08. 忙しない双子(1)
ルディアの掛け声より一瞬早く気配に気付いたナズナは、右手首のバングルに左手を添え小さく呟いた。
「刀」
言い終えると同時に手の中に現れた日本刀もどきを両手で眼前に添える。視認よりも速く反射で動いた体に視覚が追いつくと、首より30cmほど手前にナズナの日本刀に止められた西洋剣があった。
「炎よ!俺の剣に纏え!!」
力で押し切ろうと思ったのか襲撃者は剣に炎を纏わせ温度差でブーストし始めた。それ対する次の一手を判じようというところに、背後から魔力波動を感じた。
対峙していた剣をしゃがみ込みつつ受け流し、足払いをする。よろけた男を蹴り倒し、背後の人物に相対する姿勢で肩甲骨の間を膝で踏みつけた。間を置かず魔法を放たれた気配を感じ、ナズナは下にいる人物の左胸付近の余った布を刀で縫い付けながら、魔力を込めて囁いた。
「水鏡」
ナズナまであと1mと迫っていた水の固まりはナズナに触れる寸前で突如現れた半透明の壁に阻まれ、まるでピンポン球のように魔法を放った者へと跳ね返る。ナズナへと攻撃を仕掛けた魔法士は舌打ちをすると、手を払い魔法を打ち消した。
動く者がいなくなった部屋に静寂が落ちる。
しかしそれも長くは続かず、場違いな拍手で断ち切られることとなった。
「すっご〜い!さっすがナーちゃん!ネコさんみたぁい!!」
ナズナの俊敏な動きに感動したルディアは、パチパチと手を打ち鳴らしながら目をキラキラとさせてそう言った。ナズナに駆け寄り抱き締める。
「ちょっ、危ないです」
いまだ剣で襲いかかってきた男を踏みつけていたナズナは、勢いのついたルディアを支えきれず彼を下敷きにルディア共々倒れ込んだ。「ぐぇっ」とカエルの鳴き声を発し沈黙する男を案じてか、魔法士が近寄ってきた。
「ルディアさん、勘弁してやって下さい。ルミナスは退いてくれと頼む余裕もないようですよ。 ナズナさんはさっさと弟の上から退きなさい」
「無茶言わないで、イルネスさん」
「あ〜っ!ごめんねぇルーちゃん、だいじょーぶかなぁ〜?」
魔法士はルディアに手を差し出しながら微笑んでそう言った。ルミナスと呼ばれた下敷き男とルディアにサンドイッチの具の如く挟まれ辟易していたナズナは、かけられた言葉の理不尽さに思わずムッとする。
ルディアは魔法士の手を取ると、勢いをつけてヒョイッと立ち上がった。再び呻いたルミナスを無視し、ナズナも縫い付けていた刀を床から引き抜きそれに続く。バングルに刀を仕舞うと、にっこり微笑んでイルネスに向き直った。
「久しぶり、イルネスさん」
「お久しぶりです、薄情者のナズナさん」
「何それ、下僕一号さん。あ、二号?」
先程の歓迎に続きアグレッシブな挨拶を受けたナズナは、ルディアに下僕一号二号と呼ばれていた兄弟を思い出し嫌みを返した。微笑みながら婉曲に毒突き合う二人の足下からはがなり声が聞こえ続けており、声の主への同情を禁じえない。
「ふふふ、ルディアさんの下僕になった記憶はないのですがね。強いて言うなら一号でしょうか、そこで伸びてるのの兄ですしね。ほら、いい加減起きなさい」
イルネスはナズナの言葉をさらりと受け流し、ナズナが立ち上がった直後から交替とばかりにグリグリと踏みつけていた弟を足で引っくり返した。屈辱的な加重が屈辱的な仕打ちで無くなったルミナスは、勢い良く起き上がると兄に食って掛かる。
「なにしやがるイルネス!人を足蹴にしやがって!!」
「こら、兄上と呼びなさい。いつも言っているでしょう。 それにあの程度、起き上がれない方が悪いのです」
「ふざけんな!双子に上も下もあるかよ!? しかも魔法使ってまで踏みつけといて、よく言えたもんだな!」
「残念ながら上も下もあるのですよ。 あれはあなたの苦手な魔法抵抗の実地訓練の一環です。全然駄目駄目な結果に終わり、残念ですが」
言い合いをしている二人は色彩以外そっくりだった。170cm後半の身長にしなやかな手足を持ち、程よく筋肉の付いた体型をした一卵性双生児である。
兄のイルネス=ヴェイトリッヂはパウダーブルーに輝くプラチナの髪と瑠璃色の瞳を持ち、知的さを思わせるような、人を食ったような顔をしている。対して弟のルミナス=ヴェイトリッヂはパウダーピンクに輝くプラチナの髪と茜色の眼を持ち、人懐っこそうな幼さを見せる顔をしていた。元の造形は全く同じなので、中身の違いが人に与える印象を変える良い例である。
何よりそっくりな柔らかな髪質が顔立ちと相まい、二人を双子だと周囲に判らせていた。また彼らは息の合った前衛・後衛をこなす相棒であり、歳の割に優秀な魔導戦士として“ヴェイトリッヂ兄弟”と名を馳せてもいる。
「それよりも任務失敗の危機です。ほら、待ち人が逃げてしまいますよ」
「えっ…てコラ、待てよ!!!」
いつまでも続きそうな兄弟喧嘩とそれを楽しげに眺めるルディアをいいことに、ナズナはそっと逃げ出そうとしていた。しかしイルネスは目敏く見付け、すかさず弟を差し向ける。
ルミナスは走り出そうとしたナズナに素早く駆け寄り、引き止めようと肩を摑んだ。次の瞬間、
「うがっ!!!」
電撃に見舞われ、再び床へと倒れ伏すことになったのだった。
長めになりそうなので、短いのを連日投稿