07. ファンシーなショップのファンシーな店主
ヒルビアに着いたのはちょうど朝飯の時間帯だったためか、街は食堂や屋台が並ぶ市へと向かう人々で賑わっていた。
ナズナは賑やかな雑踏を背に、陽がつくる柔らかい陰の中を路地裏を縫うように進んでいた。人も店も見なくなってからもしばらく歩き続けると、見落としそうなほど小さな看板をさげた小さな店が見えてきた。
「ルディア姉さんの店発見。…相変わらず胡散臭いな」
そう呟くと、ナズナは安堵まじりの溜息を吐いた。
大通りから非常に奥まった場所に構えるその店は、決められた道筋を通らねば辿り着けない魔法がかけられている。路地裏は迷路のように入り組んでおり、通い慣れたナズナであっても毎回多少の不安を覚えながら目指していた。
実際にナズナが忌避しているのは道筋を間違うこと自体ではなく、その場合にもう一度大通りから歩き出さねばならない面倒だが。
その店の小さなショーウインドーは、一見ファンシーで可愛らしい。しかし色とりどりでポップな装飾の中に置かれたファンシーグッズは、よくよく見れば背筋が寒くなる物ばかりだった。蜥蜴や蝙蝠、またナズナの世界では存在しないようなグロテクスな生物の乾物が、色とりどりのリボンを結ばれて容器に挿されている。その容器は何かの生物の頭蓋骨であり、ピンクの水玉模様や水色のストライプ模様に塗られていた。
小さな看板を仰げば、変哲のない焦茶の木の板に、まるで日本の女子高生を思わせるようなデコデコとした文字と色使いで“占い屋”と何の捻りも無く書かれている。
人目を避けるように奥まった場所にあるにも関わらず、人の目を強引にも奪うファンシーなディスプレーと、そのおどろおどろしい内容物とのギャップは、言い表せないような胡散臭さを生み出していた。この国の成人男性が背を屈めないと通れない一般より小さめのドアも、いもしない小人を歓迎しているかのようで、不安を煽られる。
無事到着できたことに安心しつつも、妖しいオーラを放つ “占い屋”と、その中で今かと待ち構えているだろう店主を思うと、ナズナは入店する前から気疲れを感じてしまっていた。
大きく息を吸い込み意を決すると、ナズナには丁度いい大きさのドアを緩く押し開けた。ナズナはこの店に入る際には、探査系統の魔法の使用を一切禁止されている。そのため、魔法を使わずに自身で出来るだけ気配を探り、慎重に歩みを進めた。
「こんにちは、ナズナですけど…」
ポップでファンシーな店内の装飾に対するように薄暗い、得体の知れない不気味さを発する店内に、ナズナの声が滲むように溶ける。返事はない。
「…どこですか、ルディアね…えっ!!!」
突然視界が暗くなった。首も締められ、ナズナは酸素を求めて喘ぐ。
一瞬身構えたが馴染んだ匂いが鼻を突き、緊張を緩めた。だが顔と首に巻き付いた腕が緩まったわけではない。
「うふふ、オ・ヒ・サ・シ・ブ・リ♡ ナーアーちゃん!」
ナズナの首を絞めながら甘く囁く声の主は、挨拶をしながらもゆるゆると腕の締め付けを強める。
「る、でぃあね…え、ギブア…ップ、です」
酸素不足を訴えかけるため、巻き付く腕をパシパシと叩く。それを受けてルディアと呼ばれた襲撃者は、名残惜しそうに腕を解いた。首を絞める代わといわんばかりに、背後から抱き締められる。
「んもう、情けないわねぇ」
「…っすみません」
細くなった器官を咳き込んで回復させ、ナズナは力の抜けた体をルディアに預けながらも謝った。しかし、この状況に不満がないわけではない。今後のためにも今のうちに改めておかなくてはと、ルディアの腕から脱出し向き直る。その際に何かの頭蓋骨を蹴り転がしてしまったが、あまりに見事な転がりぶりが哀れさを誘い、心の中でそれに謝罪した。
「だけどこのような手荒な歓迎をしてくれなくても構いません。むしろ遠慮します」
「そんなぁ〜!だってだってぇ、ナーちゃん最近めっきり顔見せに来てくれないじゃない?寂しくて寂しくって、堪らないんだもの! 思いが有り余っちゃってるのよ…受け取って?」
「あー、顔を見せなかったのは謝ります。しかし素直に思いを受け取れません。まだ死ねないので。それとナーちゃんは止めて下さい」
年齢と外見にそぐわず何とも乙女趣味な格好をした女性の台詞に、ナズナは溜息を飲み込み、顔を覆って呻いた。
