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【小説】ユナイテッド ステイツ オブ オニギリ

掲載日:2025/12/17

 乱暴な運転で走るバスの中で、ぼくはまるで緊張のカクテルみたいになっていた。

 サスペンションの伸びきったバスに揺られてどうにかリトルトーキョーに着いたのは昼前である。

 横柄な態度の運転手はぼくが降りるなり、乱雑にドアを閉めると、やたらに煙を撒き散らしながらガタガタと揺れるバスを走らせていく。

 その後ろ姿を見送ってから街の中へと入っていくが、今までにこんなにも緊張した事はあっただろうかと思う。ジャパンでは、これを「サムライシェイク」と言うんだって習った気がする。


 アメリカは戦争に負けた。

 大日本帝国軍の誇る最新型超長距離爆撃機「富嶽」によって破壊されたアメリカ。

 太平洋を挟んで援助される西海岸から始まった復興は、それでもまだ僅かに進んだばかりだった。いまだ焼け焦げた廃墟にテントを張って雨露を凌いでいる状態のひとも少なくない。

 ぼくの家は屋根と壁が残っているけれど、夜になるとダァッドは泣く。

「占領軍の奴ら、地震が無い国の建物はまるで小屋の様だなと笑いながら、ポーチに丸い小型バーベキューを出して細長い魚を焼いてやがる」

 バーベキューですら魚を喰うような人間に負けたんだ、そう言って泣きながら眠る。


 それを見てぼくは悲しくなる。

 あんなに小さくて貧弱そうで、バーベキューでも肉を喰わないでマグロとこを食べるような奴らに負けたのか。

 ケンカなら負けやしない。

 あいつらはズルをしたんだ。

 真珠湾攻撃を合衆国大統領が知っていたなんてのも嘘っぱちだし、証拠だってでっち上げに決まっている!



 そうやって家で不貞腐れていたぼくを見かねたグランマは

「それなら、ニッポンのごはんを食べてみると良い」

 と言って、ぼくにお小遣いを渡した。

「リトルトーキョーに行っておいで」

「リトルトーキョー?」

 素っ頓狂な声が出たのだろう、グランマは大きな声で笑うと

「お腹が空いてると、いやな事ばかり考えてしまうものさ」

 と言って、ぼくを送り出した。

 

 リトルトーキョーになんて行きたくない。

 だけど家にいても芝刈りをさせられるか、日本軍のイヤな子どもたちに戦争ごっこで負ける役を押し付けられるだけだ。

 なので、とりあえず家を出る事にした。


 初めてのリトルトーキョー。

 そこはぼくにとって敬意と屈辱のない交ぜになった街だ。

 綺麗に整備された通りを歩くと、日本軍の兵士やその子供たちが遠巻きにこちらを見ているのがわかる。

 何を見てやがる、金髪で青い目がそんなに珍しいか?

 でもぼくは何も言えず、俯いて歩くだけだった。

 石のひとつでも投げられたら、すぐに帰ってグランマに「リトルトーキョーは厭な町だったよ」って言ってやるつもりだったのに。



 リトルトーキョーの奴らは、アメリカ人であるぼくを苛めるでもなく、歓迎するでもなかった。

 細く小さな真っ黒い目がこちらを見ている。

 なぜグランマはぼくをこんなところに寄越したのだろう。

 スシやラーメン以外に日本人が何を食べているかなんて、どうでもいいじゃないか。

 ぶつくさ言いながら歩いいくと、グランマが教えてくれた店に着いた。

 そこには日本人の目の様に真っ黒く丸い何かが並べられていた。

 チョコレートみたいに茶色いんじゃなくて、本当に真っ黒だった。



 それはまるでコミックやカートゥーンのバクダンみたいだった。

 日本人はこれを食べるのか?

 バクダンを食べて口から火を吹くのか?

