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窓際魔導士の溜息  作者: 桐条
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03. ナズナのワークスタイル

 ヴァイスと別れた後、ナズナは仕事場へと向かった。

 窓から差し込む月明かりが石造りの廊下を照らしている。一見寒々しい景色に、春の穏やかな風と溢れんばかりの花の香りが、ほんの少しの温もりを与えていた。

 ナズナはそんな景色を味わうように、音を立てずのんびりと誰もいない廊下を歩いていく。この時間帯はすでに人気がなく、運悪く出会ったとしても見回りの巡回兵くらいだろう。



 ここは常春の国。魔導大国ウィニストリア。

 一年を通して春の穏やかな気候。咲き誇る様々な花たち。

 魔法が栄え、魔法で生計を立てる魔導士たちで成る大陸一の魔法の国。


 ナズナはこの国で王宮仕えの魔導士になった。



 無事誰にも会わずに仕事場へと辿り着くと、ナズナは自分に宛てがわれたデスクに向かった。

 窓際にあるナズナのデスクは、月明かりに照らされていた。まるでスポットライトが当たっているかのように、周りから切り離されて見えた。物品は何一つ置かれておらず、引き出しにも何も入っていない。すぐにでも他の誰かが使うことが出来るほどだ。


 ナズナがこの仕事場に規定された勤務時間内に訪れたことは、この仕事場のルールや自分のデスクの場所を教えてもらった初日の一度きりしかない。

 普段は今のような誰もいない時間帯を狙い報告書を提出した後、自分のデスクの上に置いてある次の指示書を受け取り、替わりに了承の旨を記した承諾書を置き、仕事に行っているのだ。


 これも奇人変人が多いとされる魔導士だからこそ許される行為だろう。もちろんキャリア組もいて、きちんと勤務時間を職場で過ごし、覚えめでたいよう上司の機嫌とっているらしい。同期の者の中にはもう昇進した者もいるらしく、大分落差が激しいようだ。


 ナズナは出来得る限り目立ちたくないと考えている。そのため極端かとも思う方法ではあるが、姿を見せることなく仕事をこなしていた。よってナズナは同僚に知り合いはいなく、同様にナズナもほとんど知られていない。実は幽霊なんじゃないかと囁かれているのだが、幸か不幸かナズナの耳には入っていなかった。



 うっすらと埃を被った自分のデスクの上を見ると、月明かりに照らされ青白く光る指示書が一枚、真ん中にこれを見よと言わんばかりに置いてあった。他に何もないせいか、妙に空々しく見えた。


 ヒョイッと摘まみ上げ内容を確認する。

 次の任務は治水のようだ。ちなみにナズナは水魔法専門の派遣員である。


 新人・下っ端・エリート街道から外れた窓際らしく、いつも恐らく平均よりも少し長い出張期間を取っている。本来そのような期間は必要ないが、目立たないためと、調べ物に少しでも時間を回すためだ。

 今回の任務先は今いる首都フィーニアの隣のヒルビア市を抜けて少し行った所にある村なので、馬車での行き帰りに2日、仕事に3日ほど見積もることにした。優秀な宮廷魔導士ならば仕事に1日しかとらないだろう。


 デスクから埃を風魔法でさっと払い、適当な紙とペンを亜空間から取り出す。魔力を込めて任務了承の旨と完遂予定日を記し、最後にサインをした。

 魔力は指紋と同じように人によって質が異なるので、魔法が当たり前とされるこの世界では個人の識別方法として使用されることが多く、この国もまたそうであった。


 先日まとめた報告書を鞄から取り出し、一度読み直す。これは初めて報告書を提出したとき、面倒だからと簡易的かつ最小限に書いて出したら、再提出を喰らったためだ。二度手間にさらなる面倒臭さを覚え、それ以降無駄にしっかりした報告書を提出していた。この場所に来るの避けたいというのもある。


 間違いがないことを確認すると、先程まで指示書のあったデスクのど真ん中に、これを見よ!といわんばかりに報告書を置いた。隣に領収書と書いたばかりの次の任務の承諾書もしっかり並べておく。


 「よしっ」と小さく呟き、背伸びをした。ここでやることは終わったので、後は帰るだけだ。

 再び石造りの廊下に出ると、仕事場に来た時と同じように、のんびりと城門へと向かうことにした。




 ここは常春の国。魔導大国ウィニストリア。

 一年を通して春の穏やかな気候。咲き誇る様々な花たち。

 魔法が栄え、魔法で生計を立てる魔導士たちで成る大陸一の魔法の国。


 この世界に来てから半年とちょっと。宮廷魔導士になってからあと少しで3ヶ月。



 ここへ来た時から変わらない気温は、四季に慣れたナズナの時間感覚を狂わせていた。変化のない穏やかな空気に、これまでを一瞬のように感じたり、また永遠と囚われていたような気がしたり。

 嗅いだことのない溢れんばかりの花の香りに包まれ続け、思考がゆるゆると鈍っていく。

 現実感がない。

 世界が、遠い。

 この世界に来てから何度も夜明けを迎え、痛い思いだって数え切れない程体験しているのに、ふと気が付けばいつだって夢見心地だ。

 魔法という、ナズナの常識から外れた非現実的な存在も、それに拍車を掛ける。


 現実だと解っているのに。

 夢だと思ってしまう、矛盾。


 いつかその矛盾で傷付く時が来るだろう。

 わかって、いるのに。


 ナズナは夢から抜け出すことが出来ない。


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