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野外で夜を明かします

 パダムさんがダ・イルグを平らげたときにはちょっと日が傾いていた。

街が見える、とはいっても結構距離がありそうだから今日は野宿かなと思いながら、すっかり満足した様子で柔らかいお腹の毛を摩るパダムさんに声を掛ける。


「どうですかパダムさん。契約、してくれます?」


 私の問いかけに、パダムさんはピクリと耳を動かしてから答えてくれた。


「お前、契約とか抜きで俺の嫁になれ」

「は、はい!?」

「だから、嫁だ。お前年はいくつだ」

「えっと、その、22……です」

「ふむ、成人はしているな。俺は27だ。まぁ少々歳は離れてるが問題ないだろう。どうだ、嫁にならないか?」

「そ、そんなこと言われても、私達会ったばっかりで」

「俺の胃はもうお前に掴まれてるぞ!お前のような嫁、俺の部族に居れば確実に取り合いで血を見ることになるだろうよ!」


 がははと鋭い牙を見せて笑うパダムさんに、私は困ってしまう。

だってそういう気持ちは、少なくとも今は全然沸かないのだ。

彼が虎の顔をしているから、というのも多少はあるが、彼氏など作った事の無い私にいきなり結婚はハードルが高すぎる。


「あの、結婚はひとまずおいて置いてですね、契約は……」

「ふむ。無理強いも良くないか。ならお前の傍に居る為に契約を交わそう。アジャム族が闘士パダム、契約をすることに了承しよう」


 そういうと、多分困ってハの字眉になっている私の目の前に膝をつく。

嫁に来い、なんていってくれた相手にするのは少し恥ずかしいけれど、私はパダムさんの額にキスをする。

するとパダムの左胸の毛並みに焼印を押したような契約の証が刻まれる。


 こちらの世界に来るにあたって、中世風の衣装を身にまとっているから見えないけれど、私の身体にもきっと同じ印が刻まれているはず。

その印は円の中に三角形の山を幾度も重ねたような文様で、契約主である私が死ぬまで消えることは無い。


「これで俺はキリコだけの闘士か。どうする?野営をするには半端な場所だが」

「んと……水と火はどうにかできるから、明日少しでも早く街に着ける様に日が出ている間は進みましょう」

「解った」


 日が傾いたとは言え、まだまだ道の周囲の草むらは陽の光を受けて赤く染まる程度だから私は歩くことにした。

長年、出歩かなかった身体はこの世界の水準からすると随分軟弱だろうけど、なれなきゃいけない。

私は身体の強化に力を使わなかったから。




 それから日が落ちるまでパダムさんとは色んな話をした。

お互いの故郷の話とかかな。

私にはパダムさんの部族の暮らしぶりがテレビのドキュメンタリーを聞いてる気分。

小さな頃から部族内で狩りの練習となる子供同士のじゃれあいをした話から、闘士になってから部族の女に色目を使われて困ったなんていう話までしてくれた。

当然無責任に女とつがったりしてないぞと釘を刺されたのは……完全にご飯を呼び出す祈念法でロックオンされちゃった感じがする。


 それで、彼の故郷が私にとって不可思議の塊だったように、私の世界の事も彼には理解しがたい物だったみたい。

ついつい電化製品なんて口に出して、それはなんだと聞かれて説明することになったりすることが多かった。

パダムさんはその説明を聞いて雷の力を使う道具か!なんて驚いたりしていた。


 ただ、微妙な空気になってしまうこともあった。

それは私がこの世界に来た理由。

私はこれから先一緒に居るなら、正直に話してしまうのが良いと思ったのだけど、私の自信がないから神様にはっぱを掛けられてこの世界に来たというのが引っかかったようだった。