 バクダンを乗せた飛行機ごと体当たりする予定もあったと聞いた。

 近くにアメリカ人がいたら、この黒いものが何か訊く事もできるけど、ここはリトルトーキョーだ。

 こんな事なら少しくらい日本語を勉強しておくべきだったかも知れないと思ったけれど、何も教えてくれないグランマだってすこし意地悪だ。


 ぼくは店の前で突っ立っていた。

 後からきた日本人の客たちが、次々と黒いバクダンを買っていく。

 その黒くて丸いバクダンの前に出ているカードは、きっとその黒くて丸い何かの中身を書いてあるのだろう。

 書いてあったところで魚のバーベキューをやるような奴らが食べる物の事だ。

 もしかしたらマグロの目玉が入っているのかも知れない。


「うぇっ、気持ち悪い」

 ぼくがそう呟くと、店の男が日本語でなにか言った。たぶん、邪魔だとか買うなら早くしろと言ったんだろう。

 何もわからないので、グランマがくれたお小遣いをポケットから出した。

 そして帰りのバス代を引いたものを店の人間に渡して、黒いバクダンをテキトーに指差した。

 店員の男は不愛想に頷いていくつかの黒い塊を取り出すと、お釣りと一緒にほとんど投げてよこした。

 お釣りが正しい金額なのかも分からないし、黒いバクダンの中身も分からないから、もし間違ってたり不味かったりしても何も言えない。

 帰ったらグランマに聴こう。

 違っていたら、もう二度とリトルトーキョーには来ない。

 日本人は厭な奴らだ。

 だから間違っていて欲しい。


 ぼくはまるで炭酸の抜けたコーラみたいだった。

 帰りのバスもサスペンションは伸びきっていて酷く揺れたけれど、いくら揺れたってなんの感情も出てこなかった。

 町で見かけた日本のバスはちっとも揺れない。

 それはぼくにとって憧れでもあるし、屈辱でもある。

 グランマは日本のバスに乗った事があるのだろうか?

 それもすこしイヤな感じがした。



 その時、ふとさっき買った黒いものが気になった。

 グランマはこれを食べた事があるのだろうか?食べたとしたらどこで食べたのだろう。

 グランマが日本人する配給に並んでいるところはあまり想像したくない。とても悲しい気分になる。

 だけどグランマが食べてみなと言うのなら、見た目はこんなものだけれど酷い味がするはずなんてない。



 黒いかたまりはやはり真っ黒いバクダンにしか見えない。

 勇気を出してひとくち齧ってみた。



 黒い塊だと思っていたのは表面だけで、中は白いコメだった。

 塩味の効いたコメはとても柔らかく、しっとりとしていて弾力があった。

 思わずもうひと口齧った。

 最初は塩味しか感じなかったけれど、よく噛むと甘さが出てくる。

 グランマが言っていたのはこれかも知れない。

 海みたいな味だと思った。



 ぼくは夢中になって食べた。

 アッと言う間に黒い塊をひとつ食べ終わってしまった。

 もうひとつは持って帰って、グランマにあげようと思った。

 それでもあの味が忘れられず、もうひとつも、少し齧ってしまった。


 これでもう終わりにしよう。

 残りは全部グランマにあげるんだ。

 そう思っていてもまたひと口、もうひと口と食べてしまって、家のあるバス停で降りる頃には、もう指の間に収まるほどしか残っていなかった。

 グランマにあげようと思っていたのにと悲しくなったし、ぼく自身がこんなにも我慢できない性格だったんだとも思って自分に対してガッカリもした。



 ぼくが家の前で俯いて立っていると、散歩に出ようとしたグランマが出てきて

「おやおや、どうしたんだい」

 と笑って問いかけた。

 ぼくは泣きそうになってグランマに手を出した。

 グランマはすっかり小さくなってしまった黒い塊だったものを見ると、にっこりと笑ってそれをつまみ上げると、ひとくちに食べてしまった。


「美味しかっただろう?お土産までくれてありがとう、わたしのぼうや」

「でも、殆ど食べちゃって、グランマの分も」

「いいんだよ、それだけ美味しかったんだろう。それがわかれば、私は十分だよ」

「ごめんねグランマ。せっかくお小遣いもくれたのに」

「また今度は一緒にいこうね」

「怒ってない?」

「まさか!」

「今度いっしょに行ってくれる?」

「あぁ、もちろんさ!」

「今度はぼくがグランマにあれをご馳走するよ、だからいっぱいお家の事を手伝う」

「おやおや、それは大変だ。頑張って仕事をするんだよ」

「うん」


 いつか、ぼくもポーチで細長い魚を焼くようになるのかも知れないな。

 そうしたら、ダァッドは泣いてしまうだろうか。グランマが喜ぶなら平気かも知れない。

 とりあえず、日本人みたいに玄関で靴を脱ぐところからマネしてみよう。

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