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無駄になげぇ。
さて、少々困ったことになった。
何かというと、糧食が少々乏しい……原因はといえば、涼州合同軍だ。
更に言えば、馬家の連中が先走ったというか。
「いや、申し訳ない」
ニコニコと、胡散臭い笑みを貼り付けて、どこまでも軽い謝罪を吐く、某龐翼。
「うちの馬超さんも素直というか、まだまだ若いのですよ。
馬騰殿からも、痛い目にあって、一皮剥けて来いと云われておりましたが、これは本当に痛い経験になりましたね。 ハッハッハ」
ハッハッハじゃねーよ。
「いえいえ、今回の損害については、合同軍の解散時にキッチリと、精算させて頂きますので」
「いえ、其処の処については、信用しておりますが。
今の問題は、当面の糧食の確保についてですな。
この戦時、現地での補給は、なかなか厳しいものがあるかと考えますが」
ぶっちゃけると、割と地味な残党潰しに明け暮れている、涼州合同軍。
劉備、曹操、公孫瓚、この間は孫家も名を上げたのに焦ったか、中央のエライさんに、何やら上手い事云われて、馬超さんが合同軍の糧食の供出に頷いちゃったらしい。
民の為ですからー、とか云われても、簡単に信じちゃ駄目だろ。
この辺の事については、こないだ別れたばかりの馬家の二人組が、大慌てで此方に詫びがてらの報告にやってきたことからも、かなり急な話だったようで、若さと責任感、更に言うと焦りと己に対する自負で、色々と一杯一杯だった馬超さんを狙い撃ちにした、中々に上手い一手だったと言わざるをえない。
まさかの官軍プレイヤーに依る、ポイント稼ぎのファインプレーなのか、システムからのイベントなのか。
どちらにしろ、此方にしてみれば、なんというキングボ○ビー。
オマケに騎馬の多い涼州合同軍、かなり消費が激しい上、拠点からの距離が遠い為に、直ぐに次の補給を受けるということが難しい。
黄巾の連中の拠点でも襲えばいいのかもしれんが、騎軍ばっかで拠点攻めとか……だから、追討を買ってでながらの、地味な勲功稼ぎをしてたんだがなぁ。
「原因はともかく、ひとまずの息継ぎの分だけでも、早急に確保せねばと、ご相談に参った次第です」
確かにね……うちの分だけなら、ポイント購入とかで、どうにでもなるんだが。
「余裕の有りそうな所といえば、地盤の強い袁紹・曹操辺りでしょうかな」
ただ、曹操さんところは、未だ発展途上ということで、余剰はあるだけに越したことはないって感じだろうし、残る選択肢は袁紹さんとこか。
中央に頼ったら、どれだけ吹っかけられるやら、毟られるやら。
「しかし、袁紹・曹操といっても、伝手は……あぁ、一つ思い付きましたが……やりたくはありませんなぁ」
「何やら方策が?」
まあ、無くはない……というか、原作やってるプレイヤーなら、思いつくだろうに。
危険度は高いにしろ。
「我々も、出来る手段は取りますので、そちらも一つ、お願いできますか」
割と真面目な顔をされると、嫌とはいえないのは……高難度イベントに慣れてしまったせいなのか、厄介事に対する達成感でも感じているんだろうか……仕方がない。
「えぇ、この金満腹。
あざなに掛けて、兵の腹を空かせる等、許せませんからな。
仕方有りません、一つやってみましょう」
あぁ、やだやだ。
ということで、先ずは曹操軍を追っかけて。
「此方は涼州合同軍、金満腹と申します。 曹孟徳殿に、ご面会を願いたい」
一応の先触れは出しておいたが、突然といっていい来訪に、余り印象は良くないだろうな。
警備の兵が下がって、やって来たのは青髪の麗人。
ぐう、夏侯淵さんか。
ヘタすると、即バッサリな春蘭さんよりは、幾らかマシとはいえコエェよ。
「華琳様が、お会いになるそうだ」
どれくらい待たされるかとおもいきや、えらくアッサリと面会が叶うことになった。
曹の牙門旗のかかる、一際大きな陣幕に案内されると、その中からはキッツいプレッシャーの重圧が……意を決して踏み込むと、案内してきた秋蘭さんが玉座の脇に進んでいき、金髪クルクルの覇王様に、何事か耳打ちする。
「へぇ、金満腹とやら、先触れからは『間抜けが御慈悲を請いに来る』と、聞いていたのだけれど?
