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第8話:絶望

 俺達はどこにも逃げられない。

 窓を割り、進入してきた女性。


「アイシテ、ワタシヲアイシテ……」


 この世の物ではない事が瞬時に理解できた。

 幽霊。

 床を這うようにこちらへと近づいてくる。


「け、慧っ……」

「……くっ」


 恐怖と衝撃に俺達は言葉すら話せずにいる。


「……アイシテ」


 愛を求める怨念。

 俺達の前に姿を見せた女性。


「カエシテ……ワタシのシアワセ……」


 うわ言のように言葉を呟く彼女。


「アナタがウバッタ、ワタシのアイを――」


 その顔を見て、俺は驚きを隠せなかった。


「どういう事だ」


 これまで俺達はこの事件を起こしていたのはあの時の少女だと思い込んでいた。

 悩みを抱えて一人寂しく線路を眺めていた。

 死の直前、最後に会った事が原因だと……。


「違った」


 それすら俺の思い込みに過ぎなかったのだ。

 真実はもっと単純なものだった。


「……誰なんだ、お前は?」


 憎しみを込められた表情を見せる相手。

 あの子じゃない。

 俺達を襲う闇。

 それは俺の見知らぬ女性の顔をしていた。

 未曾有の脅威に声が震える……。


「完全に想定外だったぜ。思い込みってやつだ」

「ど、どういうこと……?」

「知らない。俺はこの人を知らないんだ」

「……じゃぁ、誰なのよっ!」


 分からなくなってしまう。

 なぜ、俺達はこの人に呪われているのか。


「あの子じゃなかった、だとしたら……?」


 壁際にまで追い込まれていく俺達。


「……あぁっ……」


 暗闇に光る獣のような瞳。

 女性は千影ではなく、俺にその瞳を向けていた。

 俺はそこでようやく思い出す。

 俺は一度だけ彼女が生きていた頃に出会ったことがあった。






 この事件が起きるもうずっと前の事だった。

 大学一年の夏くらいだった。

 俺の部屋に前の住人に会いにきた一人の女性がいた。

 長い髪をした清純そうな女性だ。

 

「えっと、それは多分、前の住人ですね。俺がここに来る前に引っ越したそうです」

「そうですか、彼はもうここにはいないんですね」


 寂しそうにそう告げたのを覚えている。


「交際してる相手なんです。……数ヶ月前から行方が分からなくて」

「行方が?」

「住んでいる場所もようやく探し出せたと思ったのに」


 彼女はその人が引っ越した事を知らなかったらしい。

 別れ話がこじれて、彼女に行先を告げずに行方をくらませた。

 そう言う話なんだと理解していた。


「会いたいんです……。私は彼に会いたい」

「また会えたらいいですね」

「はい。彼に伝えたいんです。すれ違ってしまったけども、私まだ彼を愛しているんだって……愛しているんです」


 その後、『管理人に引っ越し先を聞いてみる』と彼女は言って立ち去った。

 それ以来、彼女とは一度も会っていなかった。

 こんな形で再会するまでは……。






「彼女の自殺した理由は交際相手に二股されて弄ばれたこと」


 そういうことか。


「彼女を弄んだ男こそ、ここに前に住んでいた男性だったんだ」

「前の住人の男の元カノって事?」


 その後、結婚してここ出て行った事実を知った彼女の絶望。

 どんな状況が彼女に襲い掛かったのかは知らない。

 想像すら出来ない事を経験してきたのだろう。

 どんな絶望を抱えてきたのか知らないが、一年の月日を経て。


 その“絶望”が結果的に彼女を殺した。


 それが現実――。


「……うぁあああ」


 咆哮をあげる女性は俺の足に細い指を絡めてくる。


「ぐっ……」


 俺は離そうと手で相手の腕に触れた。

 冷たい温もり。

 凍りつく氷のように冷たい……。


「……アナタをつれていく」


 次の瞬間、俺の足から手を離して腕を掴む女性。


「なっ……?」


 俺はそのまま身体を引きずられていく。

 床に身体を擦りながら窓の方へと向かっていくしかない。

 なんて力なんだ……引き離せない。


「ワタシは……アナタを……」


 ゆっくりと引きずられた俺は割れた窓へと誘われた。


「サヨナラ」

「や、やめろ……」


 身体を窓辺にのりあげて落ちそうになるのを力の限り、耐える。

 そこに広がる光景に俺は自分の目を疑った。


「……ツレイテイク、ツレテイク、ツレテイク」


 窓の真下は電車の線路があるはずなのに。

 そこはもう俺の知る光景ではなかった。

 手だ。

 暗く深い闇から無数の白い手が伸びて手招きしている。

 異様すぎる光景に吐きそうだ。

 女性は俺をその闇へと引きずり込もうとする。


「くぅっ……離せ……」


 必死に腕を離そうとするが、どうにもならない。


「慧から手を離してよっ!」


 諦めたらそこで終わりだと、俺の身体を支えてくれる千影。

 恐怖に怯えてるのに彼女は俺の事を守ろうとする。


「……慧は私の恋人よ。アンタなんかに渡さないっ」


 千影は涙を浮かべて叫ぶ。


「私の大事な人を渡さないんだからっ」


 女性がその言葉に反応するようにひるむ。


「ワタシはアイをしんじない……」

「それなのに、愛して欲しい?」

「アイサレていたのは、ワタシじゃなかった」

「元彼が愛してくれなかったのは自分だって悪いんでしょ。愛される努力して、報われなくて……だからって、こんな事をしてどうするの?」

「……ワタシだってあいされたかった。アイシテほしかった!」

「きゃっ!?」


 千影が女性に突き飛ばされて、俺から離れる。

 そして、俺には闇から伸びた複数の手が絡みついていく。


「……慧っ!?」

「来るな、千影……。もういい……来るな」


 千影だけは守りたい。

 俺がどうなろうと……。


「俺は千影を愛してるから」


 彼女を巻き込まない。

 そう覚悟を決めた俺はそのまま窓辺を掴んでいた手を離す。


「だ、ダメ! 慧、やめて」

「もういいんだ。お前が無事なら、俺は……」


 俺の身体は窓辺をのりだして、白い手に引きずり込まれて闇へと落下していく。

 恐怖しかない。

 だけど、俺の最後の希望は……。


「慧っ!嫌……嫌だよ……ダメーっ!」


 千影の悲痛な声。

 俺は……お前を……。

 そして、そのまま……俺の意識は闇へと飲み込まれていく。


「――慧ッ!」


 落下した俺が最後に見た光景は涙を流す千影の顔だった。

 俺は……。

 

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