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13.コミテエルスの使者

 コミテエルスの大使館職員は、丁寧だがいささか尊大に挨拶を終える。

 一方、既に卓に着いていたデモクラシアは、特に萎縮することなく、堂々と挨拶を返した。


「はじめまして。私は王臣筆頭ライオ家次女、デモクラシア・オルテル・ライオ。

 先日は世話になった。貴国の抗議がなければ、私はいまここには居なかっただろう。その点、たいへん感謝している。

 ……どうぞ、かけてくれ」


「失礼します」


 こうしてファゼル宅の狭い食卓の席に、ふたりの要人が着いた。


(国外勢力との接触。

 彼女は統一議会の議員になるのだ。いずれは、と思っていたが、幾らなんでも早すぎる)


 両者の会談を壁際に立ったまま見守るファゼルは、緊張を隠せない。

 駐新王国・コミテエルス大使館職員が、なぜデモクラシアとの会談を希望するのか――彼が考える限り、その狙いはひとつしかないように思える。


 彼女を自国の手駒にするため、であろう。


 しかも大使館職員のマラタフは、会談場所に高級宿泊施設の一室や喫茶店ではなく、わざわざファゼル宅を会談場所に指定してきた。これは間違いなく、国家警察庁情報課の盗聴を回避するための戦術である。

 国家警察庁情報課といえども、個人宅に機材を仕掛けるには、留守を狙って家具を移動させ、壁紙や床を剥がすといった大掛かりな造作が必要になる。そう容易に行えるものではない。

 自身の自宅に未だ盗聴工作が行われていないことは、ファゼル自身も確認済みであり、そしてマラタフもそれを知っているのであろう。


(盗聴工作のない環境での会談を指定する。

 やはりそういう話をしたい、ということか)


 ファゼルが策謀の臭いを嗅ぎ取っている合間、もうひとりの関係者――召使のセルンは、ただ沈黙したままデモクラシアの背後に控えている。

 彼女はこの場において、デモクラシアの命令をただ待つだけの人形であった。

 主人に求められない限り、思考する必要はない。

 彼女は真剣にそう考えているらしい。


 さて。


「それで。きょうは?」


 マラタフが落ち着いた後、まず口を開いたのはデモクラシアであった。

 世間話をするつもりはない。有無を言わさない断固とした調子で、彼女は目前の中年男に話を促した。


「そうですね」


 するとマラタフは苦笑いをしながら、視線を滑らせる。

 そして退役軍人と捻じ曲がった左脚をもつ召使を一瞥すると、「まず他の方々を外して頂きたい」とデモクラシアに要求した。

 一見すると彼の表情は柔和だ。声調も平然としている。

 だがその彼の言葉にも、有無を言わさない雰囲気があった。1対1でなければ本題には入らない、と決断的な意志が滲んでいる。

 しかし、デモクラシアは頭を振った。


「無理だな」

「無理、ですか……?

 いいか。これからお話するのは、コミテエルス5億人民の安全保障に関係する重大な要件です。不用意に他者――元新王国軍第1師団司令部勤務のファゼル・ボルゴ・ハイキュリイエス、王臣筆頭ライオ家使用人のセルン・アカタシ・ペインへと洩らしていい話ではない」


 先程までの紳士的態度はどこへやら。

 大国の使者らしく、突如として強圧的態度と口調をとり始めるマラタフ。

 だが一方のデモクラシアは、全く怯む様子がない。


「コミテエルスの人間は情報収集が上手であっても、その情報を活用する能力はないようだな。それだけ調べたのならば分かってもいようが、このふたりは私の手足にも等しい。彼らを外して話するのは、不可能だ」

