第4話:孤独
千影はあの日以来、体調を崩してしまった。
彼女が見た人影は何だったのだろうか。
あれは彼女の思い込みや妄想だと思っていた。
しかし、俺も夜に不思議な体験をする事になる。
千影の家に世話をしに行ったのだが、自宅に帰ってきても電話で話を続けたがる。
「……慧。その家はホントにやばいよ。引っ越したほうがいいんじゃない?」
「そりゃ、何かと物騒な噂は聞いてるけどな。ここを引っ越すほどの事件に俺が巻き込まれていないからさ」
「巻き込まれてからじゃ遅いんだよ?」
「分かってる。お前が心配してくれるのは嬉しいけどさ」
ここ数日、何かがいつもと違う気がしていた。
それは俺も認めよう。
ただ、それはあの事故の影響に引きずられてるとも言えなくはない。
「……ねぇ、慧。私の家に泊まった方がよかったんじゃない?」
「これで何泊目だよ。さすがに今日くらいは帰らせてくれ」
「だ、だって……」
気が強くて凛とした千影がすっかりと意気消沈している。
それだけ怖い想いをしたということだろう。
彼女にせがまれてここ数日は向こうで連泊していた。
「何かあったら私を呼んでね?」
「……幽霊に襲われたら助けに来てくれるのか?」
「ごめん。その場合は彼氏を見捨てて逃げる」
「もしもの場合は第一発見者くらいにはなってくれ」
夏の暑さだ、早めに見つけてくれよ。
なんて冗談で言う俺と違って、千影は本気で怯えたように、
「ねぇ、一緒に暮らそうか?」
「は?」
「あ、あのね、今よりも大きい部屋を借りて同棲するのってはどうかな?」
千影の思わぬ提案に俺は笑みが浮かんでしまう。
「あ、笑ってるし。こっちは本気なのに」
「悪い、悪い。……お前の気持ちは嬉しいよ。それもありかなって思えた」
千影は良い女だ、俺の愛すべき恋人だ。
だからこそ、何かあったら巻き込みたくはない。
「……考えておくよ」
「ホントに?」
「ホントに。だから、今は体調を治せ。身体が第一なんだからさ」
俺は励ますように彼女に告げてから電話を切った。
気づけば深夜の時間帯。
すっかりと話し込んでしまっていたようだ。
「ふわぁ……眠い」
俺は眠気に負けてベッドに寝転がる。
シャワーを浴びなきゃいけないのだが面倒だ。
明日の朝にしよう。
「……寝るか」
そのまま俺は寝てしまう。
疲れもあって眠りにつくのは早いはずだった。
どれくらい時間が経っただろうか?
コンコン。
そんな物音に目が覚める。
「……ん?」
風が窓を叩く音かと思い最初は気にしていなかった。
だが、徐々にその繰り返される音が大きくなり始める。
窓を何かで叩きつけるような感じに俺は薄っすらと瞳を開いた。
「何の音だ? 台風でも近づいてたっけ?」
ゆっくりと身体を起こす。
薄暗い室内に俺は窓の方へと向かう。
「……そういや、千影も言ってたな」
俺はその瞬間に千影の言葉を思い出した。
『ホントだって!! ドンドンって窓を叩く音がして、変だなって思ってカーテンを開けたら……窓の外に白っぽい女の人がいたの』
そんなワケがないのは分かってる。
気になって窓の辺りを見てみると、人影のようなものが窓をよぎった。
「……おいおい、冗談だろう?」
俺は気持ち悪くなりながら窓を開けた。
辺りを見渡しても誰もいないし、何もいない。
「ただの風だったのか……?」
風の悪戯、何かを見間違えたのだと思いたかった。
「何だこれ?」
俺は見つけてしまったのだ。
窓にくっきりとついた人の手形。
それは以前の場所に浮き上がるようにつけられていた。
「……この間消したはずなのに」
俺が視線を別方向へと向けると、あの踏切が見えた。
その踏切の電灯に照らされていたのは。
「え?」
黒い髪の制服を着ていた少女。
『――そこにいますか?』
顔までは見えないけど、確かに少女はそこにいた。
まるでこちらを見続けているように。
「あの子は……!?」
俺は思わず、その少女に部屋を飛び出していた。
急いで駆けると電灯に照らされていた少女に近づく。
「生きていたんだ。やはり、あの人身事故はあの子じゃなかった」
わずかな期待を抱いて俺は彼女に会いに行く。
だが、それは幻だった。
俺が踏切に辿り着いた時にはその少女の姿はない。
「どこに消えたんだ……?」
最初から誰もそこにはいなかったように。
先ほどの少女は俺の気のせいだったのか。
それとも、あの子が生きて欲しいと願う俺の妄想か。
「やはり、あの事故はあの子なのか……?」
いつしか降り始めた小雨に濡れながら俺は線路を眺めていた。
「……花束?」
新しい花束が線路の端に置かれていた。
どうして……“彼女”はこんな寂しい場所に立っていたのだろう。
どうして、自殺するまで自分を追い込んでしまったんだろう。
「そこにいますか? ……どういう意味を込めて囁いてたんだ」
雨空を仰ぎながら、ただ虚しい気持ちが込み上げてくる。
「あらゆる可能性のひとつとして、先ほどの幻は……」
花束の置かれた暗い夜の踏切。
あの子がここにいた理由。
本当に彼女は自ら命を絶ったのか?
いくつかの疑問を胸に抱き、俺は自室へと戻ることにした。
本当の恐怖が襲い掛かるとも知らずに――。