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 二人しかいなかった。遊園地の明るさは喧騒となって遠くにあった。足音があった。タイルを踏んで歩く、苛立たしげなアケミの足音が。彼女は時々、蛇口を捻って手を濡らした。腰をかがめて鏡で顔を見た。首を左右に振り、様々な角度から自分の顔を眺める。唇を噛み、チェックが終わると腰を伸ばした。

 「馬鹿にしているんでしょう」アケミが言った。

 「とんでもない」ミカが言った。

 二人の間にドアがあった。ミカは薄暗いトイレの個室にいた。アケミはドアの外を歩き回り、近づいては話した。

 「わかっているのよ」

 「何を?」

 「あなたの気持ちがよ。私にはなんでもわかるんだから、あんたの気持ちが」

 「驚いたわ。誰も私の気持ちがわかってくれないと嘆いていたのに」

 「そうやって私を馬鹿にしているんだわ」

 「私は誰も馬鹿になんてしないわ」

 「それはあんたの本音の裏返しよ、自分でも気づいていないんだわ」

 「どういう意味かしら?」

 「あなたは自分と自分以外にしか、ものごとを区別しないのよ。それは結局、自分以外の全てを馬鹿にしているということよ」

 「何に怒っているの?」

 「あなたの隠れたプライドの高さによ」

 「私の?私にプライドなんて無いわよ」

 「気づいていないだけよ」

 「かも知れないわね」

 「卑怯なのよ、あんたは」

 「どうして?」

 「いつでも当事者でないからよ。自分が賢いと信じ、あらゆるものごとから一線を引いて眺めている。そうすることで自分を守っているんだわ。何に置いてもあんたは当事者じゃない。そうして全ての人を笑っているんだわ。卑怯者よ」

 「……かも知れないわね」

 「笑われる人の気持ちになったことがある?」

 「あるわよ、もちろん」

 「嘘よ」

 「かも知れないわね」

 「あんたは生きてなんかいないわよ、私に言わせれば」

 「生きるということがどういうことなのか、あなたに教わるとは思わなかったわ」

 「そうでしょうね、あなたは賢いんですもの」

 「賢くなんか無いわよ」

 「そう思っていると信じているのは、あなただけよ」

 「……かも知れないわね」

 「一生そうしていなさい」

 「どうして」ミカが言う。「じゃあどうしてあなたはそんなに横暴なのかしら」

 「簡単よ。みんなが求めるからよ」

 「みんなが?」

 「そうよ。私が横暴であることによって、みんなは少なからず助かっているのよ。一人の悪、みんなの関係性。それらを単純化し、次に取るべき行動をわかりやすくするために。みんなが言いたいことを、私が代弁するのよ。彼らは自分では決して口火を切らない。責任を負わない。誰かが背中を押したのだという名目がいるのよ。あらゆる行動において。そのために私がいるんだわ。私がいなかったら、彼らは解散する時間すら決められないわ」

 「ねえ」

 「なに?」

 「謝ったらここから出してくれる?」

 「かも知れないわね」

 足音が聞こえ、やがて静かになった。ミカは誰もいなくなったトイレで深い眠気を感じ始めていた。母親のことを考えた。母は一人で無事にしているだろうか。もうすぐ夜がやってくるはずだった。アケミが手を洗った時に流れた水が、まだ音をたてて流れていた。トイレの個室は、それぞれ静かな沈黙を溜め込んでいた。ミカは膝を抱えて眠り始めた。

 

 



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