77
「はっはっは、嫌々出て行った焔耶が女の顔をして帰ってきた時には、流石のワシも腰が抜けそうになったぞ」
「いえ、太守殿をお待たせした上、魏延殿に怪我まで。 なんとお詫びを」
「気にする必要はない。
あの男嫌いのせいで、今一つ壁を超えられないでいたバカ弟子が、少しはマシになったと思えば」
そういうもんですか。
「それで、あれをどうするつもりだ?」
「どうするとは?」
「ふ、質問を質問で返すではないわ。
あのうぶな馬鹿弟子が、詫びか惚気か判らん事を報告しているのを聞いて、流石のわしも恥ずかしく……いや、羨ましくなったわ。
しかしのう、お主を見定めるには時間がない。
少し、試させて貰おうか」
剣呑な気配の厳顔さんが、こちらへと虎だか獅子だか判らんような、獰猛な笑みを向けてきた。
「厄介な話ですなぁ……」
「むがー、むがあーー」
「黙っとれ、焔耶」
練武場に厳顔さんと、騒いだせいで簀巻きにされた魏延さん、そして俺。
刃を潰してあるとはいえ、真剣と同じく鋼の武器達。
それを好きに使えと言われ、手にとっては見たものの。
「ほう、棍か。 小兵のお主が間合いをとるには悪くはないが」
厳顔さんも、同じく棍を手に取り、風を巻き上げるように手の内で振るう。
「わしも、こいつには少々五月蠅いぞ」
ビシリと音がするような、構えを取る姿には隙がない。
おまけに、胸元に吸い込まれるように、目が行きかけるので、危険が危ない。
「ふふふ、わしも未だまだ捨てたものでもないのう」
「とんでもございません。 焔耶殿とはまた違う艶やかさというやつですな」
「そう言って貰えると、なかなか気分がイイのう。
もし、わしから一本取れたら、一晩付き合ってやってもいいぞ」
「ははは、私は酒はそれほど強くは有りませんので。
しかし、焔耶殿のために、貴方に認められる程度には、力を振り絞ってみますとも」
「吠えたな」
ジリリと間合いを詰める。
「所で、一本と言わず、貴女を倒してしまっても、構いませんかな?」
「ほう、やれるものなら構わんぞ。 其れが出来るなら、焔耶にわしも付けてくれてやろうさ」
厳顔さんが棍を振り上げ、袈裟に切り下ろしてくる。
試しのつもりか、全力でない其れに向かって、運を武力に400叩き込んで全力で下から叩き合わせる。
触れ合った瞬間、爆発するように、お互いが弾け砕ける棍。
その瞬間に両手にしびれが走るが、其れはお互い。
覚悟していた分だけ、此方の立ち直りのほうが早い。
驚愕の顔をしている厳顔さんに先んじて、棍を捨て去り痺れる拳を握りしめ間合いを踏み込む。
そして、そのままの勢いを拳に乗せる。
前周で孫堅さんにやられた、武器破壊からの先制攻撃。
それは狙い過たず、厳顔さんのみぞおちに突き立った。
「だが、甘い!!」
「は!?」
手応えは有ったというのに、口元に血を滲ませ笑う厳顔さん。
両の手を互いに握り、一つの槌として此方に叩き込まんと、振り下ろされた。
「ぶげっ」
いった、いたいって、洒落にならん。
頭がグラングランする、意識が飛んでないのがまたキツイ。
なんとか、食らったのが強化中だったのが、幸いしたのかどうなのか。
目眩をこらえながら、頭を上げているのかどうかすら判別できないなか、運良く視界に厳顔さんの様子が飛び込んできた。
息を切らせて、膝を付いている様子に余力は感じられない。
だが、此方がどうにかこうにか動いてるのを見て、驚きつつも嬉しそうな顔をしている。
いや、其処で喜ばれても。
「さて、強化は切れてるようですが、どうしたもんでしょうな」
実質的なダメージは、脳と平衡器官を揺らされたせいで、皆目検討がつかない。
漠然と全体が痛い感じで、頭に響く鼓動がうっとおしい。
まともに意識と躰が繋がってる気がしない。
それでも、少しづつ思い通りに動くようには、なってきている。
