閉経処女ミーツ若ビッチ
1. 完璧な女の、脳内
宇佐美薫、52歳。
大手デベロッパーの執行役員。
自分で言うのもなんだが、私は「完璧な女」として社内で恐れられ、慕われている。
週に3日のジム通いで絞り込んだスタイルを高級パンツスーツで包み、白髪はあえて美しく活かしたプラチナボブ。トラブルが起きれば眉一つ動かさずに一瞬で解決する。職場の若い男社員たちからは「高嶺の花」「リアル鉄の処女」なんて拝まれているらしい。
実際、処女だ。
鉄というか、正真正銘の。
恋愛のステップを一段ずつ踏み外しているうちに、気づけば50歳を過ぎ、身体のシステム的な閉店ガラガラ(閉経)を迎えてしまった。
「大人の余裕」なんて言われる佇まいは、単に「男を前にどう動いていいか分からない自意識過剰」が凝固した結果に過ぎない。
そんな私が、金曜日の土砂降りの中、深夜のオフィス街でそれ(・・)を目撃した。
横付けされた高級外車の助手席から、一人の少女が放り出されたのだ。
ミニスカートに生足、胸元の開いたキャミソール。ギャルだ。
「お前さ、重いんだよ! 若くてエロいから遊んでやっただけなのに調子乗んな。代わりなんかいくらでもいんだよ!」
ドアがバンッと閉まり、高級車が水飛沫を上げて走り去る。
雨の中にへたり込み、メイクをボロボロにして泣き叫ぶギャル。
私は少し離れた場所で、傘をさしたまま硬直していた。
正式には、私の脳内(本音)が、大変なことになっていた。
(ちょっと待って。今チラッと見えたあの男、めちゃくちゃ顔良くなかった!? 塩顔の、背が高い、私のドストライク……! え、あんな国宝級イケメンと付き合ってたの、あの子? クズだけど。言ってること最低の極みだけど!
いいなぁ。私も一回くらい、あのレベルのイケメンに『お前なんか代わりはいくらでもいる!』って車から放り出されてみたい。……いや嘘、放り出されるのは普通に怪我するから嫌だけど、でも車内で痴話喧嘩して『もう勝手にしなさいよ!』とか言って助手席のドアをバンッて閉めるやつ、あれ一生に一度でいいからやってみたかった……!!)
ひとしきり脳内で悶絶した後、私はスッと表情を「完璧な宇佐美役員」に切り替えた。
ヒールの音を響かせ、優雅に少女に近づく。
「……立てる?」
差し出された、仕立ての良い英国製の傘。上から覗き込む、美魔女。
少女は泣き濡れた顔で私を睨みつけてきた。
「……何よ。おばさんには関係ないでしょ。勝ち組の説教ならいらないんだけど」
(おばさん……! 的確な一撃ありがとう! でもね、おばさんだって説教なんかしたくないの。あなたの元カレ(?)の顔面があまりにも強すぎて、ちょっと動揺を隠すために話しかけちゃっただけなの!)
私はフッと、大人の余裕を感じさせる美しい微笑を浮かべた。
「説教をするつもりはないわ。ただ、そんな格好で風邪をひかれたら、こちらの寝覚めが悪いだけ。……それに、あの彼、顔はすごく格好良かったけれど、女性を雨の中に放り出すなんて最低の男よ。できることなら今すぐ追いかけて、あの車のフロントガラスに私の名刺でも叩きつけてやりたいくらいね」
「……は?」
少女が呆気にとられた隙に、私は財布から一万円札を1枚取り出し、彼女の濡れた手のひらにギュッと握らせた。
「これでタクシーを拾して、すぐにお風呂に入りなさい。……あ、お釣りも返済も不要よ。私、これでも結構稼いでいるから。じゃあね」
見ず知らずの若い子を家に連れ帰るほど、私はお人好しではない。何より自意識が持たない。
私は振り返りもせず、美しい姿勢のまま夜の街へ消えた。
(よし! 今の私、めちゃくちゃ『頼れる大人の女』っぽくて格好良かったんじゃない!? ……位置づけ的には執行役員だけど! ……でも待って、冷静に考えたら、私があのイケメンに捕まってタクシー代握らされたかったわ! なんで私、見ず知らずの女の子のパトロンみたいなことしてんのよ。あーあ、一万円あったら、明日ちょっと良いワイン買えたのになぁ……)
2. 根が良いギャルの、執念
結城芽衣、19歳。
私のモテは、安い。
露出の多い服を着て、男ウケするメイクをして、隙を見せる。そうすれば男たちは1秒で群がってくる。
でも、誰も私の名前や趣味には興味がない。「若くてエロいから」チヤホヤされ、飽きられたら「代わりはいくらでもいる」と雨の中に捨てられる。
私の価値は、ただの肉袋だ。
そう思っていたのに。
「返さなくていいって……ふざけんな。あんな綺麗なおばさんに、借り作ったままなんて絶対嫌」
手のひらに残った一万円札は、あったかかった。
あんなに綺麗で、男に媚びず、自分の足で凛と立っている大人の女性に、惨めなところを見られたまま終わりたくなかった。
手がかりは、彼女が着ていた超一流ブランドのスーツと、歩いていった方向にある超高層オフィスビル。
私は大学の帰りに、そのビルのエントランスで何日も張り込みをした。
正式な役職なんて知らなかったけれど、数日後の夕方、彼女が数人の部下を従えて颯爽と歩いてくるのが見えた。
今日も信じられないくらい綺麗で、オーラが狂っている。周囲の男社員たちが彼女を「宇佐美役員、お疲れ様です!」と仰ぎ見ている。役員。やっぱりとんでもない大物だった。
私は意を決して、その前に飛び出した。
「あの……っ! すみません!」
「え……? あら、あなた、こないだの」
完璧な美女が、足を止めて目を丸くする。
後ろの部下たちが「えっ、宇佐美役員のお知り合い……!?」とざわついた。周囲の若い男たちの視線が、私の胸元や足元にねっとりと絡みつくのが分かった。いつもならドヤ顔をするところだけど、今の私はそれどころじゃない。
私はきっちりポチ袋に入れた一万円札を、彼女の前に差し出した。
「これ、こないだのタクシー代です! ちゃんと返します。……それと、その、本当に助かりました。ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げる。
「返さなくていい」と言われたお金を、わざわざ張り込んでまで返しにきた。それが私の、せめてものプライドだった。
3. 正反対の二人が、交わる
薫は、目の前の少女を見て、胸が激しくキュン(・・)としていた。
(えっ、わざわざ探して返しにきてくれたの!? まじで? めっちゃ良い子じゃん……!
