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はい、ズルズルと下っ端役人として、仕官する事になりましたよ。
というか、仕事増えると辛いので、下っ端にして下さいと、お願いしたんですがね。
「ふむふむ、太守職の下に居た、幽州の時よりも、見る範囲が狭いのはいいんですが……」
所詮は周囲も貧しく似たような環境なので、近場での物資の遣り取りとかで、皆で幸せになろうよーってのが難しい。
土地柄にバリエーションがあるというのは、それだけで大きいメリットだったんですねえ。
少なくとも、近くに金持ちがいれば、お情け貰うだけでも大分違う。
プライドでは腹は膨れない。
しかし、みんな平等に貧乏とか、どうしろと。
いや、都に向かう連中は金持ってるんですけどね、地元に落として行かない。
というか、落とさせる産物がねえ。
有るとすれば、馬くらいなんだけど、塩並みに制限かかってて勝手できないとか、無駄なとこにリアリティ求めるよね。
とりあえず、食い物関連で遣り取りのある、益州・荊州からの商人に優遇措置を取っては見るものの、中途半端に中央にも近いので、そちらの偉いさんに鼻薬嗅がせた連中もやってきて、激しくうざい。
いやまあ、接待するのに吝かではないんですよ?
それなりに力が有って、こちらにも利を持って来てくれる人ならね。
ただ、権威を傘に来て、たかりに来るだけの連中が多くてねぇ。
「後ろ暗い片付け事に、費用が嵩んで面倒この上ありませんなぁ」
あぁ、やだやだ。
荒野の土が肥えてしまいますがな。
「ちょっといい?」
トントンとノックしつつ、開けっ放しの扉から李儒さんが顔を出している。
「これは文優様、なにか?」
「何って訳じゃないけど……あなた、無理してない?」
ふむ、割りと平常運転です。
「特には、これといって。 多少接待で、腹が出ておりますかな?」
ハッハッハと笑ってみる。
「ここまで、汚れ仕事を任せておいて、言えることじゃないけど。
貴方、何者?
ただの商人上がりで、ここまでやれるなんて、只事じゃないわよ」
「本当に、今更な話ですな。
私は、ただの流れ者でございますよ。
何か有りましたら、闇に消えるのみでございます」
一人なら、どうにでも為る感じですな。
「貴方ね、ここ迄やらせておいて、そんな事が通る訳ないでしょ!!」
汚れ仕事の代名詞みたいな李儒さんに、そんな事を言われるとは思わなかった。
「ふむ、上に立つ者としては、こういう汚れ仕事をする者には、配慮は必要ですが、割り切りも必要ですぞ」
「それが出来るなら、結も私もこんな所には来ていないわよ!!」
地元だろうに、こんなとこ言うなし。
「ふむふむ、中々に難儀な物を、背負っておいでのようですな」
「……まぁね」
やっぱし、お家騒動?
「確か、涼州董家といえば……董仲穎殿の名を聞きますが、もしや?」
「ええ、結の姉よ」
何気に、真名連呼するのやめて欲しい、ポロッとこぼしたらどうする。
つか、董旻さんの真名は結さんですか。
「ふむ、叔潁殿は中央の汚穢を避けて、この地にいらしたのかと思っておりましたが」
違うので? と、視線を向けてみる。
「まあ、あの子に中央の権謀の中を、泳ぎ抜ける強さはないけれどね。
それでも、こんな田舎の県令に、押し込められる程のボンクラじゃないわ」
「それは確かに。 叔潁殿には中々の徳を感じますし、文優殿もいらっしゃいます。
此処にて見たところ、辺境の謀士と名高い賈文和と比して李文優殿の才。
けして劣るものとは思えませんな」
あ、なんか、地雷踏んだかな? 李儒さんの顔が引き攣っている。
何やら怖い顔で、口だけがフフフと笑う。
「か、カカカ、賈文和……ふふ、ふふふ、ふふふふふ」
何があったのやら。
暫くして落ち着いた李儒さんに、お茶出しておく。
「あ、美味しい」
「それはようございました。
さて、話を纏めると、董家の中での確執、ということですかな?」
李儒さんの綻んだ顔が、再び顰められる。
「そう言って、大きな間違いはないわ。
結の優しさと、私の間抜けさのせいよ」
「ふむ、ご自分に厳しいのは構いませんが、ご自身を責めるのは程々に。
叔潁殿が泣かれますぞ」
「む、そうね。 忠告はありがたく頂くわ」
両手で杯を持って、チビチビとお茶を飲む、李儒さんが可愛い。
「ともあれ、私に気を使う必要は、ございません。
これでも好き勝手、やらせて頂いておりますし、今の仕事に満足もしております。
文優殿が、この地を富ませるというのであれば、そのように。
打って出るというのであれば、そのように。
この金満腹、お付き合いいたしましょう」
まあ、今の所、地味な作業とはいえ、それなりに楽しんでますかんね。
やっぱ、内政とか作業ゲーが好きなんだなぁ。
「……永よ」
「それは」
「良いのよ。 ボクの真名を預ける」
えー? いつの間に、そんな好感度を?
