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0.はじまり――世界大戦の勃発と停戦

 誰かの顔色を窺って生きるなんてまっぴらごめんだ。


 彼女は物心ついた頃から、我慢ならなかった。


 自分の思いのままにならない事象が、周囲に存在することが。




◇◆◇




 中央大陸東部を支配する覇権国家、ヴィルヴァニア帝国は急進的軍拡を成し遂げた。

 誰もが鼻で笑った、帝国常備軍200万構想(100個師団構想)。その大構想を現実のものとしたヴィルヴァニアは、軍事力を背景にした恫喝を繰り返し、周辺諸国の併呑に着手した。

 大陸東部に割拠する小国は、高度な空陸共同作戦を可能とするヴィルヴァニア帝国軍を前に戦意を喪失。1000騎から成る帝国航空艦隊による絨毯爆撃と、一発の投弾でひとつの都市を廃墟にせしめる魔力反応弾による破滅的攻撃を回避するために、彼らはみなヴィルヴァニアへ隷属した。


 このヴィルヴァニア帝国の膨張政策に、大陸中部・西部の諸国家は衝撃を受けた。

 これまで歴史上に現れた多くの独裁者が望んだものの、終ぞ果たせなかった大陸統一。その誇大な夢想の実現を、ヴィルヴァニア帝国皇帝は本気で目論んでいるのではないか?


「いまやこの地上で最大の軍事力を握るヴィルヴァニア皇帝が、大陸東部程度で満足するはずがない」

 

 各国首班は、半ば強迫的にそう考えた。

 こうして彼ら大陸中部・西部に割拠する101の国家は、思想や利害を超越して連帯し、対ヴィルヴァニア軍事連合を締結。さらに連合国首脳部はヴィルヴァニア帝国に対して、“2箇条の要求”を発表した。


「ひとつ。ヴィルヴァニア帝国皇帝および帝国国家評議会は、いっさいの膨張政策を放棄せよ。“膨張政策の放棄”とは、ヴィルヴァニアと被侵略国を巡るあらゆる国際関係を、10年前――中央大陸暦983年年初の関係まで戻し、被侵略国を解放することを指す」


「ふたつ。ヴィルヴァニア帝国皇帝および帝国国家評議会は、ヴィルヴァニア帝国軍を周辺国を威圧することない規模にまで削減せよ。ここでいう“威圧することない規模”とは、総兵力50万程度とする」


 これが過大かつ厚かましい要求であることは明白だった。主権をもつ一国家に対して、他国がその軍備に口出しをするなど、前代未聞の内政干渉である。

 が、連合国首脳部には一種の確信があった。


「ヴィルヴァニアも、101ヶ国から成る軍事連合に挑戦する無謀な賭けには出ない」


 という確信が、である。


 前述の通り、ヴィルヴァニア帝国の常備軍は史上空前の規模。

 一方の101ヶ国の連合国軍は、各国常備軍の全兵力を結集させたとしても、50万がせいぜいであり、とうてい対抗は出来ない……ように思える。だがしかしひとたび連合各国が総動員令を発すれば、連合国軍の総兵力は数百万にまで膨れ上がることになる。常備軍の単純比較では遥かに劣る連合各国だが、人的資源量や工業力を総合した国力はヴィルヴァニアに圧倒するのである。

 流石のヴィルヴァニア人も、この軍事的圧力には屈服するしかない――はずであった。


 が。


 中央大陸暦994年・花の月の11日。

 ヴィルヴァニア帝国は、42の属国へ兵力・物資の拠出を命令した。

 各国の国力を鑑み、それぞれに割り当てられた拠出量はまちまちであったが、属国各地より兵糧として即時徴発された穀物は、3000万杯(=約1万8000トン)に上った。これは50万の兵員を60日養うに足る穀物量である。他にも膨大な量の薪水、翼竜や陸獣用の飼料が掻き集められた。


 対する連合陣営の情報網は、帝国による兵力・物資の集積を翌日には察知していたが、連合国首脳部は、誰もがこれを単なるはったりと断じた。潜在的戦力・国力を総合的にみれば、我が方が遥かに優越している。帝国もそれを理解しているはずだ、本気で我々に挑戦してくるはずがないではないか。

 だがしかしその余裕も、13日にヴィルヴァニア帝国が国内へ総動員令を発すると同時に潰えた。


(読み違えた!?)


