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虎穴に入ってしまったかも

 親不孝だよね、と思いながら歩いてきました商業ギルド前。

実際には役所からけっこう離れてたからおんぶされてきたんだけど、とにかく到着。

街役所よりは落ち着いた茶色レンガの建物で、入り口っぽい両開きの扉も、窓も閉まっている。

多分だけど、商人さんは内緒話が好きそうだから、そういうところが外観にでるのかな?

ともかく私は秤のマークが入った看板が傍らに下げてある扉を開いて中に入った。


 ロビーに入った私を襲ったのは硬直だった。

だって、皆私のこと見てる!

なんだか知らないけど、こいつはなんだろうみたいな目で私を見て……あ、そうか。

私がどんな商売をする人間なのか、単なる小間使いでもどんな使いなのか、商売敵を見てるんだ。

うう、そんなに威圧をかけないで……。


 また役所の時のように不審人物になりそうだった私の傍にパダムさんがすっと立って、少なくとも半分くらいの視線をカットしてくれた。

パダムさんは本当に頼りになるね。

そしてパダムさんの影に隠れながら、どうもどうもとお愛想のジャパニーズスマイルを振りまきながら必死で受付のお姉さんのところへ。

お姉さんは人当たりがよさそうで実に話しやすかった。

なので私も今度はちゃんと最初から要点を抑えてお話ができました。


「すいません。この街で屋台を開きたいと思っているんですけれど、実は私商業ギルド未加入なんです。やはり加入の必要があったりしますか?」


 うん、我ながらまとめられた方だと思う。

そしてお姉さんの反応をうかがっていると、お姉さんはスマイルを浮かべながら言った。


「はい。屋台を開くための許可の取得には商業ギルドへの参加が必要になります」

「やっぱりそうなりますか。では加入に当たっての義務と権利などありましたら教えていただけます?」

「かしこまりました。義務は入会金の支払いと、加入初年度は免除される売り上げに応じたギルドへの資金供与です」

「えと、途中で失礼しますがギルドへの資金供与というのは?」

「これは権利に触れる事になりますが、新しく事業を起こされる加入者の方に初期の運転資金を融資したり、盗賊出現などの危険情報をいち早くお知らせするための組織運営資金とさせていただいています」

「なるほど、すいませんでした。では続きを」

「はい。義務の続きですが、先ほど申し上げた危険な情報の報告も義務です。それは盗賊の出没であったり、国同士の争いの気配など多岐にわたりますが、いち早くお知らせくださった方にはお礼金も用意させていただいています」

「ふむふむ。それでは、加入金はおいくらほどでしょうか」


 すごい!私なんかきちんとできてる!この状態を維持していくぞー!と思ってお姉さんの言葉を待つ。

お姉さんは素敵なスマイルで言った。


「保証人となられる方の証文がある方は3,000セム。保障の無い方は10,000セムとなっております」


 今思い切り冷や水を浴びせかけられた。

この街の入場料である100セムはおおよそ小麦一袋分の値段。

つまりこの世界の一般的なご家庭の一か月分くらいのお金を取られたという事だ。

そんな、人口の移動に厳しいこの世界で、私は10,000セム払わなければ為らない。

大まかに言って平均的な町の人の年収を払いなさいと笑顔で言われたわけである。


 私の気持ちが萎む。

でも萎んだって仕方ない。

神様から貰った支度金は15,000セムだから、払ってしまおう。

というか払うしかない。

ないんだけど……全財産の2/3をほいっと支払えるほど豪胆な女じゃないのです。


 明らかに手の止まった私にお姉さんが優しい声を掛けてくれる。


「どうなさいました?もしお手持ちが無いなら後日に登録を引き伸ばして……」


 乗ってしまいたい、私の大好きなチョコブラウニーパフェみたいなあまーいお言葉だった。

でもパダムさんが、パダムさんが赦してくれなかった。


「キリコ。そういえばお前いくら持っているんだ?出来るだけ早く稼ぎ始めないと、じりじり消耗するだけだ。狩りで待ち伏せするのとは違うのだろう?」


 そういわれるとそうですね、狩りで待ち伏せとかは資本は忍耐力と体力だけだから……うう、ここは正直に言おう。


「15,000セム持ってます……」

「なんだ。それなら話は簡単だ。ギルドとやらに加入してしまえ」

「はい……あの、加入手続きをお願いします」


 パダムさんに促されて私が手続きをお願いすると、お姉さんは更に営業スマイルを輝かせて私の前に書類と半円の溝の横に横線と数字の入った厚い木の板を数種類並べた。


「ではこちらの木の板の溝にセムをお並べになってくださいませ。こちらから10,000セム硬貨、1,000セム硬貨、100セム硬貨の数を図る入れ物になっています」


 見ると確かに10,000セムを図る板には硬貨一枚分の挿し口だけで、1,000セムと100セムのコインホルダーにはそれぞれ10までの数字が入った計測線が入っていた。

