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家具の反乱

作者: 中ノ 晁

男は独り、書斎の机の裏側で身を潜めていた。

部屋の四方を包囲する本棚には哲学史やら論文やらの分厚い紙の束が無造作に押し込まれている。

それでも棚に入りきらなかったものは、カーペットの上に山と積み上げられていた。

天井に迫る紙の塔は至る所に乱立し、複雑怪奇な屋敷内情勢の勢力図の様を呈していた。

ここで視点を隠れて震えている男に移す。

男は殺気立つうつろな目でジッと家の中の音に耳をそばだてていた。

だが物音は何一つしない。

それもその筈、男は未だ独身であるし、現在彼は単身で山中の屋敷に籠り小説を書いていたのだから、物音がする筈もなかった。

しかし…。

男は腕から血を流しているらしく、千切ったシャツで個所をグルグル巻きにしていた。

額からは脂汗を滴らせ、拭う右手も小刻みに震えている。


そのとき、書斎の隣の部屋で鳴った黒電話の音が漆喰の壁をすり抜けて男の耳に届いた。

男はハッとしてズボンのポケットに手をやる。

普段はそこにある携帯電話が無い。

男は隣の部屋…つまり寝室に「黒電話の着信音」を設定した携帯電話を置いてきていたのであった。

苛立たしげに舌打ちし顔をしかめると、髭だらけの口の端に黄ばんだ犬歯がチラリと覗いた。


「ままよッ…!」


そう呻くように呟き、男は辺りへ目配せしてソロソロと立ち上がった。

つま先を床に下ろしてから…後に踵をゆっくり落ち着ける。

音を立てぬよう忍び足で進んでいく。

それでいて、急がなければそのうち電話は切れてしまう。

もどかしそうに足を進める矢先…

運悪く、先日から続く長雨のせいか木の床は何時にも増して、軋みやすくなっていた。

男が足裏の全体を床に着けた時、キィィィ…と小動物の断末魔のような音をたてた。

小さな音であったが静寂のなかでは十分に聞きとれる音かも知れない。

男はギクリとして動きを止め、数十秒間息すら止めていた。

なにも…起こらない。

それを男はホッとして溜息をつく。

右足をまたソロリと上げた。

―その瞬間、積み上げられた紙の塔の一つがグラリ傾き、男の直ぐ前に盛大に崩れ掛った。

崩壊の衝撃で他の塔も不安げに大きく傾き始める。

男はもう隠密行動をしている場合ではないと判断したらしく必死の形相でドアを目指す。

倒れ掛ってきた塔に右半身を巻き込まれるが、何とか体を反らして直撃を避けた。

だが一つよけた所で、倒れ掛る塔の数は減らない。

ほうほうの体でドアノブにすがり付き扉を乱暴に開け外に飛び出す。

だが男はドアの外に落ちていたフライパンに足を突っ込み、そのまま滑って正面の窓ガラスに頭を突き入れた。

儚く割れる硝子の音が廊下に響く。

男は「…っ痛ぁぁ」と言いながらゆっくりと頭を上げた。

幸い男は額と頬に数ヵ所傷を負っただけであった。

とはいえ、頭の怪我は出血が酷い。見る間に血が顎まで垂れた。

彼は忌々しげに、転がっているフライパンを見る。

そこには焦げた麺らしきものがこびり付いていた。

男は痛みより怒りで頭が一杯なようであった。


「糞フライパンめ、二度と俺の前に現れるなッ!」


男は悪態吐き、フライパンを割れた窓から放り投げる。

フライパンの行く先すら見ずに男は寝室へ走った。

寝室の扉を開けるとまず目に入るのは簡素なベットであった。

鉄の骨組みを隠そうともしない所を見ると、あまり上等なものとは思えない。

ベットの上には掛け布団に交じって着崩された白いローブも乱雑に投げ出されている。

そしてその上に黒い携帯電話がポツンと乗ってリリリリリリン、リリリリリリンと体を震わせていた。

男が手を携帯に手を伸ばしたその瞬間、黒電話の着信音はしなくなった。


「糞、糞、糞携帯めッ!!」


携帯電話を毟り取るようにして掴み、片隅の箪笥に投げつけた。

それでも携帯電話は男の思うようには壊れなかった。

男はもう一度携帯電話を取って投げようと、箪笥の方へ勇み寄った。

余りにも男は興奮していた為、大きく一歩を踏み出したときに足の指を箪笥の角にぶつける。

「―かァァ!!」

男は目を血走らせ箪笥を殴って力の限り体当たりする。

安物の木の箪笥は、簡単に変形して歪んだ形となった。

戸も完全には閉まらないようになってしまった。

大きく舌打ちすると、男は戸をバンバン叩いて修繕を試みたが直ぐに諦めた。


箪笥の戸の隙間から暗い空間が覗いている。


男は思わずそこから目を背け、今度はベットへ歩み寄る。


「糞ッ!」


叫んで、ベットへ肘を打ちおろす。

錆びついたスプリングの軋んだ音と共に何かが折れる音がした。




「え”ぇぇェ…」



ベットの金属器具が折れ、シーツを破って男の腹に突き刺さっていた。

白いローブがみるみる赤く染まっていく。

その様子はまるで革命軍の勝利を祝う赤き旗印のようであった。

携帯電話が再び震えだす。

着信音は「おもちゃの兵隊のマーチ」だった。

割れた窓から入り込んだ風で、寝室の扉がバタンと閉じた。

箪笥の戸がキィィと開いた…

純文学…かな?

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルに興味をひかれて読みました。 純文学、ホラーとありましたが、私はコメディーっぽい印象を受けました。 理由としては、男を描写する視線に「こいつ大袈裟だなあ」という感情を見たことと、男…
[良い点] 家具の反乱というアイデアの奇抜さに惹かれます。 そして「反乱」と言うに相応しい結末だったと思います。 [気になる点] 事故なのか家具が本当に反乱を起こしているのかは分かりませんが、怪我の度…
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