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パダムさんと私、大人と子供みたい

 パダムさんの雄大な背中に身を任せて、時々マント越しに背中に当たる尻尾。

その感触を楽しみながら辿りついたトーブル材木店での話は簡単だった。

ギルド長さんからの紹介状を見せて、屋台用の台車を見せてもらって。

簡単な机になる折りたたみ式の板と椅子を積むスペースのある台車を予算内から選んでさっと買って終わり。

値引き交渉だなんて恐ろしい事はしない。

値切る自信も無いのに長々とねばるのもなんだし、ということでさっと済ませた。


 その後は台車をパダムさんに牽いてもらって、自分の足で街を歩いてギルド長さんに指定された宿へ。

営業許可の書類だしたの今日だしね、そういえば営業の許可が降りるのいつか聞いてないから明日ギルドに言ってお姉さんに確認してもらわなきゃ。

あのお姉さんの名前……ラセルさんだったかな。

なんだか長い付き合いになりそうな気がするなぁ。


 とにもかくにも疲れることは終了。

辿りついた白木造りの高級そうな宿屋さんでゆっくりしようと私はパダムさんにちょっと屋台を見てもらっておいて、両開きのちょっと重そうな扉をどう開けようか悩んだ。

でもよくよく見ると扉には鉄製のドアノッカーが付いていたので、それでガツンと行かせて貰った。


 すると両開きの扉が開いて、そこそこ良いご年齢の金髪をオールバックにした、執事のような服を着たおじ様にチラリと一瞥されてから言われた。


「申し訳ありませんお嬢さん。当宿の宿泊料は貴女には払えるようには……」


 なんて、少し哀しい事に貧乏人を見抜かれてしまった。

うう、そりゃ屋台の代金が3,900セムで本当に予算ギリギリだったけど。


 でも私には切り札があるのだ。

適当にこくこくとギルド長さんの言いなりになっていた時に渡されたギルド長さんの名刺がある!


「すいません。私商業ギルドの支部長であるドス・コルローネからこちらに宿泊するように命じられている者でして。私はキリコ。そこの屋台を牽いているのは従者のパダムと申します」


 精一杯外面を取り繕って名刺を執事のおじ様に渡すと、対応が不相応な宿へ泊まろうとする身元不明者に対する厳しいものから、きちんとしたお客様をもてなす態度に変わった。

執事さんは頭を下げ、私に言った。


「これは失礼を致しました。私、当宿の宿泊するお客様の応対する接客係、オーランドと申します。ご無礼をお許しください」


 きちんと一度下げた頭を上げて私の顔を見ながら謝罪の言葉を述べたオーランドさんは、名刺をすっと返してくれた。

そして宿の中に居る従業員の人に声を掛けると、パダムさんの牽く屋台を荷馬車の駐車場のような所に運ぶように指示を出しつつ、私とパダムさんを招き入れてくれた。


「ようこそ私達の宿、翡翠亭へいらっしゃいました。お部屋に案内いたしましょうか、それともさきに夕飯を御取りになりますか」


 そういうと軽く頭を下げ、私の言葉を待つオーランドさん。

ええと、なんていうか、ここ、凄く高級な宿なんだね。

支部長さんも気合入れてるなぁ。


「えと、先に部屋へ行きます。夕食にはまだ早いですし。パダムさんもそれでいいかな?」

「ああ。それでかまわない」

「左様でございます。では少々お待ちください。お前達、お客様の埃を落として差し上げなさい」


 オーランドさんの指示に従ってドアを開いてた二人の男の人が柔らかそうな毛先のブラシでもって。

ささっとプロっぽい厭らしさを感じさせない最低限の動きで埃を払い落としていった。

それをオーランドさんが確認すると、さっと手を白い板張りの宿屋の中、赤い絨毯の向こうにある2階への階段を指して言う。


「それではご案内いたします。こちらへおいでくださいませ」


 私達に向けられたぴしりと筋の通った背の高い背中の後を付いていくんだけど……。

赤絨毯はふわりとした感触を返してきたりするのだ。

ううん、もしかしてこれはVIPな扱いをされているんじゃ……。

もしそうだとすると支部長さんの期待が重いです。


 思わぬ重圧によろよろと足が鈍くなってパダムさんに追い抜かれそうになると、そっとパダムさんが手を握ってくれた。

そしてそっと、歩きづらいならまた背負うか、なんて聞かれて思わず首を振って足を前にだすのに専念した。


 そして二階に上がってすぐの部屋の前でオーランドさんが鍵束を取り出して

その中から一つの鍵を取り上げてドアの鍵を開いてから私にその鍵を渡してくれた。


「こちらこの部屋の鍵となっております。申し訳ありませんが鍵の紛失はお客様から鍵の交換代を払っていただく事になっておりますので、取り扱いにはくれぐれもご注意ください」


