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情けなさ再確認

「キリコ。しっかりしろキリコ。役所に着いたぞ」


 なんだか遠くから聞こえる声。

でも私の眼はぐるぐる回って足元も覚束ない。

誰だっけ?


「キリコ!しっかりしろ!」


 ポスン、とつむじに肉球と毛皮の感触。

それから顔全体が毛並みに埋まって、背中に逞しい腕が回ってくる。

うん?


「しっかりしろ。役所に用事があるんだろう」


 穏やかな低音の声に少しは落ち着いてきた。

今朝私がさっぱりさせた毛だらけの体からはかすかに潮の香りがする。

抱きしめられて少し経つといきなりのジェットコースター体験にぐらぐらしていた思考が落ち着き始めた。


「えと、その、ごめんなさい。想像以上に速かったから混乱しちゃって……」

「うぐ、そうか。それはすまなかった……落ち着いたか?」

「大分。パダムさん、日の傾きは?」

「後半刻もすれば頂点に登るな」

「じゃ、じゃあ急がなきゃ……」


 パダムさんの腕の中から抜け出して、震える足で役所の正面玄関と思しき入り口に向かう。

役所は白い漆喰で塗り固められた頑丈そうな建物で、入り口は大きく解りやすくて、ぽつぽつと木の窓枠が開いているのが見て取れた。

そこから零れてくる気配はまだまだ休憩に入ろうとするものではなくて、少し安心するような、先に延ばせないのが嫌なような、半端な気持ちだった。


「いこうキリコ。勇気を出せ」


 パダムさんの大きな手のひらに背中を押されて、心も前にだしてもらったような、そんな気分。

だから私の足の震えは小さくなって、ちゃんと進めるようになった。

や、役所仕事なんかにまけないんだから!


 そう意気込んだは良い物の、もう5分くらいずっとロビーをうろうろしてます。

あ、案内受付はわかるんだけどね?

なんかいかにもおば様って感じの性格のきつそうな人が受付でね、どう声掛けたらいいかわからなくて……うろうろ。


 してたらパダムさんに引きずっていかれた。

ご用件は?と聞いてきたおばさんの目つきは不審者を見る目そのもの。

うう、何分も目の前でうろうろしてたらそりゃ怪しいだろうけど、もう少し話しやすい空気をください……。


「えと、その、あのですね、少し、お聞きしたい事が……」


 言葉が詰まる、その上声が段々出なくなる。

そのせいでなおさら声が震えて、声も掠れて、おばさんのいぶかしげな目が更に不信感を露にし始める。


 私、くじけそう。

そう思ったときぽんと私の腰を、背後に立ってたパダムさんが叩いた。

一瞬ぽかんとしたけど、頑張れと言う意味だと思って、丸まりがちだった背筋を伸ばして、必死に言葉を紡いだ。


「こほん。ええと、実はこの街で屋台をひらきたいのですけど、そのための手続きはどうなっていますでしょうか」


 やった、言えた!

なんかちょっと変だったかもしれないけどちゃんと聞けた!


 と、私が内心ステップを踏みたい気分になったのを知らないんだろうけど、おばさんはあっさり言った。


「それなら役所ではなく商業ギルドへ。そこで申請すれば屋台を開いて良い場所を指定されるので従ってください」


 そう言った後はもう知らないとばかりにつんと澄ました顔のおばさま。

私は、何とか最後に残った気力で聞いた。


「しょ、商業ギルドの場所を教えていただけますか?」


 するとおばさんはおっくうそうに棚から羊皮紙を一枚取り出して言った。


「街の主要施設が書かれた地図、一枚50セムです」


 世の中は、お金だった。

解っていたけど世知辛いなぁ、と思っていたらパダムさんから声が掛かった。


「良く頑張ったな。ところで時間も時間だ、商業ギルドとやらには昼飯を食ってから行かないか?」


 言われて見れば、確かにお腹の頃合も丁度いい時間だし。

私達は食事を取る事にした。

場所は役所前の噴水のふちを椅子代わりに。

食器は勿論葉っぱ、だと思う。

まぁどんな食器でも食べ終わると消えてしまうので大丈夫なんだけど。


 今度は私も肉をという事でマーカリーのあばら肉の辛味ソース焼きっていう食べ物を教えてもらって祈念した。

ひりひりと舌を熱くするかのような辛味のあるソースの掛かった、固めの肉が一層そしゃくを誘って、味が染み出る……。

私は溜まらず白パンを出してソレに包んで食べたのだけど、パダムさんは平気で軽々とあの辛い……どんな生き物の肉なんだろう?とにかく辛いのを平気でぺろりと食べている。

あの辛さに慣れているのか、と思うとパダムさんの味覚がちょっと心配になる。


 そんな私達の周りに、人がいつのまにか集まってじーっと見つめてきている。

な、何かな?私達何か変なことした!?と思いながらとりあえずマーカリーパンを齧っていると、見ていた人達の中から小さな子が質問してきた。


「おねーちゃん。ごはん、どうやってだしたの?」


 こてんと頭をかしげて聞いてくるその子、男の子は非常に可愛いのでついつい私も調子に乗って応えてしまった。


「祈念法で出したの。商業ギルドで許可を貰って、台車の都合がつけば今日明日にでも屋台をだすつもりだから、見かけたら食べにきてね」


 男の子は私の答えに感心していただけだけれど、それを聞いていた周囲の反応は凄かった。


「お嬢ちゃん祈念法で食い物が出せるのか!」

「すごいわ、どんな料理がだせるのかしら」

「ちょっとそいつは楽しみだなぁ、嬢ちゃん、是非ギルドの許可取ってくれよ!」


 なんていう具合に騒ぎになって。


「は、ひゃい!」


 ってガチガチになって返事して固まったところをパダムさんに頭をぽんぽんされて我に返ったり。

ああ、なんだろう。

こんなに期待された事って地球にいた頃にあったかな……。


 あった、あれは私が小学校の習字の宿題で金賞を貰った時の事だ。

きっとこの子は立派な人間になるぞ。

そうお父さんが言って、お母さんはにこにこしてた。


 それなのに、結局だめになっちゃって、神様だよりでここにいる自分が、急にどうしようもない人間に思えてきた。

で、つい涙がこぼれそうになったら、パダムさんがまだ私の手に残っていてたマーカリーパンを口に押し込んできたので、むせちゃった。

何するんですか、と言おうとしたら、耳元にその握れそうな口を寄せてきて一言。


「こんな人のいるところで泣いたら妙な目で見られるぞ」


 はい、そうでした。

少しずつ人は離れているとはいえ、まだまだ私を見てる人は多いんでした。

これじゃ、泣くわけには行きませんね。


 そんなわけで、私は半ばやけになって残りのパンを皮袋の中にうみだした水で流し込んだ。

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