“占い屋”の店主であり、ナズナに少々過激な挨拶をしたルディアは、豊満な肉体と妖艶な雰囲気を持ち、思わず従いたくなるような色香を漂わせる美女であった。緩くふんわりとしたゴージャスな薄紫色の髪と、エメラルドの如く輝く宝石のような緑の眼は、彼女の内も外も引き立てていた。
そのような豪華な外見と豪快な中身を持つルディアは、イメージとは真逆のナズナの世界でいうロリータファッションを好んでいる。一見チグハグながらも自信に満ちあふれた着こなしぶりが、一種の倒錯的なものを見るものに感じさせる始末である。
「そんなこといわないでよぅ、いけずぅ〜」とかなんとか言いつつ、ナズナに絡みだしたルディアを好きにさせながらも、ナズナはここに来た目的を遂げることにした。
「それよりルディア姉さん、何か新しい情報はありますか?」
ルディアは“占い屋”の看板を下げているが、本職はほとんど情報屋だ。
ナズナの言葉に仕事モードになったのか、ルディアはナズナからパッと離れると水晶玉の置かれたテーブルへとルンルンと向かった。仰々しい動作で椅子に座ると、ゆっくりと脚を組み、頬杖をつく。ナズナを見上げてニッコリと微笑むと、表情と真逆のことを告げた。
「ざ〜んね〜んで〜したぁ!情報はぁ、全然入ってこないのよぅ。ごめんなさい♡」
「………………………はぁ」
いつも通りの甘ったらしい喋りと小首を傾げるという仕草が相まった小憎たらしい態度に、ナズナは怒りと悲しみがこみ上げる気配を感じた。それをなんとか飲み込むと、代わりに深々と溜息を吐き出す。
ここで感情のままルディア八つ当たるのは、あまりにも情けない。そもそも求めている情報は、期待するほうが間違いなのだ。諦め半分で、長期戦を覚悟するしかないというのに。だいたい手紙で定期的に遣り取りし、情報が入ったら即刻知らせるよう頼んでいるのだ。店まで出向くのは無意味である。わかっているにも関わらず、しかしそうせずにはいられなかったのだ。
思っていた以上に焦っている自分に、乾いた笑いが込み上げる。しかしナズナはそれを表に出すことはなかった。
ルディアに情報の有無を確認したことでヒルビアでの用は済ませたので、ナズナは任務地であるユーデリック村へと向かうことにした。
早朝に乗合馬車の待機所でイースにはああ言ったが、ナズナは黒狼衆に顔を出すことに乗り気ではない。彼らに会えるのは嬉しいが、それ以上に疲れを感じるため、できれば遠慮したいのだ。
頭を切り替えたナズナは、早々に出発することにした。
「まぁ、手紙でも情報無しって書いてましたしね。ではそろそろ失礼します」
「ちょーっと待ったぁ〜! 用事済ませたらすぐ行っちゃうの?ゔ〜、釣れなすぎるよぅ、ナーちゃ〜ん!」
「あ、すみません。お土産を今回忘れてしまいましたね。今度来る時はきちんと持ってきますから」
用は済ませたとばかりに去ろうとするナズナにルディアは涙声で訴えかける。
ナズナはねだるように見つめてくるルディアを、土産で誤摩化すことにした。美味しい食べ物に目がないルディアは、案の定ナズナの策に引っ掛かったようで、途端目を輝かせる。
「え、やったぁ!あのねあのね、王都のねぇ、今流行のぉケーキ!食べたいのよぅ〜!」
「あのデコレーションのカラフルな(アメリカのお菓子のようにいっそグロイ色彩の)ケーキですか?わかりました。持ってきますね」
「うんうん、楽しみにしてるねぇ〜って違うちがぁ〜う!」
「どうしましたか、ルディア姉さん」
ナズナは普段では見せない、爽やかな笑顔をルディアに送る。
アメリカの菓子を思い出しうんざりしつつも懐かしく思っていたナズナは、誤摩化されてくれなかったルディアに内心で嘆息した。こうなったら、笑顔で強引に押すことにしかない。
「ううん〜、なんでもないのよぅ〜♡……はっ!うふふ、いけないわぁ、ナズナちゃん♡」
ルディアはナズナの笑顔に押し流されそうになったが、何かに気付いたように自身を取り戻した。形勢逆転とばかりに意味ありげな笑顔を浮かべると、絡めとるような声でナズナの名を呼ぶ。
それに気圧されたナズナは思わず一歩引き、周囲の気配を探る。
「さぁ、確保よぅ!下僕一号二号!!」
高らかな声と共に、二つの影がナズナに迫った。