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孫家軍が戦の準備をしている中、うちは水鏡先生のとこに顔を出すべく足を進めていた。
戦場からは遠くないので、多少不安もあったが、荒らされている様子はなかった。
これなら大丈夫かと思っていると、どうも様子がおかしい。
周囲に賊の略奪した跡等はなかったが、学院の門が打ち壊しにでもあったように、破られていた。
「一体、何が有ったと?」
少し調べて見たが、学院には人の気配はない。
もとより皆が避難している学院には、水鏡先生と少しの使用人くらいしか、居なかったんだろうが。
とりあえず周囲に人をやって、何が有ったか調べてみることにした。
それで、逃げ延びていた使用人に、話を聞くことが出来たのだが。
「まさか、前回来た時の商売が遠因ですか……」
前回の売買で、水鏡先生に穀物を売り、周囲の連中にも売り込もうとしたら、逆に余裕を売りつけられたわけだが、黄巾の活動が活発化して居るせいで、心の余裕を失くした連中が、学院の備蓄に目をつけて手を出したと。
それで先生だが、色々と冤罪をなすりつけられたのか、混乱を起こした咎で獄に繋がれているのだとか。
なんとも、責任を感じる。
が、チャンスだとも……なんとかしないとな。
色々な意味で。
「それで、水鏡先生の在所は?」
「ボクの調べだと、近隣城下の獄に押し込められてるみたい。
おじさま……」
刃鳴さんが心配そうな顔で、調査の結果を報告してくれる。
「まあ、責任を感じますしな。
お任せいただきましょう。
それでは、伺いますかな」
さて、城下に辿り着いては見たものの、訴えを出している近隣の荘園持ってる連中に、それを取り下げさせないといけない。
正確には、賄賂ばらまいて「勘違いでした」で、収めるのが一番早いか。
「実は、水鏡殿へ貸しを押し付けたいのですよ。
ですので、その訴えを私に買い取らせて頂けませんかな?」
そんなことを、訴え出してる連中に持ちかけて、訴えの証書を書き換えさせる。
既に届け出られたそんな物、書き換えとか出来ない筈だが、流石は世紀末というか、漢の終焉真っ只中。
金でどうにかなっちまったぜ。
で、なんとか訴えを取り下げて、先生を開放したものの。
「なんと、こんなに窶れて……」
「開放して頂き、感謝いたします」
微かに笑うも元気が無い。
流石に名士と名高い司馬徳操、手荒に扱われはしなかったようだが、放置されてるだけでもただでは済まなかったようだ。
暫く養生せねばならないだろう。
「これをどうぞ。 多少は気付けにも成りますし、体が温まります」
薬酒の類で、忠誠上げの品を一杯手渡す。
上手く言ったら。しめたもの程度の期待だが、どうかな?
「ふぅ、温まりますわね」
「もう一杯どうぞ」
「はい」
「これから、どうされる、おつもりですかな?」
やはり、この土地には居られないだろう。
「とはいえ、この先の道行きに、付き合わせるのは酷ですな……どうしますかな」
「おじさま、ボクが孫家城下に送っていくよ。
暫く別行動になるけど、直ぐに追いつくから」
やはり心配なのか、刃鳴さんが声を上げてくれた。
「いえ、其処までの世話になる訳には」
固辞しようとする水鏡先生だが、此処は押すべきだろうな。
「いえ、やはり放っておけませぬな。
元はといえば、私の商売が引き起こしたとも言えますのでな。
それにこれは、弱った貴女に恩を売ろうとする、しがない男の下心ですからな。
諦めて従ってくだされ」
「其れは……」
「先生、おじさまもこう言ってくれてるんだし」
此処はもう一押し。
薬酒を、もう一杯手渡す。
間をもたせようとしたのか、その一杯を軽く煽ると、水鏡先生の頬に赤みが差す。
それほど強くないとはいえ、酒精が回ってきたのだろう。
「判りました。 それでは、お世話になるとしましょう。
私の真名は『水鏡』と申します」
まんまだったのか。
それではと、こちらも指輪を手渡し、嵌めてもらう。
姜維・魏延・厳顔と、メジャー所に次いで、四人ゲットの手応えを掴んだ。
「では、刃鳴殿。 お願いできますかな?