その代わり、ズッキンズッキンする痛みも、鮮明になってきてるんだけどな。
「よっこらせとな」
うげ、厳顔さんが立ち上がる。
「なかなか良い所は見せて貰った。 しかしな、決着はつけるとしようか」
「そのように嬉しそうに言われると、ここで無様は晒せませんな」
なんとか、真っ直ぐに立てるようには、なったか。
「行くぞ」
ジリジリと間合いを詰めてくる、厳顔さんの拳が振り上げられる。
右拳、上からの振り下ろし。
避けられないな。
気合を入れて、我慢する。
意識を断ち切る、こめかみへの一撃が、汗で滑る。
偶然のヘッドスリップ。 かろうじて、直撃を逸らした。
お陰で、髪の毛一本、意識が繋がった。
それた一撃を両腕で捕まえる。
そのまま、躰の倒れる勢いに巻き込んで投げる。
かなり無様な一本背負い。
それでも、身長差のせいで、先に叩きつけられたのは厳顔さんだった。
「よっしゃあ!!」
思わず気合に声が上がった。
なんで、こんなに熱血しとるんだ俺は。
あーいてー、本当に痛覚減少効いてんのかよ。
「まあ、何とか成りましたかな」
「むがー、むが、むがー」
「あー、焔耶殿、申し訳ない……私もこれが限界です……な」
簀巻きを何とかしてあげたかったが、残念ながら、スイッチが切れるのが早かったようだった。
「くっ……うぅ、はぁーーーーっ」
どこからか、痛みをこらえてるのか酒を煽ってるのか、判らんような声が聞こえる。
「む、ここは?」
目を覚まし、躰を起こそうとして、軋むように動きの悪い自分の体を認識した。
治療は終わってるのか、痛みはすっかり取れていたが、正直この動きにくさは重症クラスのペナルティ食らってるだろ。
「一体何が?」
「おう、目が覚めたか」
そこには、血を吐きながら酒飲んでる厳顔さんの姿が。
「何をやっておられるのですか。 無茶なことを」
「ふふふ、気分はいいぞ」
いやいや、見ててキツイので、やめて頂きたい。
「あー、負けた負けた」
えー、あれは負け判定なんですか?
こちとら、身動き取れないくらいにボコボコにされた気分なんですが。
「というわけで、焔耶のことは任せる。
さすがに、わしは付いて行く訳にもいかんのでな」
「宜しいので?」
「あんな顔をされて、許さなん訳にもいかんだろう」
振り向くと、心配げな顔で看病してくれてた魏延さんの姿が。
なんだか、凄い女の子してる。
「これは、心配をおかけしましたかな」
「フン……」
「照れるな照れるな」
厳顔さんが呵呵と笑う。
「それと、わしの真名は桔梗という」
「宜しいのですか?」
「わしは動けんが、お前さんがこの土地に骨を埋めるというなら、焔耶のついでに貰ってくれ」
「では、お預かりします。 私からは、此方を」
例によって、指輪を渡す。
問題なく嵌めて貰えたが、何だろう?
嬉しいのは嬉しい。
原作でも好きなキャラクターだし、普通に狙ったら攻略難度高そうで、こうして認められるのは願ってもないんだが。
こう目標を定めて、狙ってるところが進まず、違う所で進捗があると、何が幸いしたのとか、攻略時のポイントとかが、つかめなくて困る……ま、魏延さんは、たまたま今回が乙女志向のブレの有ったキャラクターだったんだろうけど、厳顔さんは魏延さんの流れでの攻略が必須とかか?
なんとも、こう調子が良いと、先が怖い。
此処で引いて仕切り直ししたいくらいだが、現状は商人プレイだし、表立った危険度は少ないはず。
もう少し頑張ってみよう。
そして城を辞するとき、魏延さんに此処で待っていて欲しいと、お願いした。
戻るのは孫家の土地なわけで、益州劉家の配下だった魏延さんが彷徨くと、危険な感じがする。
他にも、魏延さん連れ歩いてると、PKに狙われそうな予感もするので、基本的には商人しかこなさそうなこの土地で居てほしい。
涙目で睨まれたが、武具やら馬やらプレゼント攻勢で、なんとか納得してもらった。




