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ドール

お姫様とお内裏様【完結】

作者: 鶴機 亀輔

 わたしは、お姫様――のお人形です。


 人間の女の子たちのおもちゃとして生まれました。


 立派なお城に住んだことは一度もないし、お父様である王様も、お母様であるお妃様もいません。


 中国の工場で作られたからです。そこには兄弟姉妹の代わりに、わたしと寸分狂わぬ同じ顔、同じ身体、同じドレスを着た、何千・何万のわたしがいました。人の手で箱詰めされて海を渡り、日本のおもちゃ屋さんの人形コーナーの棚に並べられたのです。


 幼い女の子たちは、わたしたちを見て「かわいい」と褒めてくれます。


 しかし実際に手に取って、おうちへ連れていってくれる子は多くありません。


 すでに日本でメジャーになっているお人形さんたちのほうが人気が高いのです。


 彼女たちだって大量生産の人形なのに、大人の女性もたちからも愛され、購入されています。


 幼い妹を連れた高校生くらいのお姉さんが「こんな安物の人形よりも、専門店で売られている、人間の手で作られたお人形のほうがいいわ」と両親に言っているのを聞いたときは、ショックで目の前が真っ暗になりました。


「お姫様」であるわたしたちが「安物の人形」と罵られたのが、とても悲しかったです。それだけでも耐えがたい屈辱なのに、無理やり箱の中へ詰められ、ぞんざいに扱われてきたわたしたちと違い、人間に丁寧に作ってもらっている人形が存在することに衝撃を受けました。


 それから、どれくらい経ったでしょう?


 店員たちは売上を出さないわたしたちに見切りをつけ、棚から追い出し、箱にシールを貼りました。そうして不人気なおもちゃや人形、ぬいぐるみたちは、セール品の山に積まれたのです。


 安い値段で売り買いされるお姫様なんて聞いたこともありませんが四の五の言ってる暇はありません。


 ここでも買ってもらえなかったら、お店の墓場――暗くて、ものが乱雑に置かれている在庫倉庫でバーゲンセールが行われるまで眠らなくてはいけないのです。誰からも注目されず、冷たく寒い倉庫の奥へ追いやられると店員たちの目に触れることすらできなくなり、忘れ去られてしまいます。繰り返し行われるバーゲンセールで売れないと店員は、わたしたちの処分法について企業の人間に聞きます。


 他店でさらに安値で取引され、気高さも、高貴さも、美しさも持っていない「売れない人形」として扱われるのです。


 最悪の場合、出身地である中国へ逆戻りし、ほぼ無料の値段で売買されます。もはや人形扱いすらしてもらえません。新しい人形の材料や、ほかの何かを作る際のリサイクル品として見られるのです。


 セール品になって売れていく「わたし」が一体、また一体と売れていくたびに安堵しました。同時に、わたしと寸分狂わぬ同じ顔、同じ身体、同じドレスを着た子が売れるのに、どうしてわたしは売れないの? このまま売れ残って墓場行きになったら、どうしよう……と切羽詰まった思いになりました。


 そうして最終日、お店に残ったセール品であるお姫様のお人形は、わたしだけです。


 ほかの人形たちや、ぬいぐるみ、車といったおもちゃたちと「大丈夫、きっと誰かが買ってくれる」と互いに慰め合います。


 最後の審判の時間が刻一刻と近づいてきます。


 閉店一時間前になって、もう駄目かもしれないとわたしは心の中で涙しました。


 来世では、もっと人から必要とされるスマホや大人気の人形に生まれ変われることを願います。


「ねえ、ママ。今日は、あたしの誕生日だよ」


「そうね。でも、我が家には、お金がないからルリちゃん人形は買えないわ」と話す親子連れの声がします。


「なんで!」


 少女の怒声が聞こえてきました。


 ――ルリちゃん人形は、わたしも知っています。この国で一、二を争う美少女です。大人からも人気がある彼女は、お姫様ではありませんが礼儀正しいお嬢様です。顔やスタイルがすてきで、ボーイフレンドがいる彼女は、とても頭がよく、兄弟にもとてもやさしい人形です。


 中国語しかしゃべれなかったわたしたちに話しかけてくれて、この国の言葉や礼儀作法についてを教えてくれました。


「パパが仕事を辞めちゃったから、うちは火の車なの。あんただけならまだしも、弟と妹がいるんだから食べるので精一杯。ルリちゃん人形なんて買ったら、あんたが『あれもほしい、これもほしい』ってなるから駄目」


「ママのバカー!」


 少女は大粒の涙を流して小さな手で目を擦っています。


 彼女に声が届くことはないとわかっていながらも「大丈夫?」と声を掛けました。


 すると驚くことに彼女が、こっちを見てくれたのです!


