初めてのお仕事
ああ、広場にいた人達がぎょっとした様子でこっちを見てる!
こここ、これは私がどうにかしなきゃ!
「えと、本日開店させていただきます思い出亭でございます!10セムでお客様の思い出の料理を祈念法で織田氏させていただく屋台です!また食べたいあの一品がありましたらどうかいらっしゃいませ!」
半ばやけくそのように声を張り上げたら、屋台の傍らで腕を組んで立っているパダムさんが小さな声で囁いた。
「なんだ、自分で言えるではないか」
うわぁぁ、乗せられた!
いやいや、ここは乗せてもらったというべきだろう!
もうほんと、恥ずかしいとか全部勢いで吹き飛ばしてバカみたいにさっきの売り文句を繰り返す私。
すると興味を惹かれた人達というのも集まってくるものでして。
「なぁなぁ、思い出料理を祈念法でだすってどんな料理でもいいの?」
「はい、料理名が解っていれば出せますよ。特に、特定の誰かが作ってくれた物がもう一度食べたいという時は料理名に合わせてつくった方の名前を教えていただけると確実です」
「10セムも取るって言うけど、量はどのくらいになるの?」
「ええとですね、基本的に何人前と指定しなければ出来あがりの状態によります。鍋で作る料理なら鍋一杯で10セムです」
「てんごくのおばーちゃんのケーキたべれる?」
最後の、お母さんに手を引かれた女の子の声には期待と不安が入り混じっていたので、精一杯笑顔を作りながら答えます。
「はい。食べれますよ。あなたの思い出の一品なら、なんでも10セムで承ります!」
その子の言葉が起点になりました。
10セムは、安い金額じゃありません。
屋台で出される料理としては法外な値段と言ってもいいでしょう。
それでも……。
「おかーさん、おばーちゃんのケーキ、たべたいよ……」
「え、うーん。どうしようかしらねぇ。10セムでしょう。お母さんのケーキじゃだめ?」
「おばーちゃんの、ひさしぶりにたべたい。お母さんは食べたくない?」
「……そうね、お祖母ちゃんケーキ作るの上手かったものね……ねぇ、質問があるんだけど」
「はい、なんでしょう」
「その出した料理はどのくらいもつの?」
「物にもよりますけど、きちんと保存すれば数日は大丈夫ですよ」
「そう。器はどうなるのかしら?」
「器は残念ながら食べ終わると消えてしまいますね……」
女の子に見上げられるお母さんは決心するように言いました。
「まぁ、焼き菓子だし日持ちするでしょ。はい10セム。ノエルの母フーシャのスパントケーキをお願い」
さらりと腰に下げた個袋から1セム硬貨を10枚渡してくださったのを確認した私は、早速祈念する。
「ノエルの母フーシャのスパントケーキ、おいでませ!」
パッと音も無く屋台のテーブル部分に大きなお皿の上に焼いた果物がたっぷり載ったフルーツケーキが現れる。
女の子はソレを見ると目を輝かせてお鼻を何回か動かすと大きな声を上げた。
「おばあちゃんのケーキ!おばあちゃんのケーキだ!」
「あら本当……懐かしい匂いね。これ、器ごと持って帰っていいのよね?」
「あ、はい!もうしわけありません、他に持ち帰りの手段を用意できませんで……」
「いいのよ。ほらニッカ。一度おうちに帰るわよ。今日のお昼ご飯は他の屋台で済ませちゃいましょ」
お母さんは片手でケーキのお皿をもつと、女の子の手を引いていってしまった。
ケーキ、ケーキと弾んだ声の女の子の声は段々と人ごみの中に消えていって……私に僅かなやった!という気持ちを与えてくれた。
それを見た他のお客さん達はなんだかがやがやと話し合っていたけど、結局購入には至らない感じで……。
その後午後2時を知らせる鐘が鳴るまで呼び込みを続けたんですけど、結局今日のお客さんはあの母子だけという、なんとも寂しい結果に終わってしまったのでした。
店じまいをして、ちょっと役所に顔を出して聞きたい事を聞こうと思っていた私に、パダムさんが声を掛けてきました。
「あまり、落ち込んではいないんだな」
「なんでですか?」
私は、ああ、その事ですかと思いながら答えました。
「仕方ないじゃないないですか。料金は割高で、お客さんだって思い出の一品と言われてもすぐ思い浮かんで、それが値段とつりあうかなんてすぐ判断できませんよ」
「それはそうだが……屋台を出す前のキリコは随分と楽しげだったからな。今日の客足では落ち込むと思っていた」
「逆ですよ!私なんかのお店に1組でもお客さんが来てくれたのが嬉しくてですね、私嬉しいんです」
私きっと笑ってたと思います。
だってパダムさんが優しく頭を撫でてくれたから。
そういう事なんだと思います。
そんな、人には拙いスタートでも、私は地球では切れなかったスタートを切れたんです。
人にずるいと言われても仕方ない、神様やパダムさんに助けられてのスタートだけれど。
私、走り始めました。
あれから二週間。