「不可能、不可能だと? たったふたりのために、5億5000万の運命が懸かった話を滞らせるつもりか?」


 その後しばらく、不毛な言い争いが続いた。


 そもそもふたりの相性は、最悪である。

 片や傲岸不遜、人気取りのために平和運動を始めた高級貴族令嬢。

 もう一方は、自国の強大な勢力を嵩にかけ、相手を脅迫する交渉術しか知らない大使館職員。

 ……馬鹿馬鹿しいことに会談は、初っ端から難航した。


「では。どうしても、というならば仕方がない。ふたりの同席を許可しよう」


 が、結局のところはマラタフが折れた。

 それでもデモクラシアは、彼の言葉尻に噛みついていく。


「許可、とは笑わせる。私が両腕をくっつけてこの場に居ることに、なぜ他人に許しを乞わなければならない?」


 彼女から嘲笑、侮蔑の感情をぶつけられたマラタフは、表情を歪ませる。

 その光景を見ていたファゼルは、ああ、と思った。


(このままこの会談が流れてくれれば、どれだけいいことか)


 コミテエルス共同体からの要求など、厄介極まりない代物に決まっている。

 そうファゼルは考えていたし、事実マラタフが引っ提げてきた提案はろくでもなかった。

 彼はデモクラシアに対して口喧嘩を挑むことを諦め、幾度か深呼吸して平常心を取り戻すと、ついに本題を切り出した。


「デモクラシア・オルテル・ライオ、貴女は非凡な統率力・指導力を持っている」

「そう評価して頂けるとは幸いだ」

「この度の一件でも明らかだが、貴女が“周到に練られた計画の下で”声を掛ければ、エンドラクト500万人民は一挙起つだろう。

 ……そこで、だ。貴女はこのエンドラクト新王国に、デモクラシア・オルテル・ライオが議長となる新議会を発足させるつもりはないだろうか?

 現状、エンドラクト民主制は腐敗している。エンドラクト人民はお飾りの議長ではなく、真に人民のための議会運営を実施する議長を求めている。

 もちろんコミテエルス5億人民は、貴女と善良なるエンドラクト人民に対していかなる支援も惜しまない」


 話を聞いていたファゼルは、眉をひそめる。


 マラタフの提案は、言うなれば内乱の教唆であった。

 エンドラクト新王国は、立憲君主制を採用する国家だ。エンドラクト王は議長として議会の頂点に君臨し、国民により選出された議会出席者(議員)達を取りまとめている。つまり“デモクラシア・オルテル・ライオが議長となる新議会を開く”、ということは、現国王を廃することを意味する。

 当然、デモクラシアの返答は決まっている。


「断る。無神経だな。王臣筆頭ライオ家の人間に持ちかける話では到底ない」


 脇で話を聞いているファゼルも彼女と同感であり、小さく頷いた。


(彼女に叛乱を扇動させ、コミテエルスは裏で武器や資金を供与――あるいは直接コミテエルス人民自警団が軍事介入する。こうしてエンドラクト新王国は“エンドラクト人民共同体”へと国号を変え、コミテエルスの衛星国となる、というわけだ。……誰がこんなクソみたいな筋書きに乗るかよ)


 人道支援のためと称して内戦に介入、そのまま人民自警団が駐留し、親コミテエルス政権を樹立する。コミテエルス共同体の常套手段だ。

 しかも親コ政権樹立後は、秘密警察の監視網が敷かれると同時に粛清の嵐が吹き荒れ、前政権関係者は親コ派・反コ派を問わず、ほとんど一掃される。さらに恐るべきことに、コミテエルスのため内乱を扇動した者も例外ではなく、粛清の対象とされることで有名である。

 正常な判断力を持ち合わせている人間ならば、いかなる野心家でもこの取引に乗るはずがない。


 ……だがマラタフは厭らしい笑みを浮かべて、告げる。


「それは通らない。

 何故なら貴女は既に我々との繋がりがあり、我々の支援を受けている」

「馬鹿な話だ。まさか“あの程度”の働きに見返りを求めるのか?