 子どもたちからシカトされ、店員からも目を向けてもらえなくなったわたしは大喜びしました。


「かわいい、お人形さん。ねえ、ママ。この子は、どう? 買って……」


 少女のお母さんは、目をすがめました。


 検品作業をしていた工場の人たちみたいに、わたしが売り物として売れるかどうかを吟味しているような目つきに、心臓のない胸がドキドキします。「半額」という文字を見て彼女は、ため息をつきました。


「いいわよ」


「本当!?」


「ええ、ただし大切に扱うのよ。うちには、ほかのお人形さんを買ったり、お洋服や小物を集められないからね!」


「わーい!」と少女がわたしの入った箱を抱きしめました。わたしも少女のお人形になれることが、とてもうれしかったです。


 店員の女性がレジを通す音に胸が高鳴ります。「少々お待ちください」と声を掛け、わたしが入っている箱に丁寧なラッピングをしてくれました。真っ白な雪のような景色を前にしてほかの人形たちのおうちであるミニチュアのドールハウスや、優雅なティータイムに思いを馳せながら車に揺られたのです。


 こうして、わたしは彼女たちのおうちへ招いてもらったのです。が――「悪い()()め、ここで会ったが百年目! 今日こそ世界のヒーロー、ジャスティスマンが、おまえを倒す。行くぞ!」


 男の子が右手に持っているヒーロー人形の蹴りやパンチがわたしの顔や身体に容赦なくあたります。「正義は勝ーつ!」


「ちょっと、あんた、何してんのよ!? また、あたしのお人形をいじめてるわけ?」


 少女がやってきて少年と取っ組み合いの喧嘩が始まりました。


 年子の姉弟である彼らは男女でありながら、いつも互いの頬や身体をつねったり、頭の髪の毛を引っ張ったりと、お母さんがいないところではやりたい放題です。


 そうすると就職活動中で家にいることの多い父親が「よさないか、おまえたち!」と仲裁に入るのが、お決まりです。


 少年に放り投げられたわたしは、ヒーローからの謝罪の言葉を耳にしながら「大丈夫です」と答えました。


 そこへよたよたと歩いている一番年下の妹がやってきます。


 彼女は私を掴んで、わたしの手をしゃぶりました。


 しかしながらシリコンでできている身体は、おいしくないと判断し、しかめっ面をします。わたしの手を口から出すと手を掴んでブンブン振り回しました。


「あー……うっ!」


 そして床に投げつけられたのです。人間だったら大怪我をして救急車で病院へ運ばれているか、警察官や鑑識、科捜研によって現場検証をされているところでしょう。


 これほど人形に生まれてよかったと思うことはありません。


「もうみんなして、あたしのお人形さんを乱暴に扱って! お人形さん、大丈夫?」


 少女に抱き上げられたわたしは「平気よ、気にしないで」と笑いかけますが、もちろん彼女には伝わりません。


 心やさしい少女は、唾液まみれになっているわたしの手を除菌効果のあるお手拭きで丁寧に拭ってくれました。


「さあ、お人形さん。お茶会をしましょうね」


 そうして、子ども用の椅子に座らされ、祖父母が少女の誕生日プレゼントとして渡したぬいぐるみたちとともに、おままごとをします。


 彼女が赤ちゃんのときに使っていたプラスチックのコップに紅茶が入っているのを想像しながら飲み、お母さんが作ったオレンジの毛糸でできたナポリタン、チラシをちぎって作ったサラダ、折り紙でできたデザートのショートケーキをプラスチックのデザート用フォークで食べさせてもらいます。


 わたしが夢見た豪華なミニチュアハウスや陶器のミニチュアカップ、本物そっくりなケーキ、木でできた机や椅子はありません。


 人形の仲間は少年の持っているヒーローのフィギュアだけです。白馬の王子様は、この家のどこにもいません。


 少年から悪役を任され、赤ちゃんには身体を舐められたり髪を引っ張られ……と、いつも散々な目にあっています。


 お姫様なんて名ばかりだなと、つくづく思い知らされました。


 このまま王子様に一生会えないかもしれません。


 その事実を考えると少し悲しい気持ちになりますが、こうやって少女のおうちに招いてもらって、遊んでもらえるだけでも幸せです。


 ぬいぐるみたちもいますから孤独ではありません。


 わたしは今の幸せを噛みしめ、おもちゃ箱での生活を心から楽しんでいるのです。


 十一月の終わりには、お父さんもなんとか仕事につき、お母さんの表情も切羽詰まっていたものから、やわらかい表情へと変化しました。


 少女や、その兄弟も以前よりは暮らしぶりがよくなり、食べたいものや、お菓子を我慢することも少なくなったのです。


 そして二月の終わりが近づいてくる頃、少女とお母さんが赤い階段を設置しました。


 下の段には一風変わったミニチュア家具が置かれ、左右には桜と橘の木が飾られました。日本の着物を来た男女が並べられ、ひし形をしたカラフルなお菓子や紅白もちがあります。


 ぼんぼりという花の蕾の形をしたスタンドライトの横に、黒い着物と黒い冠、しゃくを持った貴公子が座りました。百合の花のように白い顔に、バラのような唇をした精悍な顔つきをした青年です。


 彼の名前が「お内裏様」だと少女とお母さん、ぬいぐるみたちとの会話で知りました。


 いつか、わたしのいたおもちゃ屋にやってきた女の子が言っていた、人間の手で作られたお人形です!


