後輩
オメガディア造形学園の生徒の寮は学園の敷地内にある。しかし、生徒の多くは授業や部活が終わった後、町に出ることが多い。それは学園次席のクインも同じだ。家柄に恥じない成績と行動をしているが、そのせいでストレスの一つ二つは存在する。それを町に出て発散しようとするのだが、いつもただ歩き回っているだけでストレスは発散されない。代わりに夜はぐっすり眠れる。たまにナンパもされたりするが、以前、しつこいナンパ男を思わず、ついうっかりコテンパンにして以来、ナンパする男はいなくなった。
不意に視界に数人の男が路地裏に入っていくのが見え、その間から一瞬、オメガディア造形学園の制服を着た生徒の姿が見えた。
男達と生徒が入っていった狭い路地を覗きこんだ。町は暖かいオレンジの街灯の光で溢れているが、路地裏は薄暗く冷たい影に包まれている。その中で数人の人影が何やらうごめいている。
「お前、オメガディア造形学園の生徒だろ?」
「学園の生徒だからって、威張り散らしていいの~?」
「……………」
「威張り散らしてなかったら、あんな広い道でぶつかる訳無いだろ?」
「マジで痛てぇんだけどさ、ひょっとしたら、骨折れてるかも。治療費出してくんねえかな?金持ちなんだろ?少しぐらいいいじゃねえか?」
「貴方たち!!」
路地裏にクインが現れて、男達はどよめいた。銀髪の美少女の登場は当然、男達の想定外の出来事ではあるが、まるで、火に入るなんとやらと言わんばかりに嫌らしい笑みを浮かべた。
「どうしたの?君みたいな可愛い娘がこんな路地裏に入ったら危ないよ?」
男達のほとんどが飢えたハイエナのようにクインに近寄った。しかし、一人だけ出遅れている男もいる。
「ウチの生徒が連れ込まれていくのが見えたんだけど?」
「ああ、君も学園の生徒?いや、気のせいだよ。ささっ、俺達と遊びに行こう」
男達は連れ込んでいた生徒を隠すように路地裏からクインを連れ出そうとした。しかし、男達の手が上質な生地で作られた制服に触れようとした瞬間、男の視界の上下が逆になって、地面に頭を打ち付けた。
何が起きたのかわからないまま痛みだけが、男の頭に響いた。
「お、思い出した!!この女、こないだナンパ男をボコボコにした!!」
男達の顔から血の気が引き、慌てて路地裏から立ち去った。残ったのは二人。クインと、おそらく意味のわからない因縁を付けられて脅されていたであろうオメガディア造形学園の生徒。ボサボサの黒髪の小柄な少年だ。おそらく新入生だろう。
「たまにああいう人がいるんだけど、出来れば嫌いにならないでね。町も学園も」
クインは少年に手を差し伸べた。しかし、少年は差し出された手を使わずに立ち上がった。男子のプライドがそうさせたのかと思えば少年は口をモゴモゴさせて何か話していた。しかし、声が小さくて聞き取れない。
「ごめんなさい。よく聞き取れなかったんだけど……」
「ぇ?…………ぇ……手……汚い……ので」
少年の手は確かに少しだけ汚れていたが、気にするほどではない。
「助けてくれて…………あ、ありがとうございます!!」
少年は深々と頭を下げた。
「いいのよ。生徒会長も言ってたでしょ?先輩が助けてくれるって。せっかくだし、一緒に寮に帰りましょ」
クインは少年の手を引いて路地裏から表に出た。
石畳の道には馬型のゴーレムが引く馬車が行き交い、オレンジ色の街灯に包まれた町を大勢の人が行き交っている。
「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私、クイン・ソー。生徒会副会長よ」
「知ってます。学園……次席の凄腕造形使……ですよね。ぼ、ボクは……一年のア、アルファン……です」
見たこともない綺麗で透き通るルビーのような瞳をした少年だった。
また別の路地裏。クインの正体を知って、尻尾を巻いて逃げた男達数人が雑談をしている。
「チクショー……何であんなに強いんだよ、あの女」
「だけど、噂通りの……ヘヘヘッ」
「ああ、確かに可愛いし、体も……」
「どうにかして、屈服させたいとこだが、学園次席の成績は伊達じゃない。それにソー家の御息女となりゃ、命がいくらあっても足りないさ」
「所詮、落ちこぼれは落ちこぼれか」
男達は一人、また一人と路地裏から立ち去った。学園の生徒一人を数人で脅したり、ナンパしたりしているが、それぞれそれなりの仕事をして生活費を稼いでいる。だが、一人、クインに投げられて頭を地面に打った男だけが残った。男には投げられた屈辱もあり、何とか仕返ししたいという気持ちで胸の辺りが燃えていた。
「その憤りに、力をお貸ししますか?」
突然男しかいない路地裏に全身を薄汚いローブで包んだ誰かが現れて、懐からガラス玉を取り出した。
「だ、誰だよ、アンタ?」
「私は"探す者"。それで?答は?」
男は差し出されたガラス玉に手を伸ばした。