乱世
ジョンがロバに言う。
「クローメ国の災喜王の時代に、名をユート・イチジョウと云う無実の罪で絞首刑に成った者がいたそうな」
「ユートは、民か臣か」
ロバの問いに答えてジョン曰く
「臣」
「長か幼か、貧か富か」
「長富」
「功はあったか」
「功は小さかった」
「罪無く死んだのではない、功無く死んだのだ。財貨多くして兵少なき国は必ず踏み躙られ、俸禄多くして功小さき臣は必ず無実の罪で殺される」
ジョンはロバへこう問うた。
「アッカーマン国はどんな国でしょうか」
「賢く弁の立つ家臣が居り、豊かな農村と精緻な細工を施す工房があり、精悍で心を一つにした兵が、いた」
「今はどうか」
「知があっても弁の立たぬ隠遁者と、多弁でも阿諛追従しか能の無い家臣がおり、疫病の蔓延する村落あり、儲けの為に出鱈目な細工を施す工房あり、惰弱ですぐに逃げ散る兵士がいる」
「将来は」
「民心は神聖ワギナス教へ毒され、国境はクローメ国に度々侵されている。つまり」
「つまり」
「将来は極めて明るいと言える」
「なぜ」
「アッカーマン国に俺の親戚は住んでいない、国が乱れれば笑える」
「賢王の立つ事はありませんか」
「その時は策を売りに行こう」
ロバは言っていなないた。
王が馬鹿なら、一々軍略・政略の理屈を説いても理解できない。そういう時は魔術理論を使え。フレイムバレッツは炎の神霊ユグス・ニ=ケイの加護によって行使される限りにおいては兵一万に相当する破壊をもたらします。とでも言って置いて、現場で好きに動けばよろしい。馬鹿の時間・労力・財産・権限を奪う為にだけ魔法・魔術は存在できる。
魔術と言って置かなければ「馬鹿の兵法、生首二つ」あるいは「土人に土法」である。つまり馬鹿に兵法を指南してしまうと、敗戦の責任で指南者の首が飛び、次いで馬鹿の首も飛んでしまう。また土人には魔術理論に基づいたソウルフルーエンスをバーストライドしてシュルツレヒトをチャンガしなければ税金を徴収出来ない、と云う事だ。
愚王に魔法、賢王に策。
「なぜ、天恵王后・・・・・・糞豚がアッカーマン国の后に成れたのでしょう」
「美人だから」
「しかし美人なら後宮に大勢いたはず、豚は精々百人に十五・六人並の美貌だったと聞き及びます」
ロバはジョンに答えて言う。
「天恵王后、元の名を、サネ・グロイマンと云い、グロイマン子爵家の遠縁の者だった。君の言う通り十五・六人並の娘で、後宮には上ったものの后に成るほどの器量は無かった。ある時グロイマン子爵の元に、ミル・モルテッドと云う知恵者が策を売りに来た。子爵は青盃王へこの者を推挙した。ミルは王へ曰く、クローメ国への外交の使者となって、かの国の地形や兵の練度を調べて参りましょう。ミルはクローメの仮杭王へ目通りして言う。クローメは豊かな国で美人も大勢いらっしゃると聞いていましたが、サネ姫程の美女はおらんようですな。仮杭王はミルへ問う、ツテはあるか。グロイマン子爵には御世話になっております。ならば話を付けて来いと命じて金銀を与え、供の使者をつけて国へ帰した。帰ってきたミルは青盃王へ言う。クローメ国は土地は貧しいですが兵は強靭、しかし王は粗暴悪逆、野心旺盛、共に天下を謀るに値しません。またサネと云う娘を欲しがっていると噂を聞きましたが、さてその娘は後宮に居るとのこと、その者を差し出しては我が国は周辺各国から馬鹿にされ、さりとて無碍にすれば、かの王は兵を国境へ進めるでしょう。王は家臣にクローメ国の使者を歓待させ同様の噂話を聞き出させた。青盃王はミルへ下問する、如何にせん。答えて曰く、后に娶り、既に后だと仰れば流石のクローメ王とて無理は言いますまい、もしも無理を言い出したなら家臣の心はクローメを離れ、その結果、我が国の領土は拡がる事に成りましょう」
「つまり自分で火を付けて、火消しの策を献じた、と?」
「しかり」
「それで並み居る美女才女を差し置いて正妻に王后に指名された訳ですね。その、ミル・モルテッドはどうなりましたか」
「策謀の功で重職に就いたが、やがて王后に粛清されたよ」
太后は国内の賢人、忠臣を尽く粛清した。その為、後世の人から悪し様に罵られる事が多い。しかしまた、あの時代、ミルのような智謀の士が国家の人事を左右していたのも事実であり、見方を変えれば愚昧な青盃王を支えた賢夫人だったとも言える。