噂の錦馬超ではなく、貴方が来たという事は、どういう事なのかしら?」
ははは、バチョンさんェ……誰も間抜けとは、書いてなかったんだが。
既に、やらかした件の報告は、お耳に入ってるのね。
「申し訳有りませんが、今の馬超殿では交渉以前に、貴方様の文字通りの『餌食』になりそうですからな」
主に百合的な意味で。
ホウ、と覇王様の目が細められる。
殺気という奴が、物理的に感じられるほどのプレッシャー。
一番きついのが、バッサリ春蘭さん。
その右手は最初っから、剣に掛かりっぱなしです。
その他といえば……え? 左目にドクロ眼帯した侍がいる……なんか、柳生十兵衛ちっくな奴だ。
そして、金髪ドレッドのなんだ? 腕に手甲、レガースにレスリングパンツ? ドクロマークのチャンピオンベルト? オマケに上半身裸の上からフード付きのコート……全く訳が判らないよ。
「面白いわね。 それで、貴方なら餌食にならないと?」
「いえ、私などでは、孟徳殿の無聊を慰めるどころか、お怒りを買うのが関の山でしょうな?」
「それが判っていて、貴方は何をしに来たのかしら?」
ははは、此処が正念場かね?
知力に150、政治力に150、魅力に100叩きこんでと。
「文字通り、貴方のお怒りを、買いに来たのですよ。
袁本初殿との交渉に、あなたの名前を使わせて頂くのに、如何程が必要でしょうかな?」
ニヤリと笑ってみる。
「なるほど、麗羽の処で、私の名前を使って交渉をね。
比べられる事での優位を示してやれば、麗羽のことだもの、いくらでも条件を引き出せるでしょうね。
だからといって、私の誇りを、交渉の道具として、売り渡せというのかしら?」
ニヤリと返された。
ブースト効いてないのか?
まあ、能力値 100、100、80じゃ、微妙か上回れてないか、相手が相手だし仕方ない。
そして、春蘭さんの剣が、何時の間にか抜かれていた。
だが、まだ終わらんよ!!
「ふむ、残念ながら、この対面の時点で、私の負けはないのですよ。
死ねば重畳、一番安く片付きますな」
その時点で、袁紹さんとこの交渉に、俺自体の死が、曹操さんの狭量の現れなんて云う、割りと嫌らしい材料として使えるんだと、目で訴えてみる。
だから殺すのは勘弁ねと。
「ならば、その願い叶えてやる」
って、おま、条件反射で殺しに来るなぁ!!
それでも悪足掻きに、振り上げられた七星餓狼に、ニヤリ笑って一歩踏み込む。
「春蘭!!」
強い声が響く。
瞬間、あの関羽さんですら刃を止められなかった筈の間合いで、ピッタリと止まっている七星餓狼。
流石は春蘭さん、愛のパワーで慣性の法則も無視するのか。
「やめなさい、そいつには使い道があるわ」
「これは、高く付きそうですな」
冷や汗が止まらねえ。
「さて、何とか生き残りましたな」
からくも、第一段階は完了。
あのあと、条件を着けられて、名前を使うことを許された。
何かといえば、ついでに曹操さんとこの物資も、買ってこいと。
体の良いパシリみたいなもんですな。
まあ、その分の金は預かっているので、無体な条件じゃないんですが、うちの購入予定の三倍近い量の購入ですよ。
実の所、必要な物資は在ったものの、誇りが邪魔して云々という事情があったらしいので、俺のタイミングは、たまたま幸運だったということなんだろう。
因みに金を持ち逃げしたら、春蘭さんが追いかけてくるらしい。
こえぇよ!! 逃げねぇよ!!
しかし、上手く行ったからといっても、もう二度とやりたくないな。
なにかしら、イベントでもあるかと思ったけど、好感度らしきものは一切上がらなかったよ。
むしろ敵対度が上がったよ。
ここから、曹家を叩き潰すくらいしないと、次のイベント進みそうにないよ。
まあ、気を取り直して、袁紹さん所に、行くとしますか。
たのもー!!
あ、根回ししとかんとな、調べてみると、色々と人が居るらしい。
有名どころの軍師やら、軍師っぽいのとかやら、沮授・田豊・審配・許攸・郭図・逢紀・辛評・陳琳とか多すぎ。
流石にこれだけ居ると、纏まるものも纏まらんのではないだろうか?
袁紹さんだと尚更に。
ともかく、沮授・田豊辺りは無駄だろうけど、他の連中には賄賂諸々、それとなく通用しそう。
そうすれば、数が多いだけで駄目な方が勝っちゃうことも、良くある話だかんね。
「私は涼州合同軍、金満腹と申します。 袁本初様に、お目通りを願いたい」
流石に、此方は本拠アンド伝統諸々のせいか、面会にえらく時間が掛かった。
前もっての調べ等も、行われているんだろうが、その時間に根回しも進むし、悪い事ばかりでもない。
「本初様よりの、御召しでございます」
つらつらと考えていると、メイド服? と、言うよりかは、某ロッテンマイヤーさんっぽい、地味というか野暮ったい格好の、キツイ目をした疲れた感じの年配の女性――いや、見た感じ、野暮ったいけど、素は美人だと思うのだが――が、呼びに来た。
「これは、ご丁寧に有難うございます。」
歓迎されてなさそうだったので、きっちりと礼をする。
一応、魅力に400入れて、様子を見てみると、驚いたような顔をして、ハッとした様子で目をそらされた。
先を進む女性に、ついて歩く……めっちゃ広い。
もう数分は、歩いているのに、折り返して曲がった感じもないのに。
いい加減、変化に乏しい光景に疲れてきた頃、大きな扉の前に厳重な警備の敷かれた一角が目に入った。
「あちらにて、お待ちでございます」
そう言い置いて、退がりかける女性に興味が湧いた。
恐らく、それなりの人なんじゃないだろうか?
名前を聞いてみようか?
「失礼ですが、貴女は?」
「はい、田元皓と申します」
げっ、田豊!? ジャーンジャーン!!
地味にヤバくないかね? なんで、こんな所で。
一寸した詐欺なだけに、先を読まれて、根回ししてる連中に対処されると辛いんだが。
「ご心配なく、今の私は、唯の行き遅れた、しがない女官でしかありません」
フフフと、魂が抜けそうな自嘲の笑み……。
「私の策とも言えぬ策など、見抜いておいでのようですが?」
「他の者も気付いているでしょうが、しっかりと毒が回っているようで、危うく此方が、また牢に放り込まれる所でしたわ」
なんか、魔法のステッキ取り出して、もうどうにでもな~れ♪ とか、クルクル回り出しそうな感じの、フフフ笑い。
どうやら根回しは、しっかりと出来ているらしい。
「策の成否とは違う所で決着が付きましたわ。
私にしろ沮授にしろ、地味で野暮ったい、キツイだけの女は、何をやっても駄目なのよ」
あー、大分キてるなあ。
つか、沮授さんも似た系統なのか?
属性で云うなれば、行き遅れ系スッピン家庭教師とかだろうか?
