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序章:日常

 平凡な毎日にほんの少しでいいから刺激が欲しかった。

 当たり前に過ぎていく毎日。

 気づかぬ間に過ぎる時間。

 何かが変わればいいと思っていた。

 俺、平野慧(ひらの けい)は大学2年で一人暮らしをしている。

 夏の暑い夜、買い物袋を持ちながら道を歩いていた。


「ったく、アイツめ。俺に大根なんて買わせにいかせやがって……」


 恋人に頼まれてスーパーにお使いに行った帰りだった。


「6時か。少し遅くなったな」


 辺りはすっかりと薄暗くなり、電灯がつき始めていた。


「しかし、暑いな。熱中症になりそうだぜ」


 彼の住むアパートの近所には電車の踏切りがある。

 人気の少ない裏通り、寂れた墓が横にあるため滅多に人が通ることもない。

 虫を寄せ集めている電灯に照らされた光。

 その下に一人の少女を見かけた。


「あの子は?」


 歳は高校生ぐらいだろうか。

 これまでも何度か見ている女の子、近所の子ではないようだ。


「……」


 彼女の端を通りかかるといつも会釈をしてくれる。

 雪のように白い肌、落ち着いた印象を持たせる瞳。

 漆黒の長い髪が夏の風になびく。


「……こんばんは」


 その日はなぜか彼女の横を通り過ぎる時に声をかけてしまった。

 見知らぬ相手から声をかけられて驚くかと思いきや、意外と落ち着いた様子で、


「こんばんは。いつも、ここを通っていますね」

「あぁ。すぐそこのアパートに住んでいるんだ」


 その踏み切りから50mほどの場所にあるアパートを指差す。


「ボロいけど大学生用のアパートなんでね」


 老朽化した4階建てのアパート。

 家賃も安く済んで、助かっている。

 彼女は俺に優しく微笑んだ。


「そうなんですか。私の家はここから少し離れていて時々、この道を通るんです」

「いつもこの道を通るのかい?」

「えぇ……」

「少し薄暗いし、女の子ひとりだと危なくない?」


 こちらの道は古い道で車も通れないために人通りもない。

 この道と平行して通ってる表通りの道。

 車道のあるそちらならば比較的人通りもある。

 近頃は付近に変質者も出ているので、女性ならばそちらの方がいいに違いない。


「お気遣いありがとうございます。でも、私は……」


 彼女が小さくしゃべったのでその先は聞こえなかった。

 聞き返すのもなんだし、俺はそれ以上深くは追求しなかった。


「おっと、何か引き止めてしまって悪かった。俺はもう行くよ。気をつけてね」

「はい」


 彼女と別れを告げて帰ろうとした時、そっと少女の口から言葉が漏れた。


「――そこにいるんですか?」


 思わず「え?」と振り向いたが彼女は俺を見ていなかった。


「……」


 少女の視線の先は線路に向けられて、誰かと話すように語る。


「まだそこにいるんですね……?」


 そのまま立ち去ろうとしない少女。


「いつまでも、ここに……」


 独り言のように呟いている。

 彼女は帰るのでもなく、どこか遠くを見つめる目をしていた。


「……何だろう?」


 不思議な感覚、言うならば違和感とも言うべきか。

 そういえばこれまでも、彼女とは道をすれ違っていたが、いつもあの場所で誰かを待つようにしていた気がする。

 それとあの去り際の一言。

 『そこにいますか』なんて意味深な台詞。

 俺の耳に残るその言葉。


「なぜかな。彼女の事が気になるのは……」


 夏独特の蒸し暑さでジワリと肌に汗がにじんでいた。


「やばっ、こんな時間だ。アイツにどやされる」


 少女が気になりつつも、時計を見て危機感を抱いた俺は足早に夜道を駆ける。

 後になって思うと、もう少し、このときの俺は少女を気にしておくべきだった。

 そうすればきっと、この後の悲劇を回避できたのかもしれない……。

 ひと夏の悪夢が始まった。


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