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第2話:異変


 大学の食堂で飯を食っていると、友人の西岡にしおかに会った。


「よぅ、平野。こんな時期に大学ってどうした?夏季休暇中だろ」

「……うちのゼミは夏休みでも研究やってるんだよ。お前は?」

「こっちも似たようなもんだ。隣、座るぞ」


 西岡は俺と同じアパートの3階に住んでいる。

 何だかんだで付き合いも長い友人だ。


「例の恋人とは仲良くやってるか?」

「相変わらず、尻に敷かれてます」

「ふっ。気が強い子を相手によくやるね」

「俺の方が惚れてるからな。離れる気もないのさ」


 付き合い始めてから喧嘩はしても、別れたいと思ったことは一度もない。

 お互いに良い関係を続けている。


「羨ましいねぇ。美人な彼女と付き合えて」

「お前の元恋人も可愛い子だったじゃないか」

「金遣いの荒さが半端なかったからな。貢ぎ続けられる気がしなかった」


 いい女でも金遣いが荒い人は勘弁だな。

 彼は脂っこい揚げ物中心の定食を食べ始めながら、


「そういや、昨日の夜にまた“アレ”があったの知ってるか?」


 淡々とした言葉。

 アレと伏せたのはまわりに他の人がいたからだろう。

 例の飛び込み自殺、人身事故の件だ。


「てういか、よくあの話を食べながらできるな」

「慣れただろ? あの場所に住んでいれば嫌な意味で慣れるものさ」

「噂だけどな、近い内に踏切付近を架橋工事するらしいぜ。あんまりにも自殺が多くて、あの辺が自殺の名所になりかけてるし。電車会社もたまったものじゃないもんな」


 他人の人生なんて俺には関係ない。

 その最後が悲しい末路であろうとも、それが彼らの人生なのだから。

 だが、それに巻き込まれるのは勘弁だ。


「昨日の事件で亡くなったのは若い女の人らしいぞ」

「女かよ。何か叫び声を聞いたな。西岡はどこにいたんだ?」

「ちょうど帰ってきた時に遭遇した。警察の会話を聞いてたら遺書もあったらしくて、男に二股かけられて弄ばれて捨てられたとか、そういう類の自殺だとさ」


 俺はコップの水を飲み干すとふと思い出してしまった。


「若い女の人って……まさか……?」


 俺の脳裏によぎったのはあの少女だった。


「――そこにいますか?」


 儚げな微笑みの印象的だった女の子。


「そんな……嘘だろ」


 あの子が……飛び込み自殺?


「お、おい。西岡、聞きたいんだが。その人身事故にあった女性って長い黒髪で白いワンピースを着た子じゃなかったか? 高校生ぐらいの歳の子だ」

「服装までは分からないが年頃的にはそれくらいじゃないかな。警察の人間が『まだ若いのに』って言ってたし。知り合いなのか?」

「いや、最近、よくあの付近であった子じゃないかって」


 あの子だと決まったワケではないのに。

 俺の中で予感が確信へと変わる。


「そうだとしたら残念だな……。遺体はかなりひどい事になってたようだ」


 ざわめく心に俺はきゅっと唇を噛み締める。


「あの子、そこまで思いつめていたのか」

「そんな気配はなかったのか?」

「何となく儚げな印象は抱いていたよ。直前にも会ったんだ」


 そう、あの帰り道に会った時。

 俺が声をかけてしまった事にも意味があったのではないか。

 何かしらの兆候があれば止められたかもしれない。


「……あんまり思いつめるなよ?」

「分かってる。ただ、止めれるものなら止めてやりたかったなって」


 あの子とそれほど親しかったわけじゃない。

 何度か会って、昨日、初めて会話したくらいの希薄な関係でしかない。

 ただ、それでも、少しでも関わっていた人間としては思う所もある。


「また、出るかもな」

「……何が?」

「出るって言ったらあれに決まってるでしょ」


 そう、アレだ。


「――幽霊だよ」


 冗談なら冗談を言う顔で言って欲しい。


「さり気にうちの近所周辺って幽霊の目撃情報が多いよな」

「俺は見た事ないけど、噂はよく聞くぜ」


 付近で自殺が多いと言うこともあってか、妙なものを見る人が少なからずいる。


「ちょっと前にうちのボロいアパートに防犯カメラをつけようって話があっただろ。変質者が侵入してきた件もあったしよ」

「あぁ。でも、結局、やめたって聞いたぞ」

「それな。何でやめたか知ってるか?」


 詳しい事情までは聞いてない。

 管理人が面倒になったからじゃないのか。

 

「試しに廊下にカメラをつけたらさ、深夜に不思議な光景が写ってたんだとさ」

「幽霊?」

「かどうかは分からんが、白い人影が壁から壁とすり抜けていく。そんな映像が撮れたそうだ。似たような事件が何度かあって、設置をやめると言い出したわけだ」

「マジかよ」


 同じような話は住人からもたまに聞く。

 見知らぬ人影が窓の横を通り過ぎて行ったとか。

 その人の住んでる窓を人が通り過ぎるのは物理的に不可。

 ……だって、4階だからな。


「西岡は見た事があるのか?」

「……幽霊かどうか分からないけど、深夜の踏切付近で人影を見た事があってな。深夜の貨物列車が走ってきて危ないって思ったら、目の前からふっと消えてしまった」

「マジで?」

「俺の部屋の窓から見た光景だ。遠目だったから、気のせいだったかもしれないし。本物だったかもしれない」


 それは本物だったかもしれない。


「あと関係あるかどうか知らないけど、三階に住んでる坂井先輩は毎朝4時頃に鼻血が出て目が覚めるんだと。理由不明で悩まされているらしい」

「病院行けよ。マジで身体が問題なんじゃないか」

「とにかく、変な噂だけはいろいろとあるからな。お前も気を付けた方がいいぜ。なにせ、自殺する前の相手と話したんだろ? 何かあるかもしれない」

「脅かすなよ。そんなこと……」


 あんな寂しいそうな横顔を見せた女の子が俺にどうするって言うんだよ。


「……まだここにいるんですね」


 何か俺に伝えたかったことでもあるって言うのか。

 幽霊なんて信じていない。

 そう言う人もいるが、俺達は住んでいる場所の影響か、自然と信じている。


「……ん、悪い。電話だ。もしもし、西岡だ。どうした?」


 西岡が携帯電話に出たのを区切りにその話は終わる。

 あの時の少女でない事を祈るしかないな。

 俺はそう考える事で自分の気持ちを切り替える。

 食器を片付けていると話を終えた西岡がやってくる。


「平野、話は変わるが今日の夜は開いてるか? 友達が合コンをしようって言うんだが……メンバーが足りてなくて、お前もどうだ?」

「俺には恋人の千影がいるんだけど?」

「分かってるよ。数合わせだ、参加してくれないか?」

「……しょうがないな。その代わり、あまり遅くならないようにしてくれよ」


 今日の夜は千影と会う予定はなかったし、息抜きというか気分転換がしたかった。

 昨夜の出来事に少女が関わっていたと言うなら、なお更、嫌な気分だ。

 その後も西岡と話をしていて俺は時間を過ごしていた。

 

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