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だから僕たちは長い夜に会話を求めている。

 日々が慌ただしく流れていくと、胸の奥にそっと溜まっていくものがある。それは誰かに渡せるわけでも、共有できるわけでもなくて、結局ひとりのまま夜を迎える。


 布団に入って目を閉じれば、今日あった些細な出来事が小さな絵のように浮かんでは消える。それを見送りながら、いつのまにか眠りに落ちる──はずなのに、うまくいかない夜もある。


 そういう夜は、静けさが逆に胸の奥をくすぐってくる。落ち着きのない思いがそっと顔を出して、明かりを落とした世界に少しずつ広がっていく。


 それを紛らわせたくて、お気に入りの音楽を流したり、香りを変えてみたり。気楽な気晴らしを重ねて、「眠れますように」と願いながら横になる。


「眠る前の、あの静けさがどうにも落ち着かない」


 スマホのスピーカーから、小さな音が空気を揺らす。


 その音に寄りかかるようにして眠りを待つけれど、ふとした瞬間、さっき見たSNSが気になったりもする。それでも自分に「もう寝よう」と言い聞かせる。


 昼の世界は明るくて、にぎやかで、楽しい。


 けれど、その明るさに自分がうまく馴染めない日もある。同じものを追いかけて、同じように振る舞って、安心するけれど、胸の奥ではなんとなく違和感が動き続けている。


 優しい言葉にすぐ心を委ねてしまったり、少し離れただけでひとりぼっちになったような気がしたり。SNSの向こうで交わされる「正しさ」に合わせて、自分の色が曖昧になっていったり。


 そんな世界は、本当に明るいだけの場所だろうか?


 ……答えが出ないまま、夜は深くなる。


 静かな時間は、自分の奥にしまいこんでいた思いにそっと触れてくる。ずっと見ないようにしてきた箱。気づかないふりをしてきた場所。


「その箱は、どこにあるんだろう」


 目に見える世界よりもずっと内側。


 眠れない夜を何度も越えた先に、ひっそりと置かれている。


 ──でも、開けるのは少しだけ怖い。


 だって、自分の中にある“目をそらしてきたもの”と向き合うことになるから。


 外の世界のざわめきより、ずっと静かで、ずっと大きな存在かもしれない。


「でも、誰もそれを代わりに開けてはくれないよ」


 そう声をかけてきたのは、風を含んだ薄い羽織をまとい、月の光をすくうような細い杖を手にした人物だった。杖はただ静けさを映しているだけなのに、その姿は不思議と夜に馴染んでいた。


「あなたがどんな明日を選んでも、世界はそのまま動いていく。でもね、もしあなたが今日より少しだけ違う景色を見たいと思うなら、その箱と向き合う時間が必要になるかもしれない」


 その言葉は平坦で、どこか冷たくも聞こえるけれど、同時に淡い温度を持っていた。


 まるで、長い夜にぽつりと置かれた灯りのような。


「……私は、どうしたらいいんだろう」


「あなた自身が決めることだよ。ここからどうしたいのか私が決めることじゃない」


 羽織の人物は、月をすくう杖を軽く床に触れさせながら続けた。


「ひとつだけ言えるのはね。あなたがその箱を開けても、すぐに何かが変わるわけじゃない。でも、閉じたままだと、ずっと“遠くのまま”なんだ」


 足元には、光を静かに受け止める杖が佇んでいる。


「箱を開けるには、少しの勇気と、ほんのわずかな好奇心があればいい。


 怖さをごまかす必要はないよ。夜は長いんだから」


 人物は笑って、ひと息ついた。


「……だから、長い夜をただやり過ごすだけじゃなくて、たまには自分と話をしてみるのもいいんじゃないかな。世界は思っているより、少しだけ優しいよ」


 その言葉に、胸の奥がふわりとほどけていった。


 ──私は、長い夜にただ会話を求めていた。

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