「自信がないので逃げ出してきたのか。俺の部族の子供で逃げ出すような軟弱者は生きていられなかったぞ」

「う……ん。パダムさんの暮らしていた環境じゃ、弱いのは罪だよね」

「俺は……この世界に来る前の無力なキリコを知らない。だが、きっとそのままなら嫁になってくれ等とは言わなかった」

「そうだね。そう思っても仕方ないと思う」

「だが、お前をこの世界に渡したのは神なのだな?」

「うん。そう言ってた」

「ならば神の言うとおり強くなって善く生きろ。そうすればお前は本当に我らアジャム族の嫁としても相応しくなるだろう」

「……そうなれるといいですね」


 この会話の後はお互い、なんとなく無言になって進んだ。

ただ、闘士というからには私なんかと比べ物にならない速さで歩いていけるだろうに。

パダムさんはずっと私の傍を歩いてくれた。

地球での道路の外側を男が歩いて、って言うのを。

この世界流で、男が森側を歩いてっていう形で体験させてくれた。


 それから、私の息が切れると丁寧に休むかと聞いてくれる。

私はその度に、少しだけ休ませて貰い、その度にこの世界に入った時に神様に持たされた旅道具の皮袋に水を生み出してそれを飲む。

見えている街は中々近くならず、道のりはまったく進んでいないように思える。

でも彼は何も言わずに私を気遣ってくれた。


 私の望む、家族のような存在。

彼には召喚の時にその望みが、声が聞こえていたのかもしれない。

とにかく私は、甘やかされては居ないけれど、護られているとはっきり感じた。




 そして星が見えるようになる前に道の脇の草を祈念法で二人が寝転べるスペース分焼き払って、灰を吹き散らして地べたに座る。

パダムさんは最悪草の上に何の準備も無しで寝るつもりだったらしいけど、ここは神様から貰った力を活用させてもらった。

でも、敷物になりそうなマントは一枚しかないのでどうしようかと思っていると、パダムさんが口を開いた。


「なんだか遠慮しているようだが、なんだ?言ってみるといい」

「えっと、敷物がなくて……」

「なんだ、そんな事か。俺達アジャムの暮らしでは敷物など家の中だけで使うものだ。部族のほかの村に移動する時や狩りの旅など、敷物無しの野宿などなれたものだ。気にするな」


 そう言い切ってくれたのだけれど、なんだか申し訳ない。

そんなことでしょんぼりしていると、パダムさんは明るい声で言った。


「おいおい。なんか知らんが落ち込んでないで灯りと火を頼むぞキリコ。飯は、明るく楽しく食べたいからな」


 そう言ってギラリと並ぶ牙の歯並びを毛皮に包まれた口の中から見せて笑うパダムさんに、私は思わず微笑みながら聞いた。


「じゃあ晩御飯はどうしましょうか。パダムさんは食べたいもの、あります?」

「いや、その前に火を焚いてくれ。俺は夜目が利くが、お前は人族だろ」

「え、あ、そうですね。じゃあ……明日この場を発つまで燃える炎、現れます!」


 手を合わせてそうなるのが当然、という気持ちで念じると、私とパダムさんの間に火の塊が現れて周囲を照らす。

祈念法でこうやって現象を起こすには、願えばそうなると心底から信じてやる必要がある魔法。

一見私とは相性最悪の力なのだけど、私は神様に『それ』ができるというのを知らされている。

だから当然できると自信を持って祈念法を操れる。


「ほう、こりゃいい。で、食べたいものだったな」

「うん。この世界の食べ物しか祈念法じゃだせないんだけど……パダムさんはなにかいい料理知ってます?」

「そりゃ当然ダ・イルグの丸焼きだ!と言いたいところだがそればかりでもありがたみが無いな。タムというイモの粉を練った焼き物と、サーリムという香草と野菜を煮込んだスープを頼む」

「はい、どの位出します?」

「俺の分はさっき出したダ・イルグ程度の量でいい。後は自分の分だけ考えろ」

「解りました。タムとサーリムおいでませ!」


 私の呼びかけに合わせてふわりと優しい風が吹き、さっき灯した火の回りに大量の葉っぱに乗ったナンのような焼き物と、木の器に入ったサーリムが現れる。

それを見るとパダムさんは毛むくじゃらの手を摩り合わせてからさっそく食べ始める。

どうもこちらには頂きますの習慣は無いみたい。


 最初、初めての食べ物なのでどんな風に食べるのかパダムさんを眺めていたら、食べないのか?と言われてしまった。

食べないなら貰うが、というパダムさんに食べますから!と言って手をつけたタムとサーリム。

タムはおイモの粉をこねてつくるらしいけど、少し甘みがあって軽く喉に突っかかる感じがした。

ソレを見たパダムさんがサーリムの椀を持って、傾けて見せたので私もさっそくサーリムでタムを流し込む。

するとサーリムの香草の香りがタムの甘さを洗い流して、新たな気持ちでタムを口に運べることに私はおどろいた。

地球より文明が発展しているとは一概に言えないこの世界でも、きちんと料理は考えて作られているんだなんて、当然の事を実感した。


 さて、食事の後は軽く手ぬぐいを水で濡らして身体を拭いて寝る時間。

パダムさんはどうせ地べたで寝るから洗うなら明日の朝頼む、といって身体を拭くことはなかった。

ちょっと獣だなーって臭いはするけど、そんな悪臭ではないので私もソレで良いかなって思う。


 で、後は寝る順番。

寝ている間に何かあったら困るので見張りの時間を決めなきゃいけない。

これは経験者のパダムさんが一方的に決めた。


「キリコ。お前は先に見張り番をしろ」

「私が先ですか?」

「ああ。もし何か起きてもお前が俺に一声掛ければ俺はすぐ起きられるが、お前は疲れていざと言う時にすぐ動けないだろう」

「それは、そうだと思いますけど……」

「心配するな。お前が見張りをするのは平原に掛かる月が俺達の上に来るまでの間で良い。実質キリコの見張りの時間は仮眠の時間だ」

「あ、そういうことなら頑張ります」

「よし、良い子だ。それじゃあ一足先に眠らせてもらうな」

「はい。おやすみパダムさん」

「ああ、おやすみキリコ」


 そんな会話を交わすとパダムさんは自分の腕を枕にささっと寝入ってしまった。

後日、交代で寝るなら私のマントをかしてあげればよかったんじゃと思っていってみたら。

お前は毛皮が無いんだから冷えるような真似はするな、と一蹴されてしまった。

気を遣われたのは解るんだけど、ちょっと心苦しいなぁ。

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