此方も、孫家の戦の様子を伺いますので、暫くは動かぬでしょう」
「それじゃあ、直ぐに発つよ」
言葉通り刃鳴さんは、護衛を幾らか連れ、馬車を仕立てて、すぐさま発っていった。
あれなら、こちらへ戻るのも直ぐではないだろうか。
思い掛けないトラブルだったが、何とか片付いた。
孫家軍の様子を調べさせていた連中が戻ってきた所によると、孫家軍は黄巾前衛部隊の一万を、アッサリと蹴散らして、本隊の籠もる城砦跡へ向かっているとのこと。
「それなら、此方も追いかけてみましょうか」
兵糧消耗してたら、売りつけられるかもしれんしね。
刃鳴さんが戻ってくるまで、待っていても問題ないでしょう。
と、余裕をかまして戦場に辿り着いてみたところ、戦いの始まる前から悲しいくらいに優劣がついていた。
片や兵数は劣るにも関わらず、城門の正面に悠然と陣を引き、今か今かと開戦を待つがごとくの戦意の高さが伺える孫家陣営。
片や兵数に勝り、些か頼りないとはいえ、防御陣地に籠もりつつも、雪隠詰めと言う言葉しか浮かんでこないような雰囲気の黄巾陣営。
「これは戦う前から、殆ど勝負は決まっているようですな。
早々に家着がついてしまいそうですな」
多分、降伏勧告一発か、中でボヤでも起こして「裏切り者がー」とでも偽報を食らわせれば、士気ガタガタになりそう。
でもまあ、名を売るつもりの孫家軍だと、プレッシャー掛けた上での火計で、相手が自暴自棄に飛び出してきた所を追撃しての殲滅かね?
甘い事はしないだろう。
夜明け、孫家の陣営が城砦を半包囲する形に、陣を組み替えていく。
見るに、正面に孫・黄・周の旗。
城砦左に周・甘・陸、右に孫・程・韓・朱、予備部隊らしき後曲に孫の旗。
「正面は孫策さんですかな? 後継の売り出しですか」
「そうね、ボクが見るとこ、正面に孫策・黄蓋・周喩。
左翼に周泰・甘寧・陸遜、右翼に孫堅・程普・韓当・朱治。
後曲に残っているのは孫権かな」
「豪勢ですな」
解説の賈駆さん、ありがとうございます。
しかし、右翼の陣の将が、丸々湧いて出てきてるんですが。
「これはどうやっても、引っくり返しようが有りませんな」
「強いて言うなら、右翼の奥の林に伏兵を潜ませておけば、嫌がらせくらいにはなるわよ」
「左翼は、のっぺらぼうの荒れ地ですからな。
しかし、あそこには、潜ませておけても、二-三千というところでは?」
「それに、流石に物見は出してるだろうし……。
無理矢理に戦場外からの参陣でも、あの練度なら対応できる時間は在るだろうし。
やっぱり、ボクにも思いつかないわね……黄巾は詰んでるわ」
賈駆先生にそう言われると、そうなんだろうとしか思えない。
あとは黄巾にプレイヤーがいて、開戦直前に戦力呼び出してとかだけど……。
「あまり確度は高く有りませんが、黄巾陣営にプレイヤーらしき人物は確認できませんでした」
何時の間にか、控えていたメイド服の沮授さんが補足してくれる。
しかし、思考を読まないで下さい。
「そろそろ動きますかな」
日が中天に上がる頃、両翼の陣が城に寄せ、火矢を射掛け始めた。
少し遅れて、正面の陣が動き出し、前に出た孫の旗とともに、孫策さんが名乗りを上げ、黄巾陣営を威圧する。
城塞内は大混乱の模様。
何時飛び出して来ても不思議はない。
「これは勝ちましたな」
誰もが、そう思った瞬間、可能性を潰した筈の木立の影から、二千程の騎馬が飛び出した。