 申し訳ないが、恩は恩でも返し方は選ばせていただきたい。そして私はコミテエルスと深い関わりを持った覚えはない」


 コミテエルス共同体の抗議により、デモクラシアは釈放された。

 当然、ファゼルら支持者は、コミテエルスに多少なりとも感謝している。だがしかしコミテエルス共同体のため、無制限に動くつもりはさらさらない。出来るはずがなかった。

 彼らは革命を望むほど、エンドラクト新王国に心底失望したわけではない。


 だいたい外国政府に協力し、国家転覆を企てれば外患罪(外患予備罪・外患陰謀罪)。また国家転覆を図れば、それは内乱罪である。首謀者は死刑、関係者は間違いなく長期の懲役刑に処せられるであろう。


 マラタフの要求を、呑めるはずがない。


「はっきり言えば、貴女の意志は関係ない」


 だがしかしマラタフは、自信満々に言葉を続ける。


「事実がどうであれ、貴女が否定しようとも、エンドラクト国家警察はそう思わない。

 今回の一件で警察庁関係者は、貴女を警戒している。

 ……そしてそこに、ある筋から“コミテエルス共同体渉外課が、デモクラシア・オルテル・ライオと接触。国政転覆の策謀が練られている”と通報リークがあったらどうなると思う?」


「馬鹿な」とファゼルは、思わずつぶやいてしまう。

 これは事実上の脅迫だ。

 マラタフは「手駒にならないのならば、こちらから“コミテエルスとデモクラシアが繋がっている”という虚偽の情報を国家警察に流し、お前を嵌める」と言っているのである。


「ふざけるなよ」


 対するデモクラシアはここで初めて、激しい感情を表情に出す。紅蓮の瞳が燃える。


「国家警察庁は浅はかではない。すぐに情報提供者の見え透いた目的に気づくはずだ」

「それはどうだろう。むしろこれを機会に、不穏分子の排除に動くと思うがね。

 ただでさえ貴女は、警察庁長官の顔に泥を塗っているのだ。彼や彼の部下も名誉回復の好機、とばかりに頑張るんじゃないか?」


 勝ち誇った表情を浮かべるマラタフ。

 それを前にして黙っていられなくなったファゼルが声を上げた。


「我々は脅迫に屈して国家転覆を謀るほど、惰弱な人間ではない。そんな話を持ちかけられても困る」


「……ファゼル元下士、さすが国家に対する忠誠は篤いとみえるな。

 だがしかしそのために、妻。4人の実の息子・娘。それと三男・三女――戦後まもなく引き取った戦災孤児のふたりを、危険に晒す覚悟はあるか?

 ああ、それと2、3歳の孫も居たか?」


「なに、出任せを……」


「出任せだと思うなら、そう思っていればいい。

 我々コミテエルスの工作情報網は、西はリランド民主共和から、東はヴィルヴァニア帝国まで張り巡らされている。が、しかしな。我が情報網は、ただその広大さを誇るだけではない。その緻密さは地上一なのだ。貴官の家族構成を調べ上げ、その身辺を“警護して差し上げる”ことも容易い」


「……」


 肉親を人質に取られては流石のファゼルさえ、ぐうの音も出ない。

 勿論、彼は国家と家族、どちらを取るかと言われれば、最終的には国家を取るだろう。だがその決断は、容易に行えるものではない。


「現実味のない提案と脅迫はそこまでにしてもらおう。帰れ」


 これ以上話を長引かせるべきではない、と判断したデモクラシアが追い出しにかかると、マラタフは素直に席を立つ。

 そして去り際、こう告げた。


「悪いことばかりではない。

 選挙運動のための資金も、組織拡大に必要な資金も、コミテエルス5億人民の義捐金(※コミテエルスにおける税金)により賄われる。それにすぐさまの行動を求めているわけではないのだ。

 共同体の繁栄のために貴女がたは必ず協力してくれる、そう我々は確信しているよ」

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