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15.上級大将の疑念

「しかしデモクラシア嬢には感謝してもしきれねえ。

 これで俺達も多少は声を上げやすくなった」

「そのとおりですね。50歳・55歳定年制には、突っ込みたくても突っ込めない雰囲気がありましたからねえ」


 新都エイシーハ郊外。

 エンドラクト新王国軍参謀本部――その離れの休憩所に屯する警備担当の兵や下士官たちは、弁当を使いながら、世間話をしていた。


「50代で子供ガキが自立してりゃ問題ねえがよ。実際はそうはいかねえ。晩婚の奴や子沢山の奴の中には、まだ学費やらなんやら金が必要な奴らもいるんだ。50代で再就職とか考えられるかよ」


 椅子にどっかりと腰を下ろした40代の下士官が、荒い言葉遣いで吐き棄てるように言うと、その言葉に他の下士官や兵も一同うなずいた。

 休憩所に詰める警備兵達のほとんどは、既婚者だ。

 そして誰もが、50歳で退職を余儀なくされる点でも共通している。


「実際、士官連中の中でも盛り上がりつつあるみたいっすね」

「連隊長級のお偉いさんでさえ、55歳で退職なんだぜ」


 口が汚い中年下士官は、真ん丸の握り飯をがつがつ食べ終えると、手掴みで漬物をばりばり食べ始める。


「定年退職がないのは、一握りのお偉いさん……将官連中ぐらいだ。みな不満たらたらになるのは当たり前」

「逆にそのお偉いさんがたは、大激怒して――」


 笑いながら自身の湯呑みに麦茶を注いでいた警備兵は、突然口をつぐんだ。

 それに気づいた休憩所の下士官と兵達は、素早く身だしなみを整え、直立不動の姿勢へ移行した。

 彼らの視線は、みな休憩所の戸口へと向けられている。


「ごくろう。休憩中かね」


 見れば戸口には、煌びやかな勲章と金糸で飾り付けられた軍服が立っている。

 誰もが、彼のことを知っていた。潰れた鼻と複数の古傷が刻まれた頬。さきほど話題に上った、“一握りのお偉いさん”――ヘイトル・タイジウ・スリニ上級大将だ。


「はっ」


(なんでこんなとこに将官級の人間が現れんだよ……)と思う前に、中年下士官は無駄話を聞かれなかったか、内心冷や冷やしながら返事をする。


「そうか。ところでここに、無責任な言説――定年制廃止論を支持する愚か者はいないだろうな」

「はっ。いいえ。おりません!」

「ならばいい。職務の遂行を期待するぞ」


 言うなり、ヘイトル上級大将は踵を返して、休憩所を去る。


「はっ」

(忌々しいったらありゃしねえ)


 明るく返事をしながらも中年下士官は内心、唾棄したい思いでいた。



◇◆◇



「デフェンマンッ、これはどういうことだ」


 一方のヘイトル・タイジウ・スリニ上級大将も、唾棄したい思いで同僚と相対していた。

 彼の同僚――穏健的な上級大将、デフェンマン・アルン・コルンスが、デモクラシア・オルテル・ライオと結びついていることを、ヘイトル上級大将はとうに知っている。

 そして今回の一件は、デフェンマンがデモクラシアへ献策した結果ではないか、とヘイトル上級大将は勘ぐっていた。


「さては貴官が入れ知恵したか?」


 ヘイトル上級大将には、「平和運動家は軍事に対して無知であり、一方的に批判し忌避する人種である」という思い込みがあった。ゆえにデモクラシアが独力で、「定年制」を争点にした将兵の人気取りを思いつくとは考えられなかったのである。

 だがデフェンマンは困惑の表情を浮かべたまま、ただ首を振るばかりであった。


「いや今回の一件の関して、私はいっさい関係ない」

「馬鹿な――いや、だがとにかくまずい。デモクラシア・オルテル・ライオに対する新王国軍将兵の支持は、確実に広がりつつある」

「……それの何が問題なのだ?」


 デフェンマン上級大将は、鷹揚にヘイトル上級大将を制した。

 それから自身の湯呑みに溜まる紅茶を啜り、のんびりと卓の菓子へと手を伸ばす。

 だが焦燥感を隠しきれないヘイトル上級大将は、彼が菓子を掴む前にさっとそれを横取りし、自身の口の中へ放り込んでしまった。


「ふぁしなんかのんひりくってるはあいじゃない」

「むう」


 反射的に渋顔を作るデフェンマン上級大将。

 ヘイトル上級大将は、口いっぱいに広がった干し果物の甘味を喉奥へ押しやってから、早口でまくしたて始める。


「いいか。俺はこういう可能性を危惧してる。

 やつが将兵の心を掴んでしまえばどうなる? また再び奴が何かしら扇動・暴動を起こすことがあれば、今度は新王国軍の大半が暴徒に与することになるぞ」

「貴官は考えすぎだ。別に彼女は、国家転覆を目論んでいるわけではない」


 デフェンマン上級大将の返事に対して、ヘイトル上級大将はどうだか、と思う。

 彼自身も薄々自覚しつつあるが、ヘイトル上級大将はデモクラシアに対して疑心暗鬼になりつつある。


(新王国軍将兵に迎合するような発言を、なぜ彼女はするのだ?

 単なる人気取りか? 気まぐれか? それとも――)


 新王国軍将兵を扇動し、叛乱を起こす。

 あり得ない話ではない、とヘイトルは考えてしまう。


 だが一方のデフェンマン上級大将は、ただ緩慢な動きで茶と菓子を口に運ぶだけ。


「新王国軍諸部隊は、厳しい統率の下にある。

 外部者の扇動に呼応する兵などいない。それは貴官も分かっているはずだろう。彼らは指揮官の命令に従う。そしてその指揮官達を握るのは、この新王国軍参謀本部とわれわれ将官だ。なんの問題があるのか」


「……」


「彼女は民主主義の体現者だよ。

 エンドラクト新王国を転覆させるような意図はない」


 デフェンマン上級大将は、終始一貫してのんびりとした態度でいた。

 それを見ているとヘイトル上級大将も、うーんと小首を捻ってしまう。


(ただ俺がひとり焦り、急いているだけか?)


 自他共に認める「猛将型」のヘイトル上級大将であるが、実のところ彼の最大の長所は、戦場における駆け引きではなく「自身を客観視できる」ところだった。


(俺が長けてるのは所詮、戦略単位の兵団指揮だ。しかも機動戦・攻撃戦の。

 いっぽうで俺の人物眼や政治的な判断力は、デフェンマンに比較すればおおいに劣る。

 結局、俺が敏感過ぎるのか? 事大主義的になってしまっているだけか?)


 ヘイトル上級大将は、考え込んでしまった。

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