1−4 笑顔の向こうに
僕が生まれたのは17年前。ある少女が生まれた日、僕の活動も一緒に始まった。
起動してすぐに、僕は病院に連れて行かれた。初めて乗った車っていう乗り物は道を歩いている人間よりもはるかに速いスピードで移動していた。
「お前の名前は梓光一郎だ。わかったな?」
車に乗ると隣に座った男の人がそう言った。梓光一郎、それが僕の名前らしい。
「あの・・・これからどこに行くんですか?」
「病院だ、お前に合わせなければならない人がいる。」
無愛想な感じのする男。ほとんど感情のこもってない声。まるで僕のようだった、笑いもせずにただ前を向いているその人間は、本当にロボットのようだった。
病院で会う人物こそ、桜花華枝である。これから18年、ほぼ一緒に生活する事になる少女である。華枝は人工授精で作られた子供だと、後々知ることになる。学歴だけで数百万、数千万と値の付けられた精子によって作られた子供。
僕にはよく理解できないけど、今の時代学歴と言うのが重要らしい。そんな物で幸せになれるのかは知らないけど、その時会った華枝の母親の顔はとても満足げだった。
「あなた、女の子ですって。」
思ったよりも人間の赤ちゃんは小さく見えた。お世辞でも可愛いなんて言えない、でもどこか愛嬌のある顔、僕は華枝に見入ってしまった。僕の隣りに立っていた男の人の顔が初めてにこやかに笑った。別にロボットではないらしい。華枝の頬を微かに撫でる男の顔は無愛想なんていう言葉は似合わなくなっていた。
「友、こっちは梓光一郎。あのプロジェクトで作られた物だ。」
「そう、やって完成したのね。これからよろしくね、光一郎君。」
とても綺麗な人だと思った。生まれたての僕には思い出がないはずなのに、僕はこの人のことを知ってるような気がした。
「あ、あの・・・その赤ちゃん、名前は。」
「華枝、いい名前だと思うでしょ?」
華枝、僕が初めて華枝という名前を認識した日。それは、雪の降る、寒い寒いクリスマスの夜だった。
華枝の頬に恐る恐る触れようと手を伸ばす。そんな僕の人差し指を華枝はぎゅっと握り締めて離さなかった。
「あらあら、華枝ったら、光一郎君のことが気に入ったみたいね。」
そんな様子を見ていて、華枝の母親が楽しそうにクスクス笑った。
いつまで経っても華枝は僕の指を離さなかった。離したかと思えば、またぎゅっと握る。それの繰り返しが何回も続いた。
僕は・・・何だか、嬉しかった。
僕には体温がない。人間のように暖かい手をしてるわけではない。
僕は人間じゃない。
でも、それでも華枝は僕の指を握りつづけていた。