私もパダムさんも呼び込みがちょっと上手くなったり、少しだけ、本当に少しだけ。
もう居ない人の手料理や、かつて旅した場所の美食を注文する人が増えて。
私のお店は月に1度通えれば良いくらいの値段設定だから、客足の伸びもこれくらいかな。
そんな風に考えていた私のところに、とうとう支部長さんからの連絡が届いた。
食堂の場所と最初の予約客が決まったので準備をするように、という事だった。
連絡役のラセルさん曰く、お迎えするお客様はそれなりの地位の人なので私とパダムさんのこの格好ではダメらしい。
毎日洗ってはいるんですけどね。
でもまぁとりあえずそんなわけで街の仕立て屋さんに連れて行かれたわけです。
そこで私は採寸してもらって、白いコック服をあつらえてもらうことになりました。
これは清潔感をだすだけじゃなくて、私が料理を出す人です、と意思表示する意味もあるらしいです。
パダムさんは黒い礼服を作ってもらうみたいです。
なんだか広い肩幅とか尻尾を出すのにどうするかで問題があるみたいなんですけど、そのあたりはプロの人が何とかしてくれるでしょう。
その辺りをどうにかしたら、次は屋台を出してた時間を使って集中的にこの世界の礼儀作法の詰め込みでした。
お声がかかるまで基本お辞儀の姿勢で居なきゃいけないとか、マナーって体力を使います。
だから毎日クタクタになっちゃって、パダムさんにマッサージしてもらったりしてなんとか乗り越えました。
多分持続的な根性という意味では、学校の体育系行事に打ち込んだときくらい気合を入れさせられました。
パダムさんはそういう方面も飲み込みが早いので、なんでですかってきいたら。
「部族の闘士は部族の祭り事で他者の目標となるような立ち居振る舞いも要求される。その応用だな」
と笑ってました。
パダムさんは凄いなぁ。
自力で凄い闘士になって、社会とのつながりも作ってて、それを捨てて私の祈念に応えてくれた。
格好良すぎますよパダムさん。
借り物の力が無きゃ、自分じゃ何も出来なかった私とは大違い。
本当に、かっこいいです。
そうして多少ドタバタしながらも蘇る美食亭、支部長さんが命名した私の店舗の始めてのお客さんが来る日になりました。
私はガチガチになりながら礼服で決めたパダムさんの横に立っています。
今頃はお客様は支部長が自ら選出したやり手の店員さんに導かれて、75㎡くらいあるこの建物の中の30㎡ほどを使った、煌びやかに飾られた円卓の間に導かれていることでしょう。
もうすぐその時が来る、偉い人が来る、と固まる私のわき腹をパダムさんがくすぐりました。
あ、いや、だめです。
そこ弱い……。
「あ、あはっ。あははははっ。やめ。やめてくださいパダムさん。うにゃー!」
「もう少しリラックスしろ。固くなりすぎると思わぬミスをするぞ。大丈夫だ、この店の店員は皆お前をフォローしてくれる。頑張れ」
「パダムさん……そ、そうは言ってもこの部屋にはいるのは案内役のボーイさんと、食べ物を取り分けるメイドさんくらいじゃないですか」
「だからお前が料理の解説に詰まったときは他の人間が助けると言ってる。お前は料理を出せばそれで仕事は終わったようなものだ。気楽に行け」
パダムさんがそういって、だよなとでも言うように控えているメイドさんに目を向けると、彼女は黙って頷いてくれました。
う、ううー。
これは失敗できませんよ……。
が、がんびゃらにぇば。
「アーロンド子爵閣下のご家族ご一同、ご来店です」
柔らかな物腰のボーイさんが声を張り上げながらドアを開けたので、私達は深々と礼を取る。
お客様の数はえっと、5人くらいですかね。
毛長の絨毯が足音を消して良く解りません。
でもとりあえずは子爵様がお声を掛けてくださるまで礼です。
偉い人に声を掛けられるまで喋らないのが平民としての礼儀らしいです。
「皆、面をあげなさい。特にそちらのコック服の女性。君が今日の晩餐を用意してくれる祈念師かな」
指名されてしまいました……これは失敗しないようにしないと。
一度言われたとおりに顔を上げて、コック帽を持ってお腹に腕を当てるように曲げて頭を下げながら口上を……。
「よ、ようこそおいでいただきまして、光栄でございます。私当店の料理全てをお出しさせていただく祈念師、キリコと申します。以後、よろしくお引き立てのほどよろしくお願いします」
言い切ってから顔を上げると、子爵様のご子息らしい男性が私の事を胡散臭いものを見る眼で見ながら言いました。
「本当に祈念法で料理がだせるのか?私達を謀るならばただでは済まさんぞ」
ううぅぅ、めっちゃくちゃ疑われてる!で、でも大丈夫!神様がくれた力だもんね!大丈夫、大丈夫っ。
「それでは論より証拠、まず皆様に食前酒としてエンスラルを一杯献上させていただきます。エンスラル五名様分、お願いします!」
