60(四周目開始)
意識が遠のき、新たな外史へと、周囲が組み替えられていく。
ふと気がつけば、浮遊感が消え、体の感覚が眠りから覚醒した時のように、ハッキリとしたものに変わっている。
「此処は?」
呟きに応えるように、現状の情報が眼前に浮かぶ。
ステータスを見ると、場所は荊州の江夏郡、黄祖の元で働いている……って、ハァ!?
なにそれ!?
黄祖って、あんた。 なんで劉表がいるの?
「いやいや、まてまて」
再度ステータスを見直す……黄祖配下ではあるが、劉表配下とはなっていない。
ということは、やはり劉表は居ないのか?
それなら原作準拠ではあるが、黄祖が居るだけでも、充分にイレギュラーである。
それにしても、なんだか微妙に、原作から外れる度合いが、大きい外史にばっかり当たってる気がするな。
データ取りに、変なとこ押し付けられてんじゃないだろうな。
このあと、勢力情報に人事の情報を、じっくりと調べた所……荊州ってば、豪族の連合が仕切ってて、トップ不在なんだね。
だから、空白地とは言わないにしろ、誰の傘下ということもないらしい。
黄祖も、そんな勢力の一つで、袁術・孫堅勢力に対する抑えと言うことで、他の連中から援助貰って、ちょっと不相応な軍備を持ってる訳らしい。
しかしね……うん、孫堅が生きてるんだね。
ぶっちゃけ、この作品みたいに、阿呆みたいに勢力として強い袁家の片割れと、その袁術に頭下げてない頃の孫家相手に、その程度のメリットで矢面とか、どうなのだろう。
どうやら……。
「安穏な日々には程遠いようですな」
まあ、今更考えてみた所で仕方ないと、江夏の内政に励んでおります。
主に、桃香さんと月さんと結さんと袁家の三姉妹と白蓮さんと白蓮さんが。
太守職に適性のある人が八人掛かりとか……もう俺、要らないんじゃないかな。
というか、囲い込みの荘園みたいなもんが多くて、中央への税金を誤魔化してる分、儲けの還元もそれなりにあって、食いっぱぐれの可能性が低いせいか、割と民意高くて平和ですな。
ちょいちょい、山賊やら河賊が暴れるくらいで。
税金を誤魔化してるのは、若干どうかと思うが、下っ端がどうこう言うのもあれだし、スルーしている。
しかし、例によって下っ端の俺が、手を出せそうな所が多くて困るな。
というか、やる事を取られて、判子押しマシーンになってるからな。
もう大人しく、税収の皮算用だけ、やってれば良いのかもしれんが……人手が空いてるんだよなぁ。
二百数十人くらい。
「河賊を抱き込んで、商売でもしますかな……」
「そうだね、魚介の乾物を益州に持ち込んで、穀物か闇で塩と鉄に替えて、荊州から北に流すといいかもね、おじ様」
「くっくっく、黒いですな、刃鳴殿」
「おじ様程じゃないよ♪」
くっくっく、ふっふっふ、とかな調子で、越後屋ごっこを終わらせると、軍師連中で献策案づくり。
賈駆さん李儒さん辺りは、やる気のない感じながらも、一時間もしない間に完成した。
と、言うことで、偉いさんにお伺いを立ててみる。
事前に、酒やら武力+5程度の武具やら贈って、ご機嫌は取っている。
まぁ、名前ありの配下って、俺しか居ないっぽいので、そこまで気を使う必要は無いかもだが。
「太守殿、満腹でございます。 今、宜しいですかな?」
「おお、満腹か、なんぞあったか? 入るが良い」
「失礼致します」
黄祖様が、執務をしている部屋に入り、拝礼。
「実はですな、ちょっとした儲け話と、叩いても切りのない賊連中を、大人しくさせる策を一つ」
「ほほう、それは面白いが、出来るのか?」
決済の判子を押しつつ、黄祖のオッサンが興味深げに此方を見やる。
「はい、荊州は元より、軍事・商工業の要衝です。
そして、この江夏は、長江の水運を握る事も可能な立地でありますが、逆に水賊・河賊の跋扈する土地でもあります。
正直、あの連中を根絶するのは、難しいと言わざるを得ません」
「では、どうすると?」
更に判子をペタリ。
「少々業腹では御座いますが、連中にも儲けをもたらしてやり、此方と組む事が得であると示してやれば、抱き込む事も可能でしょう。
そして、連中を使い、益州・交州・揚州との交易を行います」
「ふむ、その動きを、孫家の連中が、大人しく見ていると思うか?」
判子ペタン。
「最悪の場合、荊州と益州の交易だけでも、それなりに儲かるかと思いますので」
消極的だが、駄目なら行かなきゃ良いのである。
「分かった、やってみるがいい」
そっと渡した献策案に、許可印が最後にダンっと押された。
「有難うございます」
再度一礼し、その場を辞した。
さて、まずは地元の造船やってる職人連中に、使い回しの利く中型の船を仕立てさせよう。
そして、賊連中の拠点近くで商売やってる奴に、連中との繋ぎを取らせ、話し合いの場を得たいと申し伝える。
どうせ、ズブズブに繋がってるだろうから、直ぐに返事が返ってくる筈だ。
ただの役人からの話なら、無視される率も高いだろうが、それなりに勢力からの通達と言う形で、ちょっぴり高圧的に書いてあるので、何らかのアクションはあるだろう。
それで、答えが返って来れば、時期を見て話し合いの場を……って、え? 返って来たって?
