04. 門兵リックの“今日のおすすめ”
日本で1Kのアパートを借りてこじんまりと生活していたナズナの感覚からすれば、この中世ヨーロッパ風の世界の城というものは無駄尽くしとしか言い様がなかった。
全体的にゆったりと造られていて、実際に必要な空間を切り詰めてみれば三分の一、いや四分の一で事足りるだろう。端から端の部署まで歩くと、入り組んでいる通路を考慮すれば40分以上掛かりそうだ。そもそもこの世界には自転車の代替えさえ存在していないので、足腰勝負の気がある。移動の度に、風魔法使い設定にしとけばよかったとナズナはうんざりとしていた。
間近に迫る城門を前に唯一、この無駄に立派な城壁は実用的だから無駄じゃないのかもな、とどこか矛盾したことを考える。このウィ二ストリアは魔導大国だが、他国はこの国のように強力な魔導士が揃っていないらしい。攻めるとしたら何らかの魔法対策をし、武術がメインの戦法をとるのだろう。
しかし今は平和なものだ。周囲には友好国ばかりで、戦の気配もない。それを考えればやはり今は無駄だな、とナズナは先程までの城門の評価をバッサリと脳内で切り捨てた。
そうこう考えているうちに官吏用の城門へと辿り着いた。
門ではセキュリティの一環として、個人の顔と名前、それから魔力の質の照合を行っている。
「所属と名前を述べ、水晶に指を当てよ」
「魔法省 水魔法部 治安保持課 所属 ナズナ=ニイザキ。出門です」
ナズナはそう言って、城門の通路側に面した受付のカウンターに吊るしてある、ベルがぶら下がった水晶に指先を押し当てた。
それは個人の魔力の質を記録したもので、名乗りと魔力が違うとベルが鳴り、城内の各所に設置されているベルが一斉に共鳴する仕組みをとっている。ちなみに門によってベルの音質が異なり、それによりどの門に不審者が現れたのか示すのだ。
本気で城に侵入したいならば誰でも知っているこの仕組みを避けるだろうが、実際侵入者への良い牽制なっているだろう。
「異常なし。出門を許可する」
「お疲れさまです」
カウンター内で個人照合を行っていた青年に挨拶をし、街へと向かいはじめたとき、不意に明るい声が飛んできた。
「よう、ナズナ!今帰りか?」
「おおぅ、お疲れさまリック。見ての通りだよ」
街寄りの門前で警備をしていた赤い髪の青年が声を掛けてきた。
ナズナにとってリックは、見た目チャラチャラしているが役に立つ格好良いお兄ちゃんであり、ある意味気を使う職場と図書館籠りの疲れを癒す心のオアシスだった。
「今日はリックが担当だったんだね」
「久しぶりだな!お前滅多に来ないもんな、王城…」
「あははは」
本当は結構入り浸ってますとも言えず、明るく笑って誤摩化す。話が続かないよう、仕事の愚痴を振ってみる。なかなか話は広がり、途中から本気で愚痴を零し合った。
門兵たちとナズナはなかなか仲が良かった。入出の記録が全くないと不信だろうと彼らと関わることは自分に許していた。自身同様権力から遠い下っ端のせいか、同族意識からの妙な安心感のせいか、彼らとは気を抜いて話すようになっていた。
だがしかし彼らは仕事中な訳で、話し込んでしまって良いのだろうか思わないわけでもない。けれど、当の本人たちは気にしていないようだった。大丈夫かウィニストリア…と密かに思っているが、ナズナがそれを声に出して言うことはない。
「あ、リック。今日は?」
「おう!よくぞ聞いてくれたな!今日の“おすすめ“はとっておきだぞ!!」
いつもズバリと“今日のおすすめ”を教えるリックにしては珍しく、ワンクッション置いた返答だ。そういえば今日はいつにも増して“!”が多い喋りをしていることにナズナは気付いた。
リックは門番兵にしておくには勿体無いくらい耳が良い。
そんな彼は城門を守りながらあちこちに聞き耳を立て、得た情報から見出したお得な街中情報を“今日のおすすめ”として気に入った人に教えていた。どの店の何が安いとか、どの食堂が美味しいとか、面白い見せ物が来たときとか。メジャーからマイナーまで何でも御戯れだ。
その耳の良さと情報処理能力を役立てればもっと出世できるだろうが、リックはそれを好まない。ただただ自分なりに面白可笑しく過ごすことに費やしている。そんなところをナズナは好ましく思っていた。
しかしどうやら今日はテンションが高い。何事かと密かに身構えて続きを促す。
「何?」
「おい!もっとワクワクしてみせろよ!!俺が馬鹿みたいじゃんか!まぁ今日の情報は知らんヤツはいないから情報としての価値は低いが…珍しいんだぞ」
とたんリックはガックリと項垂れた。日本人であるナズナには馴染みのないオーバーリアクションを前に、今日はどうやら頭の螺子が緩んでいるらしいと、ナズナは失礼なことを思った。
反応が簡潔すぎたのが悪かったのか、はたまた熱意に乗れなかったのが悪かったのか、リックは拗ねたように横をそっぽ向いた。
いい歳して拗ねてんじゃねぇよ!という心の声を表に表さないように注意しつつ、ナズナはリックの機嫌を直すべく上手い言葉を探す。
「あー…ごめん?」
探したが適当な言葉を見付けることが出来きなかったので、とりあえず謝っておくことにした。
「いや、お前がそういうヤツだってことはわかってたんだがな……」
己のいつにないテンションの高さに気付いたのだろう。リックはハッと項垂れていた顔を挙げ、ナズナから目を逸らしてどこかバツが悪そうに呟いた。
「で?」
「おう、今日はフィーリフィッシュが捕れたらしいぞ。しかも大量にな」
濁った空気に、軌道修正せねばとナズナが明るい声と表情で訊くと、リックはどこか照れたように笑った。
すぐにいつもの調子に戻り、“今日のおすすめ”を教えてくれたのだった。