 わたしは胸をときめかせながら遠くにいる彼を眺めました。


 決して触れられない、お星様のような彼を見つめるのが、いつの間にか日課になっていたのです。


 ヒーロー人形に「彼が気になるのかい?」とからかわれても、「そうよ。だって、とてもすてきな方だもの」と素直な気持ちを伝えました。


 この気持ちが憧憬か、淡い初恋かは、定かでありません。


 なんにせよ彼を見つめているだけで、わたしはとても胸が温かくなりました。人形は人間と違って食べ物を食べないのに、お腹いっぱいおいしいものを食べた後のように満たされたのです。


 たとえ彼に「お雛様」という女性がいても、この気持ちをなくし、誤魔化すことなどできません。


 あるとき少女は母親の留守を狙って、わたしをお内裏様の隣へ座らせました。


 突然のできごとに、わたしは慌てふためきました。だって、いつもおもちゃ箱の中から眺めているだけだった、お内裏様の近くへ初めて来たからです。


「あー、お姉ちゃん、そんなことやっちゃ駄目だよー! いっけないんだー」


 少年は大声で叫び、少女を指差します。


 ムッとした顔をして少女は弟の口元を押さえました。フガフガ言っている弟に「お雛様が見つからないんだもん。お姫様が隣にいたっていいでしょ!?」と叱りつけます。


「えーっ! 着物を着ているお内裏様の横に、ドレスを着たお姫様が座るなんて、おっかしいよ」


「うるさいわね。だったら、お雛様はどこ? あんたが、どこかにやっちゃったんじゃないの?」


「ぼく、お雛様をどこにもやってないよ!」


 少年は勢いよく首を横に振りましたが、少女は「本当?」と詰め寄ります。


「嘘じゃない。本当に知らないってば……!」


 少女と少年が言い合いをしていると赤ちゃんを抱っこした母親がやってきました。


「もう、どうしたの?」


「ママ、お雛様をどこかへやった人は、必ずこの中にいるわ。私、真犯人を突き止めてやる!」と少女は横目で弟を睨みつけます。


「お姉ちゃんのバカー!」


 少年は、その場で涙目になり、地団駄を踏みました。


 すると母親が「犯人さがしねえ」と表情を曇らせます。「きっとママが引っ越しするときに、どこかへやっちゃったんだわ。お雛様を前のおうちに置いてきちゃったのよ」


「じゃあ――」


「もう、お雛様は永遠に出てこないわ。新しい子を迎えなくちゃね」


 わたしは、その言葉にドキッとしました。


 お内裏様の下で仕えている人たちが「そんな……」「お雛様にもう会えないなんて!」と嘆く声が聞こえます。


 しかしながら、お内裏様は無言を貫きました。


 夜になって人々が寝つくと、わたしたち、おもちゃの時間です。わたしたちは人間には聞き取れない声で話をします。


 三人官女が困り果てた声で言い合いました。


「まったく私たちのお雛様はどこへ行ってしまったの?」


「このまま新しいお雛様が来るなんて絶対にいやよ!」


「ねえ、お姫様は、どう思う?」


「本当に嘆かわしいことだと思います」と心から同情しながら彼女たちの言葉に返答しました。


 この雛人形たちは、皆、同じ人形師の手から生まれたので、この家に来る前からの顔見知りです。誰にも負けない固い結束力があったのです。


 五人囃子が「それで誰が犯人だと思う?」と噂話を始めました。


「やっぱり、お母さん? 引っ越しのときも、ぼくたちを慌てて箱詰めしていたし」


「いや、どう考えても少年だろ。あの子は乱暴な腕白坊主だ。おれたちのことも悪役に見立ててミニカーで引いたりしてたから怪しいぞ。お雛様をゴミ箱に突っ込んだのかも」


「それを言うなら、お父さんだって酔っ払うとベロンベロンになって突飛な行動をするよな。前の会社にスマホと間違えてテレビのリモコンを持ってっちゃったくらいだ」


「いーや、絶対少女だね。お友だちと遊ぶときに、いつも人形を外へ持ち出していたぞ。犯人さがしを自分から名乗れば犯人だと思われないって考えたんだよ」


「やめなさい」と、お内裏様が静かに告げます。「そんなことをさぐって、どうするのです? この家の人を呪ったり、祟り殺すつもりですか?」


「ですが、お内裏様……!」と雛壇に飾られた人形たちが、ため息のような声を漏らします。


「この家の人には、よくしてもらったでしょう。その恩をあだで返すのは私が許しません。受け入れましょう、あるがままを」


 鶴の一声があがるとほかの人形たちは、お雛様がいない現状を嘆いたり、犯人をさがそうとする話題をやめました。


 わたしは隣で何も言わないお内裏様に勇気を出して声を掛けてみました。


「すみません、わたしなんかが、このようなところに座ってしまって」


「お嬢さんが私の隣に連れてきたのです。あなたの責任ではありません。お雛様がいない私への配慮でしょう」


「恐縮です。ところで、お内裏様は、お雛様とは、どのようなご夫婦だったんですか?」


「――なぜ、そのