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なんというヤクザの手口……。
七日目、昨日の人数を振り分けるだけで、一日が終わりそうな程に忙しかった。
騎馬隊は全数を出して、荷物を投げに行ったが、黄巾の連中の警戒に、近づくことが出来なかった。
そんな中、この周の鈴々さんが「桃香姉ちゃんを助けて欲しいのだ」と、泣きながらやって来た。
ここ何日か、昼間の鬼気迫る仕事ぶりは見かけたが、夜も眠れていない様子で、思った以上に参っているらしい。
あの小芝居が、こんな事になるとは……かなりな罪悪感。
このままだと、黄巾との決戦に差し支えそうなので、そろそろ方を着けるべきなのかもしれない。
「ですが、どうしたものでしょうな。
鈴々殿……もし、私が玄徳殿の夢を諦めさせたとしたら、どうなさいますかな?」
「今のお姉ちゃん、見てられないのだ。
それに、何も出来ない鈴々には、何も言う事なんて出来ないのだ」
ああ、もういじらしいなぁ。
思わずカイグリカイグリしてしまう。
「判りました。 何とかしてみましょう。
だから、泣かないで下さい」
「おっちゃんが甘やかすから、鈴々は泣き虫になってしまったのだ。
だから、お姉ちゃんも、甘えさせてあげて欲しいのだ……」
張飛さんは、基本的には此方側に取り込めているから、問題はなさそうだ。
趙雲さんも、こちらにしか目が向いてないので、問題はないだろう。
つか、劉備に目が向かない趙雲さんって、どうなのよとか言ってみたくはあるが、色々やらかしてるのはこっちなので黙る。
「問題は雲長殿ですか……まあ、会ってみるしか有りませんが」
どうも、此方の演技というか、ロールプレイ効果と、運400込めの魅力付きで、睨みつけたせいか、此方の意見を無視できないようになっている様子。
ならば、今のうちに事を運んだ方が良かろうという事で、早速に会いに行ってみる。
「雲長殿!!」
義勇軍と難民の混成軍を指揮している、忙しそうな関羽さんには悪いが、こちらに付き合って貰おう。
「満腹殿? どうされました?」
「いえ、少々で宜しいのですが、お時間を頂けますかな?」
「そうですね、判りました。 少々お待ち下さい」
関羽さんは、周りの連中に幾つか指示をしてから、こちらへ戻ってきた。
「どういった、お話でしょうか?」
「玄徳殿のことです」
「っ!?」
流石に表情が険しくなるか。
「できれば、桃香様の事は……」
唇を噛み締めて俯いてしまった。
こちらもこちらでで、随分と煮詰まっているらしい。
「どうやら、まずは雲長殿と、話をする必要がありそうですな」
「……」
さてどうしたものか。
「よろしければ、私の天幕まで、ご足労を願えますかな?」
「判りました」
「まずはどうぞ、温まります」
生姜湯に蜂蜜入れたものを、二つ用意。
関羽さんを、起こした火を囲むように卓を並べた一つに促し、生姜湯をすすめた。
「温まりますね」
「疲れている時は、甘い物が宜しいですよ」
「はい」
ほっとしたのか、強張っていた表情に、微かに笑が見えた。
「多少は、気が紛れた様子ですな」
「……」
「実は、この先の事なのですが、玄徳殿を私の元に迎えたいと考えております」
「それは、どういう意味でしょうか?」
一瞬で緊張状態に逆戻りですね。
「言葉通りの意味ですな。
この後、義勇軍の兵と併せて、引き受けようという事です。
幽州刺史殿の事も併せて、此方で話を請け負います」
「いえ、それは……」
「何か、ご懸念でも?」
「……何故? と、お聞きしても?」
不審気な様子で此方を見る関羽さん。
いや、話自体は悪い事ではないと思っているのか、不審と言うよりも不安か?
期待を裏切られるのが怖いという感じかね?
「まあ、幾つか理由がございますが……。
一つには、得難い兵力であるから、ですな。
幽州刺史殿には御せぬでしょうから、良くて飼い殺しか、最悪の場合には使い潰されるやもしれません。
雲長殿としても、それは望みますまい?」
「確かに……ですが、それならば、満腹殿につく以外にも」
「ええ、確かに、道はあるでしょうな。
伯珪殿を頼るなり、他の勢力へ身を寄せるなり。
ですが、これは二つ目の理由でもありますが、許す訳には行きません」
「それは……どういう意味でしょう。
返答如何によっては」
うわ、こええぇ。
「玄徳殿の裡には、天下の英雄たる資質が眠っておるのは、間違いないでしょう」
生姜湯を一口。
「そしてそれは、とても歪で危うい。
あの方に在る天運、そして人を引きつける魅力。
それらが与える力に比して、支えるべき地盤という物が、絶対的に足りませぬ。
たとえるなら、泥濘の上で鋭い剣を振るうようなもの。
振るうべき力の大きさを、支えられないという事は、とても恐ろしいことです。
狙いを過ち、己の身すら傷付けることとなるでしょう」
「ならば、それを得ればいいではありませんか!!
足らぬなら、それを得ればいいだけのこと!!
