義の脅威に晒されている! それを忘れてはならない!」


 だがそこを無視して、自身らの考えた国防論をぶち上げるのが彼らの性分だ。

 いたずらに脅威を煽る排外主義的な過激論と、強い新王国軍への「夢」を声高に叫ぶことで支持を集める。

 更に一部の構成員に至っては、事実無根の他国脅威論や自国・自国軍を美化した書籍を刷ることで、善良な市民の国防意識を金儲けの道具にしている節がある。


 端的に言えば、ろくな組織ではない。


「我々は草を食んででも、国防力を拡充しなければならないのだ!」


 半ば絶叫する演説者が、拳を振り上げる。

 と、周囲の構成員達もまた拳を振り上げ、「そうだ」「エンドラクト新王国万歳」と口々に叫び出した。

 ……一方で、通りがかった市民たちは無視するか、それを遠巻きに見つめるだけである。

 正直なところ、国民防衛戦線のような過激派団体はもちろん、保守団体の街頭活動は、反戦団体の活動に比較すると理解されづらく、また拡大することはほとんどない。やはり掲げる主張や思想で共鳴することがあっても、人の目があるためだろう。


 もっぱら大衆の人気は、デモクラシア率いる反戦平和団体カヴェリアに集中している。




「いいか。反戦平和団体カヴェリアは、我が国内にはびこるカビか腫瘍のようなものだ!」


 新都エイシーハの外れに構えられた国民防衛戦線の事務所では、運営に関わる幹部らや古参の活動家達、約20名が小会議を開いていた。


 彼らはみな危機感をもっている。

 ある者は、このエンドラクト新王国の将来に。

 そしてある者はカヴェリアの台頭により、「愛国商売の売上」が落ちるのではないか、と。


 なんとかしなければならない。


「このまま放っておけば、エンドラクト国民の勇猛果敢なる魂はみな腐敗させられてしまい、あとに残るのは“自分自身さえ良ければそれでいい”という利己的な個人主義思想!

 そして彼らは驚くべきことに、売国奴の集まりだっ!

 先日の一件の際、デモクラシア釈放の決定には、イェルガ立法国やコミテエルス共同体といった国外勢力の干渉があったようだ!」


 国民防衛戦線が反戦平和団体カヴェリアに勝つ方法は、もちろんある。

 それは単純かつ明快。


「弱腰の国家警察が動かない以上ッ、彼ら売国奴を討てるのは我々しかいない!」


 反戦平和団体カヴェリアを卑怯かつ凶悪な売国奴の集団として認定し、暴力により徹底的に排除する。相手は国外勢力と結びつき、間接侵略を試みる敵であるから、容赦する必要はない。

 彼らから言わせれば、大義はこちらにある、というわけだ。


「そうだッ、やるしかない!」


 決断的な呼応の声が、事務所内に響き渡る。

 壁に掲げられたエンドラクト国旗――投票箱と1票が大書された国旗が揺れた。

 運営に携わる幹部達は、満足そうにうなずく。


 が、一方。不満そうに表情を曇らせたままの構成員も少数名いた。

 そのほとんどは、国民防衛戦線内でも最古参の構成員達である。


(軽挙妄動は慎むべきではないか……?)


 筋金入りの愛国者である彼らは、愛国者であるゆえに思う。


(我々は国家転覆を企む反王国勢力や空想的平和主義者、無責任な反戦論と戦う義勇兵的組織のはずだ。状況証拠のみで他の団体を売国認定し、いたずらに言論封殺を試みる暴力的組織ではない。

 カヴェリアは幸か不幸か、従来の空想的平和団体とは違う。現実的な思考がとれる。

 ……我々はエンドラクト新王国の精神に則り、あくまで言論で勝負するべきだ)


 国民防衛戦線は、一枚岩では決してない。

 だが幹部達はそれに気づかないまま、得意げに言論封殺のための戦術を開陳していく。


 ……こうして国民防衛戦線とカヴェリアの間で、未曾有の抗争が勃発しようとしていた。

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