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電脳ロリータ

作者: 藍園露草

 心電図モニターが警告音を奏でていた。

 集中治療室の中央、寝台に横たわる少女の顔色は青白い。酸素マスクをした唇は、送られる酸素を上手く取り込むことが出来ずに喘いでいる。周囲の医師や看護師たちの声は慌しく焦りで満ちているが、意識が朦朧とする少女には何を言っているのか分からなかった。

 だが彼女は、自分がもうじき死ぬのだろうとは想像がついていた。遅かれ早かれ死ぬだろうと、彼女は諦めていた。

 少女はゆっくりと瞼を閉じる。近くにいた看護師が、意識をしっかり持ってとマスク越しでそう言った。激励するような言葉は、少女の心を惨めにした。

 もういい。

 もういいよ。

 こんな、何度も体を切り開いて。鼻や喉に管を通して、薬を何度も打って、器械で辛うじて生かされているだけの状態。歩くことも起き上がることも出来ず、食事も着替えも何もかも誰かにしてもらうしかないお人形みたいな有様。

 もう、嫌。

 もう、死にたい。

 お願い、死なせてよ。


「――――それは、本当にあんたの『願い』?」


 大人たちしかいない部屋の中、少年の声が異質に響く。

 閉じていた目を見開き、少女は声の出所を探す。

「ここだよ、ここ」

 少年の顔が、モニターの画面を侵食して笑っていた。

 彼は青緑の髪をハーフアップにしていた。顔は少女といっても良い位可愛らしいが、首には喉仏が僅かに出ている。

 こちらを見つめる空色の目は黒いはずの瞳孔が白く、それだけで彼が人の姿をした別の生命体だと知らしめる。

 驚愕で目を丸く少女に、彼は作り物めいた声で言う。

「あんたの願いは粗方予想が付く。その願いは、僕の世界の技術を使えば叶えられるよ。……どう? 僕と契約しない?」

 どくん、と弱まっていた心臓が鼓動を打った。

 彼は幻か、妄想の産物か。今の少女には分からない。だけど、彼は少女の望みに応えるといっていた。

「さぁ、願いを言って。叶えてあげるから」

 彼女の望んでいた言葉を言っていた。

 だから駄目元で、少女は願う。


「生きたい」


 願ったと同時に、彼の目が電光を走らせた。

「契約、成立」


  ◇◇◇


 電子の海に飛び込み、少女は彼の示す目的地を目指して泳いでいく。

 病気も怪我もない体は軽い。数日前までベッドに横たわることしか出来なかったのが嘘のようだ。

 彼と出会ってから、少女の体は健康体になっていた。手術後には医師もびっくりするほどの回復力を見せ、問題なく退院出来た。

 退院してからの生活は、それはもう素晴らしい。

 自分の足で大地を踏みしめ、外の風をその身で受けながら、歩く。食べたいものを口から取り込み、食材の歯ざわりや味を楽しむ。体を洗って汗を流し、浴槽に張ったお湯に体を浸ける。布団の中に潜り、翌日の朝日を受けるまでぐっすりと眠りにつく……。

 健康な人からすれば極当たり前のこと。彼女にとって、その当たり前のことがどれだけ幸せであるか。全ての生活動作全てを自分でこなす度に、自分が恵まれた体を得たことを痛感し、歓喜した。

 これも全て、彼と契約したおかげだ。

由美(ユミ)、何考えてるの?』

「別に? ただ、シーナに会えて良かったって思ってただけだよ」

「……? まぁ、いいや……そろそろ外に出るよ。準備して」

 どこか人工めいた少年の声が、目的地点についたことを告げる。

 由美は彼の言葉に応じて、ネットワーク世界から現実世界へと飛び出た。

 夜風になぶられ、長い黒髪と漆黒のレースが揺れる。肩の出たゴシックロリータ風の衣装は、胸下からスカートの正面が大きく割れていて、SFに出てくるようなピッタリとしたスーツに包まれた肢体が露になっている。