「それでは、私の元に参られませんか? 私にしてみれば、貴女は十分魅力的ですよ」
「……!?」
あ、真っ赤になって、走り去ってしまった。
おっと、流石に中の袁紹さんを待たせるのも拙い。
「袁本初様、この度は、ご機嫌麗しゅう。
私の無作法な来訪にも、名家の持つ優れた伝統と、華麗なる威光を持って、お迎え下さり、この金満福、感嘆の極み」
「オーっホッホッホ、袁本初ですわ。
何やら願いがあるとの事、慈悲を持って、聞いて差し上げますわよ」
ふむふむ、やっぱり、美人ではあるんだよなぁ。
「それでは、先ずは此方に伺う前に、曹孟徳様に依頼した事について、お詫びを」
「あら、そうですの?」
げ、ゴキゲンが急降下した。
でも、先に言っとかないと段取りが。
「実は成り上がりの身で、名族たる袁家に目通りするのが、恐れ多かったのでございます。
そこで、先に曹孟徳殿に……しかし、残念ながら、そのような余裕は無いと」
「あら、まあ華琳さん如きでは、他に施す余裕などありませんわね」
ほーっほっほと高笑う袁紹さんに被せて、よよよと胡散臭い泣き真似をしてみる。
「どうか!! この哀れな男に、寛大なる慈悲を。
されば、袁家の雄々しく、華麗なる威光の轟きを、遠く涼州まで、響き渡らせましょうぞ!!」
ここで、魅力に運400叩きこんで、土下座からの感涙の笑顔を!!
「っ!! 見事な覚悟ですわね!!
いいでしょう、貴方の望むようになさいまし!!
おーほっほっほ」
「ちょっ、麗羽さま~」
それだけ言って袁紹さんは、さっと裾を払うと、引っ込んでしまった。
顔良さんが、慌てて追いかけていったが、考えていた段取りとは違い、えらくアッサリと終わってしまったな。
厳しい突っ込みと、根回ししてた連中の援護で、喧々囂々やらかす予定だったんだが。
もしや、俺にも多少は華麗さか何かに通じるモノが、出せたということだろうか?
ともあれ、許可は頂いた。
「此方へどうぞ」
呼び掛けられて振り向くと、さっきの田豊さんと同じ様な女官服で、やはり地味でモッサリした感じの女性が……もしかして、沮授さんかね?
とりあえず、連れられて進む。
「お見事です」
さして感情を感じない声。
「ああ、もしや沮授殿ですかな?」
字のヘルプが出て来なかったか。
「ええ、田豊に会いましたか?」
「はい、中々に怖い方ですね(疲れて切れかけてる感じが)」
「それを感じた上でなお、単身乗り込んでくるとは……勝てぬ訳ですね。
あの場では、私以外にも、儲けを引き上げようとする連中が、手ぐすね引いて貴方を待っていたのですが」
「その辺りは、貴方がたを封殺する為に、有象無象の数を持って望みましたからな。
多少の餌は、必要経費のうちですな」
「そうですか」
「ところで、貴女は今の現状に、満足されておりますので?」
粥はコッソリとは啜れないので、御札タイプの消耗品を使って運を回復させる。
人通りの途切れた所で、魅力に400叩きこんで、そっと壁に押し付ける。
「何を?」
「正直な話、貴女がたが袁家から居なくなることで、曹孟徳殿の伸長が抑えられなくなるのは怖い。
だが、現状を鑑みて、貴女がたを残した所で、無為に埋もれるだけに思えます。
ならば、奪ってしまうのも、有りではないかと」
「う、うば!?」
「この地で足掻いた所で、無為に無為を重ねて最後に敗北し、忠烈沮君とでも名を残しますかな?」
うわ、俺は何を言ってんだ。
とんでもない皮肉だぞ、ぞれは。
あ、凄まじい目付きで、こっち睨んでる。
「わ、私が……どれだけの事を、積み上げて来たと。
それを無為だという貴方は、一体何様だと云うのですか!!」
うわ、そりゃ怒るわな。
だが、ここで終わる程、ブーストした補正は伊達じゃない!!
「私は……美しい女性と素晴らしい才に目の暗んだ。
いいえ、恋して狂った、哀れな男でございますよ」
何いってんだ俺。
「な……な、なにを」
流石に、空いた口が塞がらないって様子。
ならば、そこを塞ぐ。
「ん、むぅ」
うん、中々に素晴らしい。
腰は細いし、胸の感触も結構な代物。
やはり、だぶついた、体の線の隠れる格好のせいで、隠されているだけだな。
あ、抵抗が弱くなって……あ、持ち直した。
仕方ない、ここは諦めるか。
「やはり、貴女は素晴らしい。
恐らくは田豊殿も……何がどう有っても、手に入れたくなりましたな」
開放されて、此方を睨みつけながら、飛び退るように後退ろうとして、沮授さんの腰が落ちた。
「無理は、なさらない方がいい」
「こ、こんな無体な事をして、ただで済むと」
「ええ、これは、貴女に誘惑されたのですから」
「な、何を……まさか」
そう、沮授さんと田豊さんは、俺の行動を妨害しようとしている。
それは、根回しした連中の、共通見解であり、俺がそう騒げば、数の暴力で真実をねじ曲げてくれよう。
ぶっちゃけ、それなりの追加報酬は、必要になる事だろうが。
「そ、其処まで」
「ええ、偶然の結果とはいえ、機会を掴んだのです。
手放しはしませんぞ」
「あぁ、そんな」
くっくっく、あぁ、なんか悪い顔してそうだな。
「さて、どうですかな? この逃げ場のない状況。
聡明な貴女には、余計に堪えるでしょう」
自分で勝手に逃げ道を塞いでいってくれる感じだしねぇ。
「あ……ぁ……」
力無く、ガックリと崩れ落ち、項垂れるままに、身じろぎもせず。
か細い啜り泣きが聞こえる……最低だ、俺って。
まぁ、今更ですが。
「どうでしょう、この地は既に、貴女にとっては死地でしかありません。
この手を取り、楽になっては如何ですかな?
ああ、いけない。 先ずは涙を拭いて。
それに、このような場所で座り込んでいては、体が冷えてしまいますな。
まずは、気付けに此方を。
甘くて飲みやすいですが、少々きつい酒精ですので、少しだけ。
さあ、お立ちになれますかな? あぁ、無理ななされませんよう。
そうですな、口直しに此方の飴を、甘くて落ち着きます・
さぁさぁさぁ」
と、何気に忠誠上げ関連のアイテムを、飲ませたり食わせたり。
意外と勢いでも、受け取らせられるんだなと思いつつ、そろそろかなとタイミングをはかる。
「さて、先ずは人目の無い、ゆっくりできる場所は御座いませんかな?」
腰を抱き、身体を支えながら、そう問いかけると、沮授さんは声にならない声で「はぃ」と呟き、先を示すように歩き出した。
正気なら、そんな馬鹿なことはしないだろうに。
暫く歩いて、人気のない部屋に入り、沮授さんを座らせる。
沮授さんも、落ち着いたようで、俺の出したお茶をすすっている。
まあ、これも忠誠上げのアイテムだったりするが。
「さて、そろそろ、お考えも固まりましたかな?」
虚ろな目で見返してきて、コクンと頷く沮授さん。
どうやら、俺の説得が効いたようですね。
たまたまの結果とはいえ、逃げ場のない状況を押し付けて、身の危険で心を折る寸前まで追い詰め、その後に緊張を解き、生まれた心の隙に、違う価値観を押し付ける。
見事な説得ですね。
「それでは、この手を取ってくださいますか?」
手を差し伸べ、そろそろと伸ばしてくる沮授さんの手指に、指輪をはめる。
「さあ、これで、貴女は私のものだ」
「はい」
何かのつかえが取れたような、余分な力の抜けた笑み。