 注意事項を言ってからぺこりと綺麗な礼をして、オーランドさんは花の木彫りが入った扉を開けて部屋の中に私達を招き入れてくれた。


「それでは当宿は湯を使うのは全てサービスとさせていただいておりますので、必要になりましたらお気軽にお声をおかけくださいませ」


 ふわふわのブラウンの絨毯に、部屋のほとんどを占める、三人くらい寝れるんじゃないかって言う大きなベッド。

白くパリッとしたそれの傍にはこの部屋の中では質素に見えるクローゼットや化粧ダンスが並んでいる。

そして最後に大きなベッドより簡素だけれど品の良いベッドが置いてあって……つまりこれはお供の人用のベッドなんだろう。


 お部屋の中の内装に気を取られた私に失礼いたしますといって部屋を出て行くオーランドさんを尻目に、私はパダムさんに言った。


「あの、もしかしてあのモスグリーンの壁に掛かったランプの燃料費もサービスなんでしょうか」

「俺達が部屋に入る前からああだから、そうなんじゃないか?」


 実を言うと屋台を買ったお店からこの宿屋は結構離れていて、ここに入る前には日が傾いて紅色の光が街を照らしていたのだ。

だから、窓さえ開ければまだまだ明るい時間なのに燃料を使うお宿。

やっぱりVIP用だよね……。


「ねぇパダムさん」

「なんだ?」

「食事食べるときは部屋に運んでもらおうね」

「確かにそのほうがいいな。俺もそのほうが都合が良い」

「へ?パダムさんの都合って」

「俺はまだ2回しか契約の食事を貰ってないぞ。この宿の晩飯を食ったら出してもらうからな」


 そういうと、パダムさんの方を半ば振り返って話していた私の頭をポンポン撫でるパダムさん。

女の子の頭をそんな気軽に撫でてたら面倒な事になりそうですよ。

いや、別に私だからいいのか……契約してるんだもんね。

それも家族みたいな関係っていう声に応えてもらった関係だし。

うん、このくらい普通普通。


「今日は頑張ったな、キリコ」


 私に声を掛けるパダムさんの手は、少し硬いけれど優しい。

なんだかこれだけで私は今日一日の大変だった思いが溶けていくような気持ちになった。


「パダムさーん、私ちゃんと出来たかな。私、これからちゃんと出来るかな」


 料理を出すことには不安は無い。

しかし屋台はパダムさんに牽いてもらうにしても、接客とか、お金の計算とか、そういうのをきちんと出来るか不安。

それにもし古典的な、料理に自分で虫をいれてお前こりゃどういうことだみたいな脅しをかけてくるチンピラとか。

他の屋台の客を取りすぎて村八分にされたりしたらどうしようといった不安が今更ながらに渦巻いている。

どうしても悪い方向に考えが向いてしまう。


「キリコ、少し抱くぞ」

「へ?」

「大丈夫だ。お前ならできる、お前に出来ない事があったら出来る人間を頼れキリコ。俺は怪しいが、あの支部長なら喜んでできる人間を寄越すだろう。だから心配するな」


 パダムさんは膝をついて私を抱きしめてくれる。

その包容力は小さい頃に遊び疲れた私をお父さんが抱いてくれた時のようで。

思わず私からもパダムさんの身体に手を廻して、その毛並みに顔を埋めた。

暖かい。

これはお湯を借りてパダムさんを綺麗にしたら是非抱き枕になっていただくしかないと思いました。


 私は毛皮の感触に埋没していて夢心地、と行きたいところだったのですが。

気づいてしまいました。

良い歳した女が男性に抱かれていると言う事実に!


「ぱ、ぱだむさん?そろそろはなして」

「ん?もういいのか。解った」

「……あっ」


 ちょっと惜しかったかもしれないですね。

ふわふわとつんつんの間のしっとり毛皮が遠のいていきます。


「さて、今日キリコは頑張ったわけだがー……契約は契約でしっかり貰うぞ」

「あ、はい。今日は何を出しますか」


 一歩分の距離を離して私を見下ろすパダムさんと視線を合わせる。

するとパダムさんは牙を見せながら笑って言いました。


「今日はジェロムを出してくれ」


 私は思わずはい、と言いそうになったけれど、ちょっと気になったのでパダムさんに聞いてみた。


「あの、それって昼間のピュラタンみたいなゲテモノじゃないですよね?」

「そんなことはないぞ。ジェロムというのはスフトワという殻で身を覆ったはさみを持つ生き物、丸い胴体に4対の足も付いてる川の生き物を酒蒸しにしたものだ」

「あ、それなら大丈夫そうですね。似たような感じの生き物、地球にも居ました」

「おう。じゃあ頼む。量はそうだな……宿屋の飯もあるし、8匹分も出してくれれば良い」

「解りました。ジェロムでてこいほいさっさ!」


 私の呼びかけに軽快にベッドの上にジェロムが8皿並びます。

それはあっという間に平らげられるのかなーと思っていたんですが、ちょっとパダムさんは思いもよらない攻撃を仕掛けてきたのです。


「なぁキリコ」

「はいなんでしょう」

「その料理名の後のわけのわからん掛け声はないとダメなのか?」


 ショック!まさかこの世界でもっとも身近なパダムさんにそこを突っ込まれるとは!

私の返事を待たずに草の皿の上に載った尖った部分の無い、お饅頭みたいな蟹をばりばりと食べ始めたパダムさんにはその後思い切り説明をしました。

最後の掛け声は祈念法に必要な、現象が発声するのを強く信じるためのキーワードみたいなもので、私がその時その時でこういえばでるでしょうという確信を深める為の呪文なのだと。

間違っても魔法少女に憧れているわけではないのだと。


 この説明にはパダムさんもスフトワの足を齧りながら納得してくれて。


「そういえば俺の部族の祈念師もイメージを明確にする言葉を使っていた」


 という事で話は終わったのでした。

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