 背中についた機械仕掛けの黒翼が淡紫の光を散らし、廃墟の上で羽ばたく。頭頂を飾るのはヘッドドレス型の可聴音域強化ギア、そして彼女の細腕には身の丈ほどもあるメカニカルな大砲があった。

「シーナ、どの辺りかな?」

『もう少し降下、建物の二階に中に入って』

「分かった」

 大砲から聞こえた声に頷き、由美はガラスの割れた窓から中に入った。

 ガラスの破片やゴミの散らばる、腐臭すら漂う廃墟の中。錯乱するドラム缶の物陰で、蠢く小さな何かがいた。

 闇色の何かのシルエットは、犬や猫に近い。だが顔に当たる部分には夥しいほどの目があり、ナイフみたいに鋭い牙の並ぶ大きな口がある。胴体には六本の足があり、背に大きく見開かれた目玉がぎょろぎょろと動く。長く太い尻尾は節くれだっていて、先端には蠍みたいな毒針がついていた。

「発見っ」

 異形の姿を見つけるや否や、由美は大砲を構えて怪物を撃った。

 電気を帯びた巨大な光弾は勢い良く、見た目の派手さに比例した轟音を響かせながら放たれる。

『由美、消音機能(サイレンサー)忘れてる』

「あ、いけないいけない」

 指摘され、少女は設定モニターを展開して大砲の音を消した。

 それから、着弾したダメージで体が半ば崩れた異形を再び撃ち抜く。今度は見た目と対照的に、静かに電磁砲が吐き出された。

 だがダメージは変わることはなく、第二撃を喰らった小さな異形は男とも女ともつかない鳴き声をあげて消滅する。

「やった! まずは一体」

 由美は手を合わせて笑うと、消滅したその地点からフワリと舞い上がる光の粒子――――マナエネルギーを回収する。

「絶対、他にもいるよね。シーナ、どういう作戦でいこっか?」

『奥には数体いるよ。フロアの広さと異形のレベル的に、由美単体だときついね。ガーディアンを召喚するよ』

「うん。お願い」

 何から何まで頼んでいるが、由美はまだ成りたての新入りだ。今はパートナー兼オペレーターである彼の言葉に従うべきだろう。

 そうこうする内に、由美の左右で電光が駆けながら召喚陣が展開された。そこから風を切るような音と共に、電子セイバーとシールドを装備した機械仕掛けの守護者が姿を現す。

「殲滅、開始」

 由美が命令を下せば、二体のロボットが起動する。

 そうして、彼女は廃墟に潜む怪物の排除を始めた。



『異形の反応は無くなったよ。今日はこれで終わり』

 シーナの言葉と共に、守護者たちは姿を消した。由美も敵を排除しおえたので、家に戻るべく再び電子の海に飛び込んだ。

 家に置いていたスマートフォンから家の自室に出ると、変身が解ける。SFとゴスロリを混ぜたような衣装は風で綻ぶようになくなり、普段着であるブラウスとスカート姿に戻った。

 そして黒光りする大砲は、一人の少年へと姿を変える。

 ハーフアップにされた近未来的な色の髪。白い瞳孔が特徴的な、吊りあがった空色の瞳。肌は白く滑らかで、可愛らしい顔立ちをしている。

「なり立てにしては筋が良いね。この町に派遣されて早々に、波長が合う奴と会えたのは運が良かった」

 上から目線の喋り方をする彼の印象は、SF映画に出てくる軍人だ。それも最年少の天才エリート。頭が回り戦闘も強い、文武両道な才色兼備の美少年。

 ただ、ちょっぴり気位が高くて、口が悪いのがたまに傷な男の子。

 電子情報体C‐17、通称『シーナ』。

 それが彼の名前だった。

「この調子でマナを回収していきたいな。これからも頼むよ」

「うん……それにしても、初めは驚いちゃったなぁ。シーナの言う契約がまさか、『魔法少女』になれってことだったんだから」

「魔法少女?」

 彼は眉を寄せ、首を傾げる。

「僕はあんたに特殊エージェントになって、エネルギー回収をして欲しいって言っただけだよ」

「そうだけど、やりかたが魔法少女っぽいんだってば」

 と説明するが、彼は怪訝そうに首を捻るばかりだ。そんな様子を見て、由美は今度、魔法少女物のアニメを借りようと思った。

 シーナは見た目よりずっと賢いが、彼にとってレトロであるこの世界の常識には疎かった。

 この前、由美の部屋の扉の前でしばらく立っていたかと思うと、顔をしかめて「由美。この扉、壊れてる」と言った時は思わず笑った。その後、大抵の扉が自動で開いたりはしないと教えると、「なんて技術の行き遅れた世界なんだ……」と彼はぼやいたものだ。

 由美のいる世界とは、異なる世界から来訪したシーナ。彼自身がSFチックであれば、彼の世界もまたSFめいていた。


 シーナのいた世界――――メトロニクスは、人類が滅亡し機械人とアンドロイド、そしてシーナのように人類の遺伝子情報を元にデータ形成された電脳情報体しかいない。人の代わりに機械と情報が頂点に立つ世界だ。

 そのメトロニクスは滅亡してしまった人類たちが争い、エネルギーを消費した結果、現在進行形で衰退しているらしい。シーナたちは衰退を阻止するべく由美の世界に出没する異形を狩り、エネルギーを回収するために派遣された。


「その魔法少女とかいうのはよく分かんないけど……この世界は、随分と厄介だね。マナが豊富だけど、負も多いからすぐ異形化する。まぁ、高濃度のマナが手に入ってありがたいけど」

 負というのは、人間の悪い感情のことだ。悪感情の影響を受けたマナはエネルギー濃度を増しながら、異形になる。

 この異形は世界の狭間の間に存在し、異なる世界の住民が契約の形で協力しあうことで完全に消滅させられるようになるらしい。初め、シーナは単体で倒そうとしたが、ダメージを与えられるものの致命傷にはならなかったようだ。

 つまり、何が何でも異世界人と契約しなければいけないということである。

「ほんと、出来れば僕だけで異形を倒したいんだけどね……無理みたいだから仕方ない。これからも頼むよ」

「最初からそのつもりだよ。……シーナは、あんまり人と契約したくなさそうだね。どうして?」

「だって自分の世界の問題は、自分たちで解決するべきだろ。それに、人間の感情はイマイチ分からない。目に見えない曖昧過ぎる観念的ものは、僕たちは苦手なんだよ」

「そうなんだ」

 シーナはたまに怒ったり、笑ったりする。だがそれは、シーナの遺伝子情報になった少年の行動パターンを元にしたものだと、彼は言っていた。

 メトロニクスの住民は、基本的に効率性と優先順位を決めて行動する。大半が理詰めで、感情などが分からないのだという。

 その法則でいくならば、シーナにとって由美と契約したことは、異星人と政略結婚したようなものなのかもしれない。

 すべて、その後のことを考えて決めた無情な行動。

 だけど、本当に感情がないのか、と言えば否だと思う。

 シーナは今、『自分のことは自分で解決したい』と言った。それは彼にも、多少の感情が存在することを裏付ける。

 だから由美は、異世界からきたシーナと仲良くしていけると思った。

「感情なら、少しずつ分かるようになると思うよ」

「そうかなぁ……」

「そうだよ。それにどっちみち、これから二人でやっていくんだもん。だから頑張ろう?」

 由美が微笑みながら言えば、シーナは「うん、そうだね」と頷く。


 異形との戦いは、死ぬ危険性もあるハードなものだ。

 シーナと契約して与えられた仕事は、生き永らえた由美からすれば恐怖の対象にしか、なり得ない。

 だけど、由美は死ぬまで頑張ろうと思う。

 それが、由美を死から救い、健康な体をくれた彼への恩返しだから。


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