14.支持層拡大への布石
駐新王国・コミテエルス大使館職員のマラタフに突きつけられた無理難題さえ無視してしまえば、デモクラシア達の活動は順調そのものであった。
先の事件を経て、反戦平和団体「カヴェリア」への加入希望者は、爆発的に増加。更に他の慈善団体関係者や、宗教・文壇界の重鎮もカヴェリアとデモクラシアに興味を示し始めており、人脈が広がりつつあった。
また保守的論調の強い『日刊・興進新聞』を除き、大手新聞社は揃いも揃って掌返し。
各社の論説委員たちは、軒並み国家警察庁を批判し、デモクラシアの不屈と支持者達の抗議を賞賛したため、カヴェリアの人気はいよいよ高まっている。
しかも軍縮・反戦の旗頭であるデモクラシアに対しては、驚くべきことに新王国軍現役将兵の間でも支持が広がりつつある。
「兵器を並べることに腐心する非人道拝金主義者どもに、怒りの声を上げろ!
国防力の底上げは、高額な最新兵器を並べることで為されるのではない!
最新兵器を用いて最前線で戦うのは、新王国軍将兵。つまり人間である。そうである以上、我々は彼らが安心して錬成に勤しめる制度を定め、それに予算を投入すべきなのだ!」
街頭に立つデモクラシアは、熱っぽく叫ぶ。
彼女に将兵の人気が集まり出したその理由。
それは彼女が、“将兵に対する福利厚生の拡充が、国防力の拡充に繋がる”と声高に唱え始めたからであった。
「われわれ反戦平和団体カヴェリアは、新王国軍定年制とその後の貧弱なる生活保障に異議を唱えたい!
下士官は50歳! 連隊長級の中堅幹部でさえ55歳前後で退職させられる!
そして後は小額の年金暮らし――これが国防の最前線を支える将兵に対する、正当な遇し方と言えるだろうか!?」
エンドラクト新王国においては、ほぼ全ての職業に定年という概念はない。
農業従事者は10代から死ぬまで耕作に勤しむし、手工業の職人はその仕事を一生涯やり遂げる。労働者を雇用する組合・企業においても、強制力をもつ定年制度は存在しない。
だがしかし、エンドラクト新王国軍だけは事情が異なる。
新王国軍は肉体的に健康な若い兵士・下士官・士官を揃え、体力が落ちた高齢の将兵を排除するため、定年制を採用している。その制度のために、経験豊かな下士官であっても、50歳までしか勤められない。また1000名、2000名を指揮する大隊長・連隊長級の幹部であっても、55歳で退職を余儀なくされる。
もちろん彼らに対し、再就職先の斡旋は行われる。が、数十年にも渡って軍隊の飯を食ってきた人間が市井の仕事に慣れるのは、相当な努力が要ることであるし、また再就職先では明らかに収入も落ちる。
「そのとおり! 人殺しの兵器よりも、生きた人間へ国防予算を回そう!」
「職業軍人の福利厚生拡充こそ急務!」
「そうだ! だいたい新王国軍定年制は旧態依然すぎる!
現代における戦争は、何も小銃を抱えて走り回ることだけが全てではない!
加齢で体力が落ちていても、経験豊かな将兵は後方支援に回すべきだ!」
当然のことながら、デモクラシアの主張は新王国軍将兵に対する人気取りに過ぎない。
だが、あながち間違っている、というわけでもなかった。
万単位の兵士が投入される現代戦において、勝敗を決定づけるのは、なにも前線将兵の勇気だけではないのだ。
現代戦の勝利には、複雑かつ繊細な最新兵器を操作出来る経験豊富な下士官や、前線での経験を活かし、銃器や弾薬の点検を行える熟練の兵士、そして前線の全将兵へ1日1杯(=600g)の穀物と副食、少しの蒸留酒を支給するため、後方支援に勤しむ将兵の存在が欠かせない。
つまり体力は落ちたといえども、経験豊富な50代の将兵が活躍出来る場は、新王国軍内にいくらでもあるのだ。
(これで俺たちが“売国奴”呼ばわりされることはないだろう)
街頭で警備活動の指揮を執るファゼルは、デモクラシアの主張を妥当だと思っていた。
50歳・55歳定年制は悪しき風習だ。せめて60歳まで延長すべきじゃないか、と彼自身も現役の頃から常々思っていたし、再就職先で四苦八苦、結局うまくいかなかった士官・下士官の存在を知っている。
また他の反戦平和団体とは異なり、カヴェリアは新王国軍に対して建設的な意見を持っている、と広く表明出来るのは大いに良いことだ、とファゼルは思っている。
というのは従来、他の反戦平和団体のほとんどは、国防政策に対してなんら建設的な意見を持たなかったために、人気が集まらないで終わっているからだ。
これまでの反戦平和団体は、単に新王国軍を目の仇として批判を繰り返し、新王国軍将兵を「人殺し」「人の心があるなら退職すべき」などと糾弾することだけしかしなかった。当然彼らは、軍関係者からそっぽを向かれ、保守的な人々からは「売国奴」と叩かれたし、一般市民からも「非現実的なうるさい人々」と評価されて終わっている。
(だがカヴェリアは、デモクラシアは違う。
ただ無責任に反戦と平和を唱えるだけではない、国防政策にも一定の理解がある――それだけで従来の反戦団体とは一線を画す。これを機に、保守層にも支持拡大を見込めるかもな……)
新王国軍将兵の人気を得れば、保守派の知識人もデモクラシアのことを「売国奴」と指弾することは出来なくなる。
(きょうは風の月の1日――候補者発表まで1月、統一総選挙投票日まであと2月。
このまま何もなければ、まず当選するだろうな)
ファゼルは内心、すでに勝利を確信している。
次回は4月25日までに投稿します。