 残るは、焦燥。

 15日には101の連合国が、一斉に総動員令を発した。


 だが総力戦の準備が、先んじて総動員令を発したヴィルヴァニア帝国に出遅れていることは言うまでもない。

 この事態に連合国軍の将官達は、震え上がった。このままでは自軍は準備が整わないまま、ヴィルヴァニア帝国軍の全力を迎え撃つ羽目になるのではないか、と。

 15日の時点で連合国軍の総兵力は、各国の常備軍――全戦力合わせて25個師団相当(=約50万名・1個師団は2万名から成る)に過ぎない。しかもその兵員50万は、みな前線に張り付いているわけではなく、大陸中部・西部の各地に分散駐屯している。

 これではヴィルヴァニア帝国軍に対抗することなど、出来るはずがない。


 恐怖にとりつかれた連合国は、国内の全輸送力を徴兵・兵力移動・物資集積とに供した。


 現代国家の動員力は、凄まじい。

 3日後の18日には40個師団が、そして21日には70個師団が編成を終えて、ヴィルヴァニア帝国に国境を接する国々に配置される。

 それでも連合各国の高級将官らは、「対ヴィルヴァニア戦にはまだ不足」と分析。

 月末までに連合全体で、約500万の成人男性を戦力化する計画を立案していた。


 動員が順調に進む最中で、対ヴィルヴァニア軍事同盟に加入していた連合各国政府はようやく平静を取り戻し、情勢を冷静に分析する機会を得た。

 大陸西部の連合各国政府は、「この兵力差なら帝国も戦争を諦めるだろう」と安堵した。

 だが一方、大陸中部の連合各国政府首脳は、また異なる思考をしていた。


(いま開戦すれば、間違いなく勝てる。

 これはヴィルヴァニアの脅威を取り除く歴史的好機だ!)


 彼らは開戦の誘惑に囚われていたのだった。

 大陸中部の連合各国は、大陸西部の連合各国と地政学的立場が異なる。

 ヴィルヴァニアの勢力圏に隣接する大陸中部の国家にとって、ヴィルヴァニアは歴史的仇敵であった。苦杯を舐めさせられたことも、一度や二度ではない。将来、ヴィルヴァニアの脅威に晒されることも、間違いなくあるはずだ。ならばこの機会に帝国軍を撃滅し、将来の禍根を取り除きたい。彼らはそんな願望を抱いていた。


(読み違えた――!)


 一方、ヴィルヴァニア帝国首脳部もまた、後悔と焦燥に襲われていた。


 彼らが戦時体制に移行すべく、総動員令を発したのは事実である。

 が、それは単なる恫喝のつもりだった。

「我々が総動員令を発すれば、恐怖した連合国の連中は譲歩して、要求を取り下げるであろう」という、甘い認識が彼らにあった。ヴィルヴァニア人は、脅迫により周辺諸国の併呑を成し遂げたが、その成功体験に感覚を麻痺させてしまっていた。

 ゆえに連合国軍の大兵力が国境線沿いに出現したとき、帝国の高級官僚達は気を動転させた。


「我々は連合国の挑戦を撃砕してご覧にいれます」


 しかし情勢急迫の中、帝国軍部だけは強気であった。


 彼らには自信があった。

 連合国軍は所詮、各国が拠出した軍事組織の連合体にすぎない。また成立して日が浅い組織であり、指揮系統の一本化も為されていない。

 これならヴィルヴァニア帝国軍一手でも、突き崩せる隙はある。


「連合が市井から数百万の将兵を掻き集めたところで、それがいったいどれほどの脅威でしょうか?