「だから、お願い。 貴方の力を貸して」
「微力ながら」
礼を持って一礼する。
そして、指輪を取り出し、手渡した。
さて、董旻さんが君主なのかと思ってたが、ロックをスルーして李儒さんに指輪を渡せたということは、どうやら大きなくくりの中では、ここも董卓閥の一員という事になっているらしい。
しかし、なんだか忠誠度低かった感じ。
いきなり、まさかの軍師ゲットに、気抜けの感が。
どうやら、NPCの勢力も、けして一枚岩って訳じゃあないらしい。
とはいえ、今の所、大きなイベントも無さそうなので、様子を見ようと思う。
つか、うちの連中は何処に居るんだ?
いい加減、仕事を初めて、二ヶ月程も経つのだが、一向に合流してくる気配がない。
ここが田舎過ぎて、見つけられないとか?
こちらから、探さなければいかんのか?
それとも、何かしらのフラグ建てが必要なのか?
まあ、一人で動いているのも、初心に帰る感じで新鮮ではあるのだが、人手があれば、もっと色々と出来る事が増えるかんね。
そして、更に数ヶ月、併せて半年くらいに為る。
どういう事だ、この野郎、動きが無さ過ぎるわ!!
「どうしたの? 変な顔をして」
お茶してる最中に、思わずモヤモヤが顔に出てしまったか、李儒さんに見咎められた。
なんか、もう呼び捨てにされる程には、仲良くなりましたよ。
「いえ、つい儘ならない色々に、思いが巡ってしまいましてな」
「へぅ、申し訳ありません」
ここの所、お茶会に参加するようになった董旻さんが、余計に気を回して、へぅと鳴く。
「いえいえ、叔穎殿の、お気に為される事では、ありませんよ。
実は知人を探して、手を回しておるのですが、一向に手掛かりが見つかりませんでな。
この辺りに居るのは、間違いない筈なのですが」
「へえ、その知人とやらも、表に出ない賢士とやらなのかしらね?」
えらい持ちあげられようだ。
むう、賈駆先生と同じ様なパーソナリティの割に、原作主人公に対するより、当たりが柔らかいよねぇ。
最初の出会いと年齢差と、董旻さんとの付き合いを、淡々としているからかね?
それはともかく、この近々の事を、掻い摘んで話してみようか。
まず、中央からのたかりについて。
考えてみれば、涼州の太守職なりを握ってるのって、董家じゃねえかよ。
と、云うことに、遅まきながら気がついて。
董家に力がなくて、たかりを払えないというなら仕方がないが、そういう事もない筈なので、つまりは誰かしらの、嫌がらせか何かじゃないだろうかと。
で、董卓さんが、そんな事をするかといえば、少なくとも原作通りのキャラなら、無い。
やるとしたら、賈駆先生だが、それにしてもセコ過ぎるので、これも無いだろう。
ということなら、どこぞのモブの仕業なんだろうと検討をつけ、足取りを追って身元を割り出し、証拠諸々整えて、李儒さんの名前で賈駆先生に送りつけた。
流石の李儒さんも、この「あんた、足元がお留守だぜ」的なメッセージが送られた賈駆先生を、気の毒そうにしてたっけな。
隔意のある李儒さんですら、そう感じるということは、本人の気分は、さぞかし……さぞかし。
でも「文優殿の名前で送りましたよ」と伝えると「何をしてるのよ!!」と、割と本気で殴られた。
お互いに弱みを握り合っているので、下手に相手を殴ると自分も痛いんだそうな。
しかし、それだけに効果覿面で、これで綺麗に、たかりが止まった。
こうなると、大分仕事が浮く。
地元と商人の連中で、こちらとの持ちつ持たれつの範囲で、我慢できなくなった連中を、時折片付けるだけで済むし。
うん、黒いな。
どう考えても、普通の文官の仕事じゃありません。
つか、どこで、こんな適正が湧いて出たし。
最初に普通に時間進めただけで、こういう作業を始めたんだぜ。
今までの悪行が、しっかり身に付いているって訳なんだろうか?
まあ、そんなこんなで、要らんちょっかいを避ける手間で、多少なりとも商売で儲けが出て、台所が楽になった。
とは言っても、全体として足が出なくなっただけで、儲けが出てるわけじゃないんだが。
「それでも何かを、誰かを捨てなくても生きていけるという事は、とても素晴らしいと思います」
董旻さんが、珍しく饒舌になってくれるくらいには、成果が出ているようだ。