ただ、頑張り過ぎで力の入ってた、某白蓮さんの時の、自然な笑みとは違って、地味な野暮ったさの中に、何やら危険な妖艶さが覗いているような、なんだか抜けちゃいけない所の力が抜けちゃった感が……。
「やはり、貴女は美しい。
なれば、美しい花は摘まれるのが定め。
貴女が、私に奪われるのは、逃れられぬ運命だったのですよ」
沮授さんの頬に手をやり、そこから首へ、肩へ、胸を、腰へ、手を滑らせながら、目を強く見詰める。
上気した顔で、此方をコクリと頷き、見つめ返す沮授さん……どうしてこうなった。
「それでは、もう一輪、摘みに参りましょうか」
そう促すと、沮授さんはすっかり変わってしまった笑顔で、田豊さんを陥れるべく、そうするのが正しいことだと言わんばかりに、先を進んでいってしまった。
そして、微妙に先の接触で、仕込み入っちゃってたのか、割とアッサリと、田豊さんも手に入ったのだった。
「さて、これで……じゃあ、ありませんな」
本命の仕事忘れてる。
「とはいえ、袁家軍師の二人が我が手にあれば」
「申し訳有りません、旦那さま」
「私どもでは、余りお役には」
え?
「実は、女官程度の仕事に、押し込められておりましたので」
ああ、窓際だったんですね……ありゃまあ。
「ということであれば、まともに進めるしか無いですな。
とりあえずは、その辺の仕事を纏めてそうな、顔良殿に」
「此方になります」
さすがは、案内に慣れてしまっている二人、迷うこと無く、この広い城の中を進んでいく。
そして、取次の手続きをして貰い、暫くして、顔良さんに会うことが出来るのかと思いきや。
「あぁ、斗詩から『好きにして下さい』ってさ、あれ? 気分悪いのか?」
「いえ、少々頭痛が……失礼しました」
「気をつけろよ、それじゃ、伝えたかんな」
去っていく、文醜さん……隣で同じように、頭を抱えている二人。
顔良さん、一体どうしたのか?
「どうやら、胃痛が振り切ったのでは」
「極稀によくある話です」
となると、誰に交渉すればいいんだ?
「一応、担当官は存じております」
沮授さんと田豊さんが居なければ、交渉以前の所で躓いていたんじゃなかろうか。
なんとか、交渉相手というか、伝える相手を見つけて、袖の下を渡して、必要量を定価で購入した……うん、金余ったな。
大体、うちの分の見積りは倍値で、曹操さん所は、今はまだ糧食管理とかしてるだろう、ネコミミさんの見積りが正確なのか、単なる曹操さんの嫌がらせなのか、六割増しくらいの予算を持たされていた。
このままお釣りを渡してもいいが、多分曹操さん所は、金よりも物資が欲しいだろうし、うちも出来れば余裕がほしいな。
しかし、今から追加で購入、というのも怪しまれるかもしれない。
それならと、余計な値上げされても詰まらんからな。
これは、おまけ分だし、その辺の商人からの購入でも良いか。
「マトモそうな商人の噂は、ご存知で?」
「それなら幾つか」
雑雑とパシリさせられてたらしい、田豊さんの案内で、行き付けの商人の所へ……。
「いらっしゃいませ~」
「は?」
金髪のメガネが客引きをしている……いや、それはいいとしても、さっき見たような顔が三人、店先でうろついている……ようは、袁三姉妹がいたわけで。
「何をしているのですかな?」
「商店のお手伝いですのよ」
「働かざる者、食うべからずというものね」
「我々が手伝いはじめて、この商店の売り上げは、三倍に伸びています」
何をやっているのやら。
「そろそろ、暖簾分けが見えていたのに、残念ですわね」
「別に、このまま続けていただいても、構いませんのですがな」
暖簾分けってあるのか?