 所詮は小銃を扱うのがやっと、軍規を丸暗記したばかりの兵隊。

 一方の我々は連発銃で、装甲擲弾兵で、火砲で、化学兵器で、魔導兵器で、反応弾で高度に戦力化されている。

 彼らの要求を呑む必要はありません。

 静観する必要もありません。

 ……開戦を躊躇う必要もありません!」


 帝国軍参謀総長を務める大マリトカの御前演説に、ヴィルヴァニア人はみな自信を取り戻した。

 そして皇帝以下帝国首脳部は恐慌から立ち直り、立ち直った反動から開戦を決意した。




◇◆◇




 連合国軍と帝国軍との間で初めて会戦が生起したのは、開戦1月後の南部戦線においてであった。

 後に「第1次イェルガ会戦」と呼ばれるこの一大決戦に参加した兵力は、連合国軍55個師団から成る南部方面軍約100万と、ツヴァツペイン帝国元帥が指揮するツヴァツペイン軍集団約80万。

 計180万の健康な若人が、広大なる平野で相撃った。


 会戦はツヴァツペイン軍集団が有する約1800門の火砲が、連合国南部方面軍が篭る野戦陣地を乱打するところから始まった。

 このとき1詠間(=1分間)に発射された砲弾の数は、5500発。この前代未聞の火力投射は、たっぷり1宴間(=1時間)続いた。この間、連合国南部方面軍100万の将兵は、何ら反撃せずにただじっと塹壕に息を潜めていた。


「敵砲兵の反撃はなし。対峙中の敵部隊は完全に沈黙」


 帝国軍前線部隊による偵察の報告を受けたツヴァツペイン帝国元帥以下、軍集団の高級参謀や軍団長・師団長級の指揮官達は、みな会心の笑みを浮かべた。


「やはり連合国の連中は、現代戦における戦略・戦術に対して無知であるな」

「ああ。現代重砲の前では、要塞や野戦陣地など無力に等しいというのに」


 会戦に臨む全隊を指揮する軍集団司令部では、高級参謀が口々に感想を述べ、長身痩躯のツヴァツペイン帝国元帥もまたそれにうなずいて言った。

 

「現代戦はいかに素早く大量の火砲と砲弾を揃えられるか、にかかっている。勝負はすでに決した。100万の敵は戦う前に、こちらの鉄量に磨り潰されたわけだ」

「では……」

「前線からの報告が正しければ、彼らに阻止火網を張る抵抗力はもうないはず。全前線師団に敵戦線突破を命令せよ。装甲擲弾兵師団を待機させておけよ、いつでも投入出来るようにな」


 ツヴァツペイン元帥以下、高級参謀はすでに勝利を夢想していた。


 だがしかし帝国軍の準備砲撃が止み、伝統的密集陣形――張り巡らせた魔力障壁により、効率良く歩兵達を防護する密集陣形――を採る帝国軍戦列歩兵が前線に現れるや否や、連合国南部方面軍将兵は息を吹き返したように反撃に転じた。

 連発銃と曲射砲の乱打。

 帝国軍の戦列歩兵を防護する魔力障壁は、現代兵器の集中攻撃に耐えられず、瞬く間に瓦解した。そして生身を曝け出した彼らは、物言わぬ肉塊となる。帝国歩兵は誰ひとりとして連合国南部方面軍の防御陣地に達することが出来ず、絶命するかその場で動けなくなった。

 こうして帝国軍第1次攻勢は失敗。死傷者は9万を数えた。


「なあ゛ッ! 連合国軍100万は、すでにあの貧弱な野戦陣地とともに死に絶えたのではなかったのか!?」


 前線で指揮を執る帝国軍将官が半ば恐慌に陥り、最高指揮官として悠然体を心がけるツヴァツペイン帝国元帥でさえ、自身の判断により万単位の若者が生命を落としたという事実に恐怖した。


「現代戦においては、防御側が優位に立つ――実戦で証明されましたな」


 一方の連合国南部方面軍の司令部では、各国軍の高級将官と参謀達が胸を撫で下ろしていた。

 塹壕と鉄条網、魔力による防護障壁を組み合わせた野戦陣地は、帝国軍の火砲の乱打に耐えられるか。実を言えば、確証はどこにもなかったのだ。陣地に引き篭もり、防御戦を実施する――これは堅実な作戦指導のようで、一種の賭けであった。下手をすれば、100万の将兵は何もしないまま土に還る。

 ……だがさりとて連合国南部方面軍は、積極的な機動戦・攻撃戦の方針を採るわけにもいかなかった。連合国軍は所詮、連携不足の多国籍軍の寄せ集め。また連合国軍の兵員は、みな訓練不足の動員兵なのだから、時機を合わせた連携が必要となる先制攻撃など不可能だ。