私は勇気を持って全財産の半分以上である10,000セム硬貨を差し込む。


「はい、確認いたします」


 するとお姉さんは秤を持ち出して重りと金貨の釣り合いを確認している。

私は神様がくれたお金だから変な事になってたらどうしようとどきどきしっぱなしだった。

後から聞くとパダムさんには青を通り越して白くなった私の顔が見えたそうな。

しかし、そんな心配もお姉さんにはどこ吹く風なわけでして。

しっかりと釣り合った秤を見ると満足げに。


「よい硬貨をお持ちでしたね。間違いなく10,000セム硬貨です」


 と言って微笑んでくれた。

私は思わず大きなため息を付いた。

とりあえず、山一つ超えました。


「では次に、お手数ですがこちらの羊皮紙に事業主の名前、業務内容、拠点となる街の名前を書き込んでください。税の計算関係の資格を書き込む欄がありますが、こちらは空欄でもよろしいですよ。当ギルドは年度末の税理関係の代行業もおこなっておりますので」


 いけない、羽ペンを渡してもらったけどまた手が震えてきた。

これが冒険者ギルドの署名とかなら代筆とかでも良いんだろうけど、商人ギルドではそうも行かない。

きっとサインが基本のこの世界の商売の世界ではサインはとても重要な物だ。

それに読み書き計算くらいできないと商売人になれるわけがないのだ、これは一つの試練と言って良い。


 私は羽ペンをへし折らんばかりの気合を籠めて、深呼吸を数度してから、たどたどしい手つきで記入を始めた。

ゆっくりでいい、震えるな私の手、怯えるなハート、綺麗なサインを描くのだ!

名前は書き終わった、次は業務内容だね。

ええと、祈念法で、料理をお出しする屋台の営業、と。


「か、書けました……」


 できるだけ丁寧に書いた書類をお姉さんに渡す。

するとお姉さんはさらっと書類に目を通して、途中でそれを止めた。

そして困ったような顔で言ってきた。


「あの、祈念法による食事を提供する屋台の営業というのは本気ですか?」

「な、なにか問題ありますでしょうか。えと、その、衛生上の問題でだめ、とか」

「いえ、そういうわけではないのですが……問題はですね、祈念法で食料が出せると言うのは本当なんですね?」

「はい。私はちょっと世間に疎いと言うか、あまりこの地方の料理の名前を知らないので、お客様にそれを教えていただくことで祈念する事になりますけど」

「そこまで……実在しない料理、あるいはすでにレシピが失伝して名前のみが伝わる料理はどうですか?」

「えと、それは試してみないと……だせるとは思い……いえ、出せます」


 つい弱気な言い方をしそうになって、止めた。

私にはそれができる。

なぜなら神様がそういう力をくれたから。

私にはできるはずだ。


「……では少々お待ちください。この場を離れますので一旦ギルドへの加入金はお手元に返させていただきます」

「あ、はい」


 お姉さんが書類を持ってどこかに行ってしまうのを見送る。

そして私は、背後で腕を組んで仁王立ちしているパダムさんに声を掛けた。


「ねぇパダムさん。もしかして私何か不味い事したかな?」

「ん?ああ。自分の知らない料理を祈念法で出せるのは凄いんじゃないか?普通、祈念法で出せる食事は自分の口と歯と舌で味わい、己の血肉に変えたものだけだ」

「そうなの!?」

「そうだ。なんだお前、祈念法を自然に使いこなすくせにそんな事も知らなかったのか」


 か、神様。

もしかして少し強すぎるかもしれない力ってこれの事ですか!?

そりゃ、好きな時に好きな物が食べられるように、この世界にある料理ならどんな物でも出せるようにしてくださいとは言ったけど!


 私が思わぬところで戦慄していると、引っ込んでいったお姉さんがカウンターのこちら側に戻ってきた。

それも極上の笑顔を浮かべて。

やだ、なんだか怖い。


「支部長がじかにお会いして貴女様の祈念法のその精度を確かめさせていただきたいと申しています。ご同行いただけますか」


 笑顔だけど、逃がさん、貴様だけはと言っている目に私は頷くしかなかった。

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