っていうか、周りの若い男社員たちが一瞬でこの子に目を奪われたわ。服の隙間から見える鎖骨とか、なんかもうフェロモンが凄いのよ。これが『若さとエロ』の力……! 恐ろしい子……! でも、こんな良い子が、あのクズイケメンに捨てられて泣いてたと思うと、おばさんちょっと放っておけないかも……!)
薫はフッと、周囲の男社員たちを鋭い眼光で一喝して散らせると、芽衣に向き直って微笑んだ。
「律儀な子ね。わざわざありがとう。……ねえ、もしよかったら、このすぐ近くに美味しいお茶とお菓子のお店があるのだけど、付き合ってくれない?」
「え……? あ、はい。私でよければ」
高級なカフェの個室。
年の差30歳以上の二人は、ケーキを前にして、驚くほどすぐに打ち解けた。
薫が時折こぼす「あの男、顔だけは本当に良かったのにねぇ」という俗っぽい愚痴に、芽衣が爆笑したのがきっかけだった。
しかし、お互いの「核心」に話が及んだ時、空気は一変した。
「薫さんってさ、まじで完璧じゃん。スタイルも顔もそこらのモデルより綺麗だし、仕事もできてお金もある。なんで男がいないわけ? 勇気出して一歩踏み出しさえすれば、男なんて一発で狂わせられるのに。何にビビってんの?」
芽衣の言葉は、若さゆえにストレートで、容赦なく薫の鼓膜を震わせた。
薫は紅茶のカップを静かに置き、寂しげに目を細める。
「……自意識よ。この年齢まで何も経験してこなかった私が、今さら『初心者です』なんて男の人に晒す勇気、私にはないわ。失敗して、惨めな姿を見せるのが怖いのよ。……だから、傷つくことを恐れずに男の懐に飛び込んでいけるあなたの若さと図太さが、私には眩しくて、少し羨ましかったの」
「羨ましい……?」
芽衣は自嘲気味に笑った。
「冗談きついって。私は、身体を差し出さなきゃ誰にも隣にいてもらえなかっただけだよ。男たちは私の『中身』なんか1ミリも見てない。若くてエロいっていう『記号』を消費してるだけ。薫さんみたいに、男がいなくても自分の力で凛として輝いてる強さ、私にはないもん。私なんて、努力するのから逃げて、男に媚び売って生きてる空っぽの肉袋だよ……っ」
芽衣の目に、涙が浮かぶ。
薫は、その涙を見てハッとした。
お互い、気づいたのだ。
自分が「死ぬほどの恐怖と努力」をしなければ手に入らないものを、目の前の相手は「息をするように簡単に」やっている。
薫が何十年もかけて築いた**【理性の壁】を、芽衣は一瞬で飛び越える勇気(野生)を持っている。
芽衣がどれだけ欲しても手に入らなかった【自立とプライド】を、薫は当たり前のように纏う努力**をしてきた。
「……だったら、決まりね」
薫が、ハンカチで芽衣の涙を優しく拭った。
「あなた、私に『男のいなし方』と『隙の作り方』を教えなさい。おばさんの硬すぎる殻を破る手伝いをして」
「え……?」
「その代わり、私はあなたに『男に依存しない生き方』と『自分を安売りしないための教養』を叩き込んであげる。まだ19歳でしょう? 私のノウハウを全部あげるわ。……やればできるはずなのに、お互い逃げていたのよ」
芽衣は涙目を丸くした後、ぷっと吹き出し、それから満面の笑みを浮かべた。
「……いいよ。薫さんをまじで男を狂わせる最強の魔女に仕立て上げてあげる。その代わり、私のレポートの書き方、徹底的にシゴいてよね、宇佐美役員」
完璧な美女(52・処女)と、ボロボロのギャル(19・モテるが空っぽ)。
正反対の二人が、お互いの欠けたピースを埋めるための、前代未聞の「自分磨き」が始まった。
――ちなみにこの3ヶ月後。
薫の「隙を覚えた大人の色気」に当てられた取引先の超エリートイケメン(40代・バツイチ)から猛烈なアプローチを受け、薫の脳内が「どうしよう初夜って何着ればいいの!?」と大パニックになるのは、もう少し先のお話である。
(了)