小勢の筈のその部隊は、黄巾とは思えない練度と士気を持って、孫家陣営右翼へ突き立った。
「まさかのプレイヤー!?」
流石は孫堅さんの部隊で、混乱をなんとか支えた様子に見えたが、暫くして拙い事に、その混乱に乗じる形で、黄巾連中が城から飛び出してきた。
その黄巾軍は、右翼を援護する為に強攻に出た正面の孫策さんの部隊を無視して、孫堅さんの右翼に突っ込んで行った。
この時点で、なんとか支えていた騎兵の攻勢に、対応できなくなった右翼が崩れだし、右翼周辺は大混戦になっていった。
「これは拙いですな」
あれだけ混戦になってしまえば、指揮能力とか殆ど意味が無くなるだろう。
個人的な武勇でも、なんとか乗りきれるかもしれないが、混乱中の流れ弾なんて言うのは、夏侯惇の片目とか、孫策の命を奪うような切っ掛けにも成り得る訳で、特に歴戦ゲームですら、早死に・不運がデータ化されるような孫家陣営には……。
自分も人のことは言えないが、プレイヤーってのは碌でもないことを引き起こす。
というか、孫堅さん健在の孫家って、実はハンデ背負ってるんじゃなかろうかね。
今はそんな考察している暇はないか。
正面から黄蓋さん、予備から孫権さんの部隊が援護に回っていくようだが、雑魚とはいえ黄巾の連中が多すぎる。
混戦に火矢などを射掛ける訳にも行かない為、排除に時間がかかる。
「こちらも出るしかありませんかな」
五百程度で数は少ないが、背後の騎兵を牽制できれば、建て直す時間稼ぎにはなるだろう。
孫家軍の予備の軍勢を大回りする形で、騎馬を走らせ一撃することとした。
「我ら金家、孫家軍に助太刀する!!」
援軍のつもりが、敵と思われても困るので、大声で叫びつつ突貫する。
目標は、右翼の背後を繰り返し突いている騎兵軍。
幾度かの交戦で、その数は大分減っているが、それだけ孫家軍にも出血を強いている。
しかも離脱が早く、混戦に巻き込まれていないため、右翼の将を狙い撃ちして突撃しているようで、孫堅さん以下も無事とは言い難い模様。
かなり拙い状況だった。
「さあ、あの連中に一撃した後、食らいついていきますよ!!」
長く伸びる騎兵の列を、後ろ三分程で食いちぎった後、半ばに向かって食らいついていく。
これで後方の連中が、行き場と指揮を失うので、幾らか衝力を削ることが出来たはず。
「退け退けぇ!!」
「邪魔をすれば、死ぬぞ!!」
「私の前を塞ぐなど、笑止ですわね」
「我が槍の錆となれ」
目の前で背を向けている騎馬勢に、うちの前衛が突っ込んでは、邪魔だとばかりに得物で引っ掛け、引き落としている。
なんとも派手なことを。
「しかし、これでなんとか成りますかな?」
此方の削りに半数程を失った騎兵の連中が、再度の突撃を諦め離脱する動きを見せた。
此方としては、無理に追うつもりはないので、そのまま逃げるに任せる。
孫家の一部の部隊が、追う気配を見せたが、今の状態では難しいだろう。
内側からの黄巾の連中に対しては、なんとか壁として機能し始めては居るが、それ以上については右翼は限界だ。
「さて、混乱に巻き込まれては堪りませんな。
ここらで一度、退くとしますぞ!!」
騎馬連中の逃げ遅れを踏み殺しながら、戦場の外に向けて進行方向を取る。
道中で孫家の将を見かけたが、なんとか満身創痍の一歩手前って風情。
中々に危なかったようだ。
「さて、逃げたプレイヤーは、何処のやつでしょうかな」
黄巾には、それらしいのが確認できてなかった所を見ると……また袁術さんとかだと嫌だなぁ。