それこそ伯珪殿の元に身を寄せて「そうですな……得る事は出来るのでしょう」ならば!!」
「ですが、それは奪い取るという事になる」
「馬鹿な!? 桃香様が、そんな事を望むとは「ええ、玄徳殿は望まないでしょうな」それでは!!」
「望むのは、民ですよ。
その力故に、玄徳殿に関わった民こそが、それを望むでしょう」
「……っ!!」
「そして玄徳殿には、その望みを拒めないでしょう。
その結果がどうであれ……玄徳殿は、その心を殺していく」
「!?」
「あの方の心は、とても綺麗で……脆い」
ふふふ、なんという強引な論理展開、殆ど言い掛かりレベルだぜ。
でもなぜか、関羽さんがテンパッてるのか、以前の小芝居が効いてるのか、反論が弱い。
因みに劉備さんの心を脆くしたのも俺らしいですから、酷い話です。
「これが最後の理由ですな……私は見たくないのですよ。
あの方が、心を砕きつくし、夢の為に死ぬのを」
ここで、運を400魅力にチャージ。
「だからこそ、私は玄徳殿を力で取り込み、夢を手放させましょう。
それは鳥の翼を折り、鳥かごに閉じ込めるようなものかもしれない。
もし、それを許せないというのであれば、今ここで私を斬りなさい、関雲長!!」
剣を放り投げつつ、ここで魅力をON!!
実際は斬られたらスッゴイ痛いので、辞めて頂きたいぞ!!
「わ、私は!! どうすれば!!」
よし、効いてる!! ここで、もう一押しか!!
「私にとっては、どんなに素晴らしく大きな夢も、所詮は玄徳殿の笑顔に勝るものではありません。
そして、私は貴女が泣いているのも、見たくはないのですよ……雲長殿」
「そ、そんな事を言われたら、私は……」
ここで生姜湯一気飲みするふりしつつ、粥すすって、茶碗を卓に叩きつけつつ。
「この金満腹、天下の英雄・豪傑といえど、涙に濡れる歳若い女性の一人や二人、いや翼徳殿も併せて三人程度に頼られて、凹む太鼓腹はしておりませんぞ!!」(キリッ)
「……私は、満腹殿に、甘えても宜しいのでしょうか」
あ、こっちもなんか折れたっぽいな。
「ええ、かまいませんとも。 どうぞ、私に任せて、少しお休み下さい、雲長殿」
「では、少し……ああ、私のことは、愛紗と呼んで下さいますか」
「お預かりいたします。 それでは私からは、代わりとして、此方を」
指輪を渡し、嵌めて貰えた。
少し休みますという関羽さんの所から、劉備さんを探しに来て、現場を見回したが、どこにも居ない。
どうしたのかと聞くと、少し疲れたということで、休憩に下がっているそうな。
と言う事で、劉備さん達の天幕に来たんだが、何やら啜り泣きの声がする。
「私、どうすればいいんだろう。
この先、皆のご飯も食べられなくなっちゃう。
それに、満腹さん……あんなに色々出来て凄いのに、皆を助けるなんて無理だって。
私、皆が笑っていてくれれば良いと思ってるだけなのに……間違ってるのかな、判んないよ」
うわぁ、かなりきてるなぁ。
「誰か、助けてよ……私、無理だよ」
「そうですな、もう辞めてしまえば宜しい」
「えっ!? あ、ま、満腹さん?
あ、あのその、い、今のは嘘だから。 ほら、私、大丈夫だよ」
あたふたしながら涙を拭って、無理矢理な笑顔を作って、誤魔化せてると思ってるんだとしたら、ちょっと凄いですよ。
「翼徳殿に、玄徳殿が泣いているのを、助けてあげて欲しいと」
「鈴々ちゃんが?」
「雲長殿も、悩んで居られるようでした」
「愛紗ちゃんも……やっぱり私が、ちゃんと頑張れてないから」
「違いますな、皆は貴女を心配しているのですよ。
そして、貴女に負担を、期待や願いで縛り、苦しめているのではないかと、悩んでおるのですよ」
「……」
「だから、私が貴女を止めます。
力づくで貴女を手に入れ、逆らえないようにし、貴方の夢を奪いましょう」
「でも、皆が私の夢を叶えようとしてくれてるのに、私が辞めるなんて出来ないよ」
悲壮な決意を滲ませているが、重ねた無理のせいで、今にも崩れそうにしか見えない。
「違います、私が無理やり辞めさせるんですよ。
貴方は逆らえないんです。
仕方が無いことなんですよ、貴女は悪くないんです。
そうですね、私は貴女が欲しい。
だから、義勇軍の二千名を、私が引き受ける代わりに、貴女には私の物になって貰う。と、いうように脅しましょう」
「そ、そんな事」
掠れた小声で「私、辞めてもいいの?」という声が聞こえた。
「貴女には、この話を断る事はできません。
これは、どうしようもない、仕方のない事なんですよ。
二千の兵も、幽州刺史殿の事も、全て私が引き受けましょう。
ですから、貴女は私の物になって貰います。 如何ですか?」
「……私は、逆らえないんですね」
その声は疑問と言うよりも、確認の様子にきこえるな。
「そうですとも、ですからまずは、今まで頑張り過ぎた分、ゆっくり休んで下さい。
それから、私の仕事を手伝っていただきながら、この先の事を考えましょう」
「本当に、私、休んでもいいのかな」
「ええ、私でよければ、いくらでも甘えて下さい。
誰にも文句は言わせませんとも」
魅力に運を400つぎ込んで、ニヤリとした。
「あの、じゃあ、少し甘えていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「あの……桃香、頑張ったねって、言ってくれますか?」
「真名をお預かりしても?」
「はい、私のことは桃香って呼んで下さい」
「判りました。
桃香、今まで、良く頑張ったね」
「えへへ」
隣で頭を撫でている内に、嗚咽をあげて泣き始めたが、苦しげな様子ではないので、そのまま泣くに任せておいた。
暫くして、恥ずかしそうに顔を上げてきた所で、指輪を渡し、指に嵌めて貰った。
「これからは、満腹さんの言うことを聞く、良い子にしてるから、また甘えてもいいですか?」
「いつでも構いませんよ」
「愛紗ちゃんや、鈴々ちゃんも、一緒に良いですか?」
「ええ」
「ありがとう、ご主人様♪」
この周始まって、一番の笑顔だな。