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さて、涼州勢としてのコンセンサスを取ってみたところ、馬家にしても、仮にも漢王朝が存続しているのであれば、あちらが要らんチョッカイを掛けてこないのであれば、現在の五胡の侵入に対する護り、という立場を維持するのに吝かではないということだった。
まあ、元々馬騰さんの姿勢って、そんな感じだったし。
で、あれば、その旨を中央に対して示すべきということで、正式に使節を送ろうということになったのだが、そこで少々揉めている。
董家としては、さっさと態度を示していたのと、前回の使節で、それなりの感触を得ているので、送るとしても、俺程度の人間が行っときゃいいんじゃね? 袁紹さんとも面識あるしって感じなのだが……。
「どうしてまた、馬騰さん直々に、使節として中央へ赴くという話に、なっておるのでしょうかな?」
この間の話では、それなりの立場のある人が、赴くってことだったんじゃ?
馬留さんとか、龐翼さんとか。
確か、馬騰さんは、病がどうのと言ってたんじゃ?
そんな、危うい上に、当主直々に動くのはどうかと。
ともかく、今になってもガチャガチャしている中で、なんとか話ができそうな相手を捕まえて、聞いて見ることにした。
傍で見ている感じだと、解決しそうな気がしないし。
で、騒ぎの中心で、馬超さんと馬騰さんらしき二人が、険悪なオーラを垂れ流してる脇で、オロオロしているのを確保したのが、馬岱さんです。
「お忙しい所をすみませんが、馬岱殿……どういう事に、なっておるのでしょうか?」
「え、あぅー、おばさま、お姉さまぁ……」
駄目だ、混乱している。
「どうぞ、お茶でも飲んで、落ち着いて頂けませんかな?」
とりあえず、落ち着かせるのに、甘いお茶を出して、手に取らせた。
「って? おじ様?」
「はい、満腹でございますよ」
とりあえず飲んで下さいと、有無を言わせない感じで押し付けると、茶碗をぐっと空け、ふぅと一息ついてくれた。
「あ、うん。 おじ様、久しぶり」
「落ち着いて頂けましたかな?」
「うん、ごめんね。
こんな、間際になって揉めちゃって」
「一体何が?」
「えーとね、本当は龐翼さんが行くって話で、纏まってたんだけどね。
おば様が急に、自分は隠居して、お姉さまに家督を譲り渡すって言い出して」
「ほう」
「其処までは良かったんだけど、使節の話は自分が赴くって」
「しかし、寿成殿は病状が思わしくなく、無理が効く状態ではないと、聞いておりますが?」
「そうなの、見た目は元気だけど、おば様、今でも体の調子は、そんなに良くはないんだ。
たんぽぽも、無理は良くないって言ったんだけどね。
おば様、「宦官連中の戯言とは違い、仮にも漢王朝を庇護し、上に頂くものとして、表面上かもしれないが、立てては居る袁紹に対しては、それなりの態度を示す必要がある」って、言ってね。
お姉さまに当主を引き継いで、自分が赴くって聞かないの」
それはまた……。
「確かに態度は示せますが、それで万一の事があれば」
「お姉さまも、それなりの態度が必要なら、当主になった自分が行けばいいじゃないかって」
「それはそれで、問題ではないでしょうかな?」
そっちも何かあったら大変だろ?
「だよね。 其処をおば様に突っ込まれて、お姉さまも引っ込みがつかなくなって」
どっちも自分がって事になってるんですね。
こりゃ、本気で決着つかないんじゃ?
「てりゃ!!」
「うぐぅ!?」
どうしたものかと悩んでいたら、突然の気勢と呻き声。
慌てて振り向いた所では、崩れ落ちる馬超さんらしき姿と、勝ち誇るように拳を突き上げる、馬騰さんらしき女性の姿……何してんだ、脳筋すぎるだろ。
其処からは、馬騰さんの一喝で話が決まり、本人が赴くことになったのだが……。
「宜しくね」
「こ、此方こそ、宜しくお願いいたします」
打ち合わせと言われて、此方の陣幕にやって来た馬騰さん。
柔らかい微笑みを向けられて、ドキドキする……物理的恐怖な感じで。
見た目、非常に若々しく、病に冒されているとは、思えない程の馬騰さん。
やはり、馬超さんとは親子と云うことで、よく似ているのだが、全体としてみると、常に力の入っている印象の馬超さんと比べて、落ち着きというか、余裕を感じされる雰囲気を持っている。
腰までの黒髪を、肩の辺りで一つにまとめ、馬超さんと共通項といえる太めの眉も、手入れの差か、弓を描いて女性らしい。
目元は若干垂れ目気味で、口元も柔らかい笑みを浮かべており、包容力を感じさせる。
衣装も処々の意匠は、馬超さんと共通しているが、熟れた女性の曲線と、スリット入りのロングスカートや、抑えた色調などが合わさって、年齢相応の色香を感じさせるものになっている。
だというのに、さっきの一撃で、俺の印象は、花丸付きの脳筋に定まっている。
さて、立場的には、馬騰さんの方が上位者として、此方としては、一行の頭に据えたいところなのだが。
「あら、もう私は隠居した身よ。 ただの荷物と思って貰って構わないから」
「いや、そういう訳にも……」
んな事を、言われてもなぁ。
こうなると、此方も戦力持ってった方が良いんだろうな。
正直、俺と護衛に蹋頓さんに丘力居さん、あとは若干のモブを連れて行くくらいしか、考えてなかった。
袁紹さんへの手土産は、袁三姉妹の見立てで、洛陽の方で準備してある為、此方は身一つでいい。
だから洛陽まで、割と強行軍で進む予定で、足の速さ優先の少数編成だったが、馬家の方が、こういう状態だと、そう無理もできないだろう。
何かあるとか考えたくもないが、イベン卜は向こうからやって来るもんだし、楽観視だとか、とんでもない。
こうなると、華雄さん辺りに、同行して欲しい所だが……。
「大丈夫よ。 何かあったらあったで、無理を推してまで、忠を示そうとしたって事にできるんじゃないかな」
かなって、小首かしげられても、くそ……ちょっと可愛い。
いやいやいや、その場合、馬家と董家でどうなるやら、当事者の俺の立場も、かなり厳しいんですが。
「世話を掛けるわ」
卓を挟んで、対面に座っていた馬騰さんが、此方にやって来て隣に腰を下ろす。
いや、ホントにマジで勘弁して下さい。
くそ、そんな「当ててんのよ」されても、くそ、柔らかい感触が。
「なんだったら、途中で一度、お相手してあげてもいいかな?」
ふっと息を吹きかけられても、それって、手合わせ的なことですよね。
ご遠慮申し上げます。
うぐぐぐぐ、正気とか我慢とか、色々と削られてる気がするぜ。
「まあ、貴方なら、いざという時にも、悪い事にはしないんじゃないかって、期待しているのよ」
「むう、そんなに買い被られましてもですな」
あ、いつの間にか忍び込んできたのか、馬岱さんが、視界の端でなんか、ブロックサインを……が・ん・ば・れ?
いや、判ってますけど。
「なに? 女と二人の時に、他の事を考えるなんて失礼よ」
身を乗り出してくるのに合わせて、当ててくる圧力が強くなった。
やばい、なんか知らんが、押し切られそうだ。
このまま押し切られたら、もしもの場合に、馬家の面倒まで背負い込む羽目に……。
というか、馬騰さん……己の寿命は此処までという前提で、今回の事に命を掛金として、ベットしてやがるんではなかろうか?
それで、何を思ったのか、俺に掛金乗っけてきてやがるんでは?
くそ、自分とこで面倒の片は付けてくれよ。
「あら、涼州合同軍の際は、うちの面倒にも、首を突っ込んでくれたそうじゃない」
「それはですな」
って、人の考えを読むなー!!
そんなに顔に出てるのか!?
なになに? は・な・の・び・て・る? うるさいよ!!
「たんぽぽ、少し黙ってなさいな」
軽く、馬岱さんに向けてのバックブロー、届く筈なんかなかったのに、不意に馬岱さんが仰け反って動かなくなった……気弾かよ!?
「ほら、まだまだ元気でしょ。 コフっ」
にっこり微笑む口角に、拭った血の気が赤く……だめじゃん!!
「どうしても、無理を推すつもりですか?」
「ええ、今、こうして動けるのも、燃え尽きる前の一時だろうしね」
判ってて言ってくるのは、本当にたちが悪いな。
とはいえ、断りきるだけの理由もないか。
正直、途中で死なれた所で、確かに、その忠を讃えることで、それなりの材料には出来る。
後々、今後の馬家当主である、馬超さんに恨まれるとしても、表立っては問題になることはないだろう……多分。
と、いうことであれば。
「はぁ、仕方ありませんな」
艶やかに笑う馬騰さんに、気力で押し切られたのだった。
何やら悔しい。
「それはそれで、構わないのですがな」
「あら、何かしら?」
どうせ、ここ迄の面倒を背負い込むなら、何かしらのメリットが欲しいところである。
「もしですな、無事に役目を果たした後、寿成殿が未だ余命を残していたのならですが」
「ええ」
「それは、やるべき事を終えている。 と、考えて宜しいですかな?」
少し、考える素振りの馬騰さん。
「そうね、そう言って、良いんじゃないかしら」
「であるならば、その時、一つお願いを」
ふむ、何を云うのかと、興味深そうな顔をしてるが。
「もし、そういう場合があったとして、私に出来る事は少ないわよ」
「いえ、無理な事を言うつもりはありません」
「なら、別に構わないかな」
「有難うございます」
それだけ、聞いとけばいいだろう。
「なんだったら、真名で誓ってあげるわよ」
「いえ、其処までは」
「いいわよ、迷惑かけるんだし。
それに、以前のことでは、感謝しているのよ。
うちのが頼りない所を、助けて貰って」
「……其処まで仰って頂けるのでしたら」
流石に断り難い。
「我が真名「碧」に誓って、金満福との約定を守りましょう」
「有難うございます」
最後が少々、大げさな話になったが、取り敢えずの方針は決まった。
基本的には、それなりに足の早さは維持しつつも、人数は増える感じとなる。
人員としては、董家からは俺。
董卓さん所から、華雄さんが来てくれるらしい。
ちらっと賈駆先生が、ボクも行った方が良いかなーとか、考えていたようだが、反董卓連合のフラグは折れたと思うが、実際の処は現状何が起こるか判らんので、あんまり洛陽には近づいて欲しくない。
幸い、馬騰さんが来る事で、官位的な偉いさん枠が埋まったので、賈駆先生の話は立ち消えた。
他のメンバーとしては、馬騰さんの護衛に誰かが来るらしい。
あと、こっちで準備する護衛に、蹋頓さんに丘力居さん。
華蝶仮面をやってる連中は、残念ながら未だ合流して来ない。
思った以上に時間が掛かっているな。
怪しい奴は複数だと言ってたが、どんだけ居るって話だ?
複数のプレイヤーが関わっているのか、それともまさかのチート指輪持ちかね?
死んじゃうと、忠誠激減でマイ外史出奔という、武将死亡のデメリットを無視できるプレイヤーが、周泰さんを一杯握って暗殺攻勢とか嫌すぎる。
そうだとすると、俺よりもゲームに慣れてて、有効な武将の使い方を出来る奴が、効率的にキャラクターを集めて居るって事なんだろうし。
周泰さんを決め打ちで、デメリット起こさずに複数ゲット出来るとか、ちょっと色々教えて欲しい所だ。
まあ、エロい事を控えて、顔に出さないってとこなんだろうけど、こんなゲームしてて、それはどんだけ紳士なんだよ。
って、ちょっと考えがそれてるな、修正、修正っと。
他に連れてく人員としては、袁家に対するアドバイザー的な感じで、田豊さんと沮授さんかな。
あとは例によって、モブ将の一隊を付ける感じである。
「それでは、参りますかな」
馬家からの面々がやって来て、顔合わせの後、出発となった。
馬家からの人員は、馬岱さんと、馬留さん。
馬岱さんはともかく、某糸目な龐翼さんの相方な彼が来ているのは、プレイヤー対策というか、俺への警戒だろう。
「さて、何事も無く、辿り着ければいいのですが」
俺は、なんとも言えない不安を胸に、洛陽へ向かって出発した。