私の祈念で子爵様のご家族、まずご本人、隣に座る奥様、逆隣の嫡男であろう、先ほどいちゃもんをつけてきたご子息。
更に二人のお嬢様の前に透き通るようなオレンジ色のお酒がツーフィンガーほどの深さのグラスと共に現れる。
「あら、これがエンスラルなの?」
「お母様、エンスラルというのはどのような飲み物ですか?」
「なんでも年とともに凝り行く体をほぐし、肌に張りを与えるとか。貴女達にも十分効果のあるものよ」
「本物なのかしら……私早く飲んでみたいわお父様!」
はしゃぐ女性陣に、子爵様は軽く笑って言いました。
「はははは、空から現れた物に毒は無いだろう。いいだろう、乾杯しようじゃないか」
そういって杯を掲げる子爵様に続いて、奥様、ご子息様、それにお嬢様方も杯を上げた後はちびりちびりとそれを空けました。
「うぅぅむ。なんとも芳醇で軽やかな味わい、そしてその軽やかさがまるで身体の疲れを癒していくかのような……」
「お母様、目じりの小じわがなくなられたのではなくて」
「あらそう見える。あなた、どうかしら」
「ん?おお、五歳は若返ったように見えるぞ!これならお前にも15,000セムの価値があると解るだろう」
「む、お前達。姉妹揃ってなにやら髪のつやまでよくなって見えるぞ」
「本当ですのお兄様」
「お世辞は許しませんわよ」
「本当だ。まったく世には不思議な祈念法もあったものだ」
部屋に入って来た時の、どこか不審そうな雰囲気は消えて和気藹々ですね。
では前菜を……えーと、前菜、前菜は……。
子爵様方が和気藹々としているからいいものの、安心して私は次に出す料理を忘れてしまった。
思わず視線でメイドさんに助けを求める。
「子爵様、前菜はオロール貝の切り身の野菜盛り合わせでございます」
「おお!貝とな!話には聞いたことがあるが内陸にある私の領ではとんと良い者が食せぬ。はよう出してくれ」
「う、承りました。オロール貝の切り身!五人前一丁!」
さっと五人のお客様の前に現れたのは、大きなしゃもじ型の貝殻の中でソースで煮られた薄い葉野菜が、サーモン色の貝の身に乗っている一皿だった。
それを見て子爵様達はまた歓声を上げる。
「んん……この独特の匂いは潮の香りというのかな?まるで海辺の街に行って直接食べるかのようだ。さて、早速頂こう」
皆さんお上品に貝の身を切り分けてから、野菜と一緒にたっぷりのソースを絡めて召し上がります。
「おお、濃厚な味わい。少々塩気があるがそれがまた海の滋味を感じさせて。実に美味い」
「本当ですわね。でもこの食事は先ほどのエンスラルとくらべますといまいちというか……」
「お母様、さすがにこれにまで美容の効果を求めるは酷ですわよ。私、味は十分だと思います」
なんて、ちょっと最初に良い物だしすぎたかなという感じがする会話をしている皆さんに、メイドさんから説明が。
「こちらのオロール貝でございますが、乱獲により現在東方のエクドルア帝国の皇族方しか食べられぬ一品となっております」
メイドさんのその言葉に、場の空気が凍りました。
子爵様が泡を吹きそうな声で言葉を発します。
「ご、御謹製の品だというのかね!?」
「はい。ですがご安心ください。こちらの店で出す料理は食べきってしまえば何も残りません。お疑いならエンスラルを飲み干してごらんになってくださいませ。器がぱっと消滅いたします」
メイドさんの言葉に震える手でご子息が杯を一気にあおる。
すると全てを飲み干されたエンスラルの器が消える。
子爵様のご一家はそれに目を見張る。
「これこそ当店の提供する祈念法料理でございます。この店内でならば、過去に実在した料理は名前さえ知っていればより取り見取り、どなたに咎められる事もありません。まさに秘密の食堂でございます」
にっこり微笑むメイドさんに、子爵様は震える声で訊ねました。
「で、では次の料理は……」
「キリコさん。お願いします」
「はい。エンプトワージュの腿肉秘伝薬草スープ、おいでませ!」
エンプトワージュというのは、ドラゴンのような生き物で、その肉には強壮効果とか、造血効果の他に、寿命が延びるなんて説話もあるみたいです。
それを見た子爵様達は、ごくりと喉を鳴らすと、すでにマナーも忘れたかのように我先にとエンプトワージュに手を伸ばし始めました。
私はなんだか怖くなって、パダムさんにひっついっちゃったんですけど。
この後も色々ださなきゃいけないんですけど、大丈夫なんでしょか。
その後も様々な珍味を御賞味なされて子爵様ご一行は満足したご様子でお帰りになりました。
緊張から解き放たれてよろーっとパダムさんに寄りかかっていたら、メイドさんに言われたんです。
「初めてにしては上手くできてたわ。これからどんどん予約が入ると思うけど頑張ってね」
それを聞いて「ああ、そうですか、私きちんと出来てましたか」と思えました。
嬉しいなぁ、なんだか顔が崩れるのがとめられなくて、パダムさんのお腹に顔を埋めました。