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11.暗雲晴れず(前)

“貴国と同じく成文法を採用し、正当な捜査・公平なる裁判を理想とする我がイェルガ立法国は、貴国に対し最大の憂慮を抱いている。


「敬愛すべき隣国が、自ら制定した最高法・国内法にて認めている言論の自由を違法に封殺。更に善良なる自国民を、不当に逮捕・監禁しているのではないか」と。


 我が駐新王国・イェルガ立法国大使館職員の証言によれば。

 貴暦109期・雨の月の15日、ヴィルヴァニア帝国大使館へ行進中の反戦平和団体一行は、突如として他武装集団による襲撃を受けたのだという。少なくとも貴国警察が発表したような、運動過激化に伴う破壊活動や内部抗争はなかった。

 貴国警察はこの違法集団の検挙に全力を挙げるべきであり、また不当に逮捕された平和運動家を釈放すべきであろう。


 我がイェルガ立法国は、貴国を同じ法治国家として信頼している。

 その信頼を裏切らないで欲しい。”




“帝国主義・覇権主義に対し、果敢に抗戦する不落城塞・新王国エンドラクトへ。

 我がコミテエルス代行部は平時より貴国を尊敬し、そして我がコミテエルス5億人民は片時たりとも貴国の奮闘努力を忘れたことなく、感謝の祈りを東方へ捧げている。


 だがしかし去る20日、コミテエルス代行部は渉外課より衝撃的報告を受け取った。

 貴国官憲が平和運動家を襲撃し、拘禁し、拷問している、と。

 事態が事態だけに、おそらく事実関係が錯綜しているのであろう。


 そのような事実はない――そう我々は確信しているが。

 仮に貴国官憲の横暴が事実であった場合、コミテエルス5億人民は貴国官憲を痛烈に批判するであろう。そして我々代行部は5億人民の総意に基づき、行動しなければならなくなる。”




「イェルガ立法国、コミテエルス共同体。この二国は先の事件の際に、外務省経由で公式に抗議を捻じ込んできた。

 そして結果的に、新王国統一議会は彼らの意見を容れ、即時釈放を決めたわけだが――なぜ友邦2国は、王臣筆頭ライオ家次女ごときのために動いたのか?」


「コミテエルスが何を考えているかは分かりません。

 しかしイェルガ立法国については、確実にこう言えます。

 “全国民はみなひとしく法に隷属する”イェルガ立法国だからこそ。彼らの国は実務・実態・実体を、主張・主義・思想が超越します。

 実際的な損得抜きで、デモクラシア・オルテル・ライオに対する不当逮捕を“法に対する挑戦”と受け止め、彼女の釈放を要求したのでは?」


「なるほど。

 だが、順当に考えれば。たかが一子女のために、何の計算もなく彼らが動くだろうか?

 つまり私が言いたいのは、ライオ家次女がこうした外国勢力と繋がっている、とみるのが自然なのではないか、ということだ。

 どうだろう? 特にコミテエルス共同体は、“油断ならない隣人”だからな」

「確かに、仰るとおりです」

「そこで警察庁警備局情報課、情報課長の君にお願いしたいのだ」

「はっ」


 話は、それで終わった。

 黒革の長椅子ソファーから立ち上がった長身の男――ルビャリ・チェイキ・コアン情報課長は、渋い表情を浮かべたままの警察庁長官に一礼すると、部屋を退出する。


(流石の長官も、もう余命は幾許もないか)


 デモクラシアの不当逮捕は、エイシーハ国家警察署治安維持課が独断で行った。


 ……という筋書きをでっちあげ、国家警察庁長官は自己の保身を図った。


 が、今回の不祥事はあまりにも深刻に過ぎた。

 国民の生命と自由を守るために存在する国家警察が、不当に市民の自由を奪う。言論の自由を国家の自己性・同一性とするエンドラクト新王国において、これは絶対にあってはならないことである。

 そして一時的にデモクラシア封殺の陰謀に加担していた大手新聞社は、大々的にこの事件を書きたてた。まるで「私達も国家警察の発表に騙されたんです!」と被害者面するように。呆れるほどの変わり身の早さである。


(誰も彼もふざけていやがる)


 ルビャリ情報課長は、唾のひとつでも吐きたい思いで、磨き上げられた廊下を歩み始めた。


(奴の辞職は免れない。まあ、当然だ)


 彼は自然権・自由権を尊重するという国家の建前も、そして国家を守るための反最高法的措置――監禁・盗聴・脅迫の必要性も理解している。

 だがしかし今回の一件は、どこまでもお粗末に過ぎた。

 具体的にいかなる取引が行われたかは定かではないが、国家警察庁長官は保守系議員の口車に乗り、過激派組織による襲撃や、エイシーハ国家警察署治安維持課による言論封殺を黙認した。デモクラシア・オルテル・ライオは、国家転覆を謀る不穏分子では決してないにも関わらず、である。


(彼女が国家転覆を企む潜在的重犯罪者ならば、言論封殺では手緩い。迷わず謀殺すべきだっただろう。

 だが実際はどうだ? デモクラシア・オルテル・ライオは善良な市民だぞ?

 奴は無実の人間を権力者の個人的な要望に応じて嵌めた挙句、結局潰しきれずに国家警察全体の信用を失墜させた)


 馬鹿馬鹿しい。

 それがルビャリ情報課長の率直な感想だった。

 国家警察庁警備局情報課は、エンドラクト民主体制転覆の陰謀を阻止するため、潜在的な叛乱分子を監視する組織である。決して善良な一市民を嬉々として監視する組織ではない。


 だがしかし、指示は指示だ。




◇◆◇




 新王国暦109期・雨の月の22日。

 デモクラシア釈放の2日後。


 エイシーハの街は、想定外の特需に沸いていた。

 連日連夜、居酒屋からは歓喜の声が上がり、安宿から高級宿泊施設までの全部屋が埋まり、エイシーハ市中央区は訪れた観光客でごった返す。そして商機に敏い商人から、市井の主婦までが道端に出店をひらき、現金を荒稼ぎした。


「初杯はエンドラクト新王国と自由民主主義に!」

「では次杯は自由民主精神の体現者、デモクラシア・オルテル・ライオに乾杯しよう!」

「おおっ」


 昼夜を問わず、宿や居酒屋から馬鹿騒ぎの声が表通りまで届く。


 この空前の特需は、デモクラシアを巡る事件が生んだ代物であった。

 デモクラシア・オルテル・ライオ釈放のためにエイシーハを訪れた抗議者や、1、2日遅れでエイシーハに到着した人々が、みな宿や食事、酒を欲したため、このお祭り騒ぎが発生した、というわけである。


「みんな“デモクラシアさまのおかげで儲かってる”って口を揃えて!

 やっぱりあたしらとは人徳が違います!」


 ファゼル宅の居間においても、ささやかな祝勝会が開かれていた。

 葡萄酒や焼酎が詰められた酒瓶や、簡単な軽食が並ぶ狭い食卓。それを囲む参加者は、家主ファゼルとその妻、召使セルン、そしてデモクラシア・オルテル・ライオ。


「でもいちばん可哀想なのは、平の警官ねえ。だいたいの店先には、“国家警察関係者の入店お断り”の札がかかってて、こら警察関係者のお家は大変かもしれないわね」

「うん。悪事を働いたのは、あくまで国家警察上層部だ。

 真面目に勤務している警官達には気の毒な話だな」


 だがもっぱら歓談しているのは、デモクラシアとかなり酒が入ったファゼルの妻である。


 一方、濃緑色の軍服と紺色の制服のふたりは、口が重い。

 正直言って、今回は辛うじて勝ちを拾った形だった。

 デモクラシア逮捕後、ふたりはすぐさま抗議活動の準備にとりかかった。と同時に、襲撃の現場を目撃していた各国の大使館職員に、報告書を本国へ上げてもらうよう懇願していたのである。

 もちろん駄目元だ。期待はしていなかった。

 単なる一平和運動家に過ぎないデモクラシア・オルテル・ライオのために、何の利害関係もない周辺諸国が動くはずがない。国際世論に訴えての釈放実現は、どこまでも望み薄だった。


 だが結果的に隣国のイェルガ立法国、そして大陸西部の一大勢力「コミテエルス共同体」が抗議を捻じ込んでくれたお陰で、全てが解決した。

 本当に紙一重の勝利だった。


(幸運、幸運だった、としか言いようがない)


 と同時に、ファゼルは思う。


(なぜイェルガ立法国は、コミテエルス共同体は我々を助けた?

 法治国家・民主国家として善意で動いた、とは到底思えない)


 間違いなく、何らかの意図があって彼らは動いた。

 が、その動機が明らかでない。


 特にコミテエルス共同体の存在は、空恐ろしい。

 公称人口5億5000万。常備軍はもたない。が、広大な領域と莫大な人口を統治するために、人員100万を抱える人民自警団(実質的な警察・準軍事組織)が存在しており、また治安維持を目的とした秘密警察が暗躍しているという。


 そして戦前には、拡大主義的な策謀を巡らせ、実行に移すことが頻繁にあった。


(内乱を焚きつけ、混乱状態に陥った周辺諸国へ、治安維持を名目に自警団が出動。

 そのままその国を衛星国・属国化させるのが、コミテエルスの常套手段だ)


 だがコミテエルス共同体の策謀も、ヴィルヴァニア帝国の脅威の前には霞む。

 故に大陸西部・中部の国々は、コミテエルスの拡大路線に目を瞑ってきた。対ヴィルヴァニア戦争を遂行するにあたって、コミテエルス共同体の抱える人的資源・労働力・工業力は必要不可欠であったのだ。


 そこでファゼルは、思い当たる。


(もしかすると、コミテエルスは彼女を利用するつもりなのか……?)


「……」

「しかしデモクラシア様、警察署では大変だったでしょう?」

「うん。ろくに食事ももらえなかった。

 国家警察には人権意識が欠けている。未だ裁判で有罪判決を受けていないにもかかわらず、人を犯罪者扱いしやがる。とんでもないやつらだよ」


 デモクラシアも、大分飲みすぎたらしい。

 蒸留酒がなみなみと注がれた酒杯を、すでに複数杯飲み干している。


「ところで」


 デモクラシアは赤い瞳をぎょろりと動かし、視線を押し黙ったままの元下士官へ向けた。


「私の前でそんな辛気臭い面をしてどうしたというのだ、ファゼル下士」

「そうよ! あんた、ここはお祝いの場なんだから!」

「……いえ、なんでもありません」


 平然と返事をしながら、ファゼルは思う。

 もし国外勢力が急接近してきた時、デモクラシアはどう動くか、と。

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