ともかく「意地悪は云わないのー」と袁熙さんが、突ついてくるので、一旦話を戻すことにした。
「それで、どんな御用ですか?」
冷静な袁尚さんに、物資の購入を考えていると伝えて、予算を提示する。
「今の物価なら、これくらいですね」
「あら、結構サービスしてますわね」
「一応の儲けは含んでいるみたいだけどねー」
「義理と忠誠のバランスですから」
袁譚さん袁熙さんの、茶化しに動じないのは流石だ。
袁尚さんに示されたのは、約八割増しの値段。
流石に戦時に向かって、出し渋りが出ているらしく、これが一杯とか。
地味に、曹操さんとこの予算が、見積り割りこんでてヤバかった。
ああ、上手く行って良かったよ。
これで、うちの方では五割増し、曹操さんとこには、三割増し強の量を確保できる。
まあ、金の分だけ、物資がある袁家領パネェな。
それじゃあ、樊稠さんと曹操さんとこに、荷物取りに来るように、連絡飛ばそう。
数日後、樊稠さんと、商人に偽装した曹操さんとこの人が、荷物の引き取りにやってきた。
「満腹殿、流石ですね。 これだけ有れば、次の補給が届くまで、なんとか凌げます」
ちっ、龐翼さんまで来てたのか。
「満腹、物資の移送は、私が間違い無く届けるが」
「樊稠殿?」
何かを言いかけた樊稠さんが、視線をずらして目配せした。
そちらに向き直ると……ゲッ荀文若!? ジャーン・ジャーン!!
「あ、ネコミミ軍師」
ポツリと龐翼さんが呟いた。
うん、プレイヤー確定。
「ちょっとアンタ、何勝手に見てるのよ。
変な病気が感染ったら、どうしてくれるのよ、この根暗糸目!!」
「ぐはっ」
あ、根暗糸目が崩れ落ちた。
単なるアバターのことにしては、ダメージでかいな。
もしかしたら、結構リアルに合わせてるのかね?
ま、それにしても、耐性が甘い。
あれ程度の事で、ダメージを受けていては、ネコミミさんと会話すらできん。
「これは、お疲れ様です。
確か、荀文若さ「うっさいわね、さっさと荷の引渡しをしなさいよ!! 戻ったら孟徳様に真名を捧げて、あんなコトやそんなコトや……」おや、まだ取り立てられて、いませんでしたか?」
「ヒクッ!?」
へ? あら、なんかイラン地雷を踏んだか?
「えぇ、折角の時には、陰険片目が邪魔してくるし、半裸の変態は、蹴っても埋めても言い寄ってくるし、何なの? 馬鹿なの? モーイヤー!!」
頭抱えて蹲った。 なんか、色々あるっぽいな。
そのせいで、一世一代の賭けが邪魔されたんだろうか?
なんというか、哀れ過ぎる。
もう少し、考えてやれよ、曹家プレイヤー諸氏。
「と、ともかく、此方が引渡しの目録です」
「……」
無言で受け取るネコミミさん。
受け取るときには、なんか何やら凄い厳重に布で包んで、直に触るのがそんなに嫌なのかって感じで、巾着に入れてしまった。
なんとも此方が無言になる感じだ。
「そ、それでは、お疲れ様でした」
なんとも言えない空気に、その場を辞して、樊稠さんの所へ向かおうとしたら、後ろからネコミミさんが、死亡フラグを告げてきた。
「アンタ、孟徳様が報告に来なさいって。
別に嫌なら来なくても良いけど、とも仰ってたわ」
行かないと、春蘭さんが解き放たれるんですね。
「判りました、伺わさせて頂きます」
「それでは、我々は物資を運んでおきますので」
何時の間にか立ち直った根暗糸目が、いい笑顔でサムズ・アップしてきやがった。
「……よろしく、お願いします」