 危険性を孕む防御戦を選択するしかなかった。そして運良く、その残された選択肢が大当たりした、というわけだ。


 しかしながら防御戦には、問題もつきまとう。


「ですが徹頭徹尾の防御では、攻勢を退けることは出来ても会戦の勝敗を分けるには至りません。ここでこちらも攻勢に転じるべきではないでしょうか」

「そのとおりだ。滞陣状態の長期化は、前線将兵に激しい消耗を強いることになる。一度帝国軍の出鼻を挫いてこっぴどくやっつけてやったんだ、いまならこっちが有利じゃないのか」

「我々イェルガ立法国法隷下軍も反撃開始の方針を支持します。またイェルガ立法国は、連合国軍憲章第2章“連合参加国の地位”第4条に基づき、連合国南部方面軍司令部に対して、参加国としての要求をさせて頂きます。我が国土を不法占拠中の外国軍ヴィルヴァニアを即時攻撃し、早急に遵法状態の回復をお願いします」


 ただひたすら防御戦を繰り返していても、敵軍集団に致命的な打撃を与えることはかなわない。自然、野戦は長期間に渡ることになるのだが、国内に戦線を抱えることとなった連合参加国としては、到底それを許容することなど出来ない。消極的な長期戦が続き、敵が国内に居座っている間、国土は荒廃し続けるのだから。

 こういう事情もあり、国内に戦線を抱えるイェルガ立法国や、このままでは早晩に自国が戦場になりかねない大陸中部の諸国家の人間は、積極的攻勢を会議で主張した。

 だが一方、連合陣営に参加する大陸西部の軍高級将官たちは、あくまで冷静に戦況を捉えていた。


「イェルガのみなさんには申し訳ありませんが、いまは戦機を見るべきでしょうな」


 南部方面軍を取り纏めるリランド民主共和陸軍元帥、ジェイ・ワパアグシが、国内に戦線を抱える不幸な国々の将官たちをなだめにかかる。


「ここで一転攻勢に移れば、帝国将兵の血肉の上に連合国軍将兵の屍が転がるだけです。勿論、我が軍に有利な条件が整えば、すぐさま攻撃戦を開始することをお約束します。まずは航空優勢・制空権を確保し――」


 連合国軍の雄、大陸第2位の軍事大国リランド民主共和。

 その陸軍元帥の余裕ある微笑と力強い約束に、焦燥に駆られる大陸中部の諸国軍将官たちは、幾許かの冷静さを取り戻した。

 ……だがその頃、最前線では人智を超越した殺戮が始まろうとしていた。


 ツヴァツペイン軍集団の攻勢第一波を退けた連合国南部方面軍野戦陣地に、不可思議にも炸裂しない筒が降り注いだ。これを見た連合国将兵は「ついに弾切れの帝国砲兵は、水筒でも撃ち込んできたか」と誰もが笑ったが、すぐにその「水筒」は陣地全域で猛威を振るった。落着した筒から朦々と噴き出したのは、獰猛な融合騎さえも死に至らしめる毒性瓦斯ガス


「元帥閣下! 化学砲弾の使用は戦闘行為の過激化と、戦禍拡大を招きます!」

「私はあの野戦陣地の前に屍山血河を築くため、精兵を揃えたわけではない! 瓦斯攻撃を継続せよ」


 攻勢を一時中止したツヴァツペイン軍集団は、早急な連合国南部方面軍の無力化を狙い、毒性瓦斯ガスを充填した化学砲弾を使用に踏み切ったのであった。史上初の化学兵器による攻撃は、塹壕に立て篭もる連合国南部方面軍将兵の1割を、野戦病院の患者と惨たらしい死体へと変えてしまった。