思いの外、早かったな。
それから、何度か遣り取りをして、場所と日取りを決めた。
やり取りの際に、条件の詰めも行なっている。
元より、損させるつもりはないので、それ程引っかかる事はなかった。
恐らく会合の場で、同意まで漕ぎつけられるだろう。
で、当日に至った訳だが。
なんか、日に焼けた厳ついオッサンが、メッチャ居るんですが。
やり取りしてる時は、長老的な相手との交渉だったんで気付かなかったが、数が多すぎだろ。
中には、どう見ても普通の漁師じゃねえかってのも居る……お前ら、副業で賊やってんのか?
そんな気軽にやられちゃ、そりゃ根絶できんわな。
そんで、そんなオッサン達の中に、年若い目のキッツイ女性が、一人居たりするんですが。
なるほど、居ても不思議ではないんですが……何してるんですか、甘寧さん。
立ち位置的に、昔ながらの職業河賊の所に居るんですな。
まぁ、ともかくにも、俺を含めた全員で、契約条件なぞを作る。
条件としては、報酬は確約分として日当、追加で交易の成果報酬の歩合とする。
個人個人での契約と、グループでの契約を受けるが、個人相手には日当を高めにし、成果報酬を抑える。
グループの契約では、日当を抑えて、成果報酬を高くとる。
個人個人での参加の場合、船を貸す事も可能だが、その場合も成果報酬から幾らか引く。
最後に、黄祖軍に参加してくれる場合は、高級優遇福利厚生、それなりの条件で受け入れます。
ぶっちゃけ、博打好きな連中には交易を頑張って貰って、安定志向の食えりゃいいって連中は、軍に迎えたいなー的な策である。
まあ、色々誤魔化して、金をせしめようとする連中が出るだろうけど、うちの軍師連中の目を欺けるなら、やってみろという感じで放置しています。
見つかって証拠固められたら、割と酷い刑罰が待っているので、最初の一人が出るのが楽しみである。
それから暫く……うん、笑いが止まらん感じですな。
一罰百戒、舐めた奴が一人出てからは、平和なもんです。
順調に儲けが積み上がっております。
その儲けから、追加で船を作り増ししているが、大方軍備に回されている。
正直、安定を望む連中が、意外と多くて驚いた。
親方日の丸万歳ってとこか、終身雇用は夢の向こうなんだが。
まあ、今の処の戦力じゃ、うちに与していない賊相手の警備と、敵さんの上陸や補給路への牽制にしか使えないだろうが。
さて、そんな敵さんの相手をする方針、つまりは外交についてだが、敵対勢力として確固たる存在である、袁術勢力と孫堅勢力。
この内の袁術さんとこに付いては、大分脅威度が下がった。
ぶっちゃけた話、此方が儲けをもたらすという事を、理解して頂けたようだ。
たとえ敵でも、利益を吐き出している間は、お友達だよ。 なんていう、夢のない意思決定は、張勲さんの仕業だろうか。
ともかく、うちと商売してる事で得る継続的なメリットより、うちの戦力をすっ飛ばす程の戦争コストを支払っても、得られるメリットが余程に大きくなるような状況じゃなけりゃ、襲っては来ないだろう。
つまり、うちが残ってると、どうしても不味い状況か、何かを達成する為に、うちの太守殿の首が必要か、うちが瀕死で手間が掛からない状態なら、嬉々としてやって来る訳だが。
そして、一貫して狙われてる感じが薄れないのが、孫堅さんの方面である。
というか、うちが水軍を強化してる辺りで、更に険悪になってる感もあるのですが。
一時は、乾物仕入れるのに介入されて、袁術さんのとこから仕入れるハメになり、随分と足元見られたりもした。
今は孫家の内部でも、此方を利用して利益を得るべき、という考えが立っているのか、緊張状態ではあるが、通商は維持されている。
なんでも、陸家の某という、眼鏡の色白美人が「おさかな、た~くさん買ってくださいね♪」という売り込みで、うちの買付けの連中に、無駄な程に買わせているとかいないとか。
しかし、やはり袁術さん所と違って、利益があるとしても、感情論やらの計りきれない切っ掛けで、戦争状態に為るか判らない所が、安心させてくれない。
信義に煩そうな孫家が信用為らず、油断できない袁術さんが、ある意味では信用できるとか、どういう冗談だよ。
それはともかく、太守殿に献策した、水賊連中の取り込みと、交易による経済振興は、一段落したと見て良いだろう。
儲かってるし平和だし、今直ぐに事態が、どうこうなるって事は無い筈。
ならば、時間も空いたし、ちょっと遊びというか、観光してきても良いんじゃないかね。
いや、単に水鏡女学院を見てみたいとか、思いついただけだが。
「ついでに慰安旅行でも、やってみますかな」
結構、無茶使いしてる事もあるしねえ。
一ヶ月くらい、休み貰ってもバチは当たるまい。
ということで、太守殿に面会を。
「失礼致します。 満腹でございます。
太守殿、少々宜しいでしょうか?」
「しばし、待て」
「畏まりました」
何やら、中で話し声がしてるな。
誰か居るのかね?
そして、待つこと数分。
「満腹、入れ」
「はっ」
入室し、拝礼。
「こやつが、金満腹だ」
名を呼ばれたので頭を上げると、太守殿の他に二人、此方を値踏みするように、視線を向けてくる奴が居る。
誰だ?
俺の疑問を読み取ったのか、太守殿が二人を紹介してくれた。
「満腹よ、こやつは儂の息子で黄射という。
そちらは、こやつが連れて来た者でな、禰衡という」
うわ、何だ。 その、誰も幸せになれない、組み合わせは!?
紹介された黄射と言う男は、太守殿のマイナーチェンジ・モブと言う感じで、よく似ている。
実の所、黄祖さんは、オッサンとはいえ、スカウトしたい程のバランス武将であり、そのマイナーチェンジであるというなら、黄射さんも優秀ということである。
で、禰衡さん……見た感じ、余り特徴という物は感じられない、地味な女性というのが一番の印象だ。
ただそれは、人形めいた美貌が、人間味を感じさせないからであり、一点を除いて存在感すら希薄な為だ。
そして、その一点というのが、目から漏れ出る嘲りというか、見下すような視線である。
表面上、取り繕っているが、ぶっちゃけ隠せていない。
ステータスは、知力と政治はそれなり以上だが、武力が低く、統率・魅力が致命的に低い。
武力が20とか30ってのは、軍師とか文官なら問題ないが、統率・魅力が一桁とか……女性武将で、初めて見たわ。
そんなやつ、モブでも居らんかったわ!!
とりあえず、人を使うという事が、致命的に駄目って、何に使えばいいんだ?
先ずは、そのコミュ障を、何とかしてこいと言いたい。
はあ、休暇貰いに来て、なんでこんな、ややこしい場面に。
「金満腹と申します。 禰衡殿の、お噂はかねがね」
軽く流しておこう。
「ほう、私の噂と申しますと?」
しまった、余計な気を引いてしまった。
「はい、其処此処の者が、色々と耳に痛い、お言葉を頂いておると」
「ハッ↑ 我は当たり前の事を、申しておるだけよ!!」
おいおい、私が我になったぞ。
しかも一瞬、非常に生気に溢れた表情になったし。
「左様でございますか」
「ふ、その様子では、満腹殿も数多の凡愚の内ということか」
「耳が痛いですな」
うん、相手するのがダルい。
「おお、そういえば、満腹は何用だったのか?」
険悪な中、黄祖さんが空気読んだ。
「はい、暫く暇を頂きたく」
「何?」
「ざっと、一ヶ月程ですが、荊州の内を見て回り、人材を求めてみようかと」
「ふむ、そういう事ならば、良かろう」
「ありがたく。 それでは、失礼致します」
こんな場には居たくねぇ。
さっさと、下がるに限るわ。
扉を閉めた後、禰衡さんが仕官がどうのと言ってたけど、聞かなかったことにしておこう。
せめて帰って来る迄の間は忘れておこう。