 このツヴァツペイン軍集団の蛮行に南部方面軍司令部の人間は、動転するほどの衝撃を受けた。


「帝国軍は化学兵器を前線投入した模様!」

「防御陣地の一部に敵兵が侵入、現在各所で白兵戦が発生しています」

「リランド民主共和軍衛生師団司令部から報告。瓦斯攻撃による我が方の推定死傷者数は――約、じゅ、12万!」

「すぐに報復措置を採るべきだ! 我々アブソリウト連合王国統合軍戦時最高司令部は、魔力反応弾・化学兵器・生物兵器・戦術級魔導兵器、いずれかによる反撃を提案する!」

「しょ、少々お待ち頂きたい。ここはイェルガ立法国の主権が及ぶ領域であり、そうした4大兵器の使用は認められない!」

「いやイェルガ立法国法隷下軍のみなさんには申し訳ないが、何かしらの報復措置を採るべきだろう。連中にこのまま調子づかせるわけにはいかない。超えてはいけない一線があることを、侵略者どもに教育してやる必要がある」

「反応弾による魔力崩壊・魔力変動、化学・生物兵器による土壌汚染は、子々孫々に悪影響を及ぼす深刻な問題だ! そう簡単に使用されてはたまらない!」


 が、議論が紛糾した連合国南部方面軍も、結局は報復手段を採った。最前線に蘇生魔術を乱発し、銃弾に斃れた帝国軍将兵を不死の怪物として、帝国軍側へ解放したのである。

 それからは翼竜に跨った騎兵同士の空中戦と、魔力で稼動する装甲擲弾兵と連合側が運用する機械化歩兵の決闘が延々と続く。痺れを切らして複数個の歩兵師団を突撃させれば、両軍ともに莫大な血を流すことになった。だがしかし両軍ともに退却を決断できないまま、延々と殺し合った。


 結果、68万9182名の生命が失われた。


 以降もこの規模を超える会戦が、幾度も生起した。




◇◆◇




 中央大陸暦944年・花の月の27日に勃発した「大戦争」は、中央大陸暦950年・緑の月の1日に停戦の合意・期限付和平条約の締結が為され、ひとまずの終結を迎えた。


 残されたのは焦土、汚染、不死者、不発弾、3000万の死体、1億を超える身体障害者。


 世界人類に莫大な負債を残した「大戦争」の勝者は、いなかったと言っていい。

 連合陣営と帝国陣営の二陣営に分かれて相撃った144の国々は、相手を屈服させることが出来ないままに国力を使い果たし、疲弊した末に講和を求めたのである。


 1日で数万、10日で十数万、1月で約50万、半年で約300万の生命をむさぼり食らう戦渦。これには戦線を国内に抱えた大陸中部の諸国家は勿論のこと、後方から兵隊と物資を拠出する大陸西部の国家でさえ悲鳴を上げた。

 現代兵器を装備した軍集団同士が激突した時、何が起こるか。

 愚かにも人々は、実際にやってみるまで想像したことがなかった。

 それ故に、凄惨極まる現代戦の様相に驚愕した。


 特に二陣営軍が激突する最前線となった国々は、甚大な損害を被った。


 物語序盤の舞台となる大陸中部の小国――人口は500万に満たず、特別な資源や産業があるわけでもない小国――エンドラクト新王国もその例外ではなかった。


 エンドラクト新王国の人的被害は死者40万2102名、重傷者38万8189名。


 死者約40万の内訳は、新王国軍戦死者が約20万。

 残りの20万は、戦火により生命を落とした非戦闘員の国民である。

 また重傷者38万には、回復して社会復帰出来た者は数えられていない。みな精神的・肉体的に、重度の障害を負って困窮している者である。


 物的損害は計上しきれないが、首都カヴェリッタをはじめとする大都市のほとんどは、市街戦とヴィルヴァニア帝国航空艦隊の執拗な空爆により消滅していた。


 この惨たらしい戦禍に、誰もが深い悲しみと絶望とを覚えた。


(これは好機だ)


 ……ひとりを除いては。


(人々は戦争の悲惨さを記憶した。

 誰もが再びの戦争は御免だと思っている。

 ここに「世界軍縮」「世界平和」を叫ぶ人間が、綺羅星の如く現れたらどうなる?)


 その名前はデモクラシア・オルテル・ライオ。

 烈火を連想させる紅の瞳と、肩まで伸ばした美しい銀髪、整った容貌。そして恐るべき野心を持ち合わせた、エンドラクト新王国高級貴族の令嬢である。


 彼女は戦禍に喘ぐ人々に付け込み、ただ自身の権力を拡大すべく活動を開始する。

 これは人々の純粋なる平和への祈りを食らう怪物が、世界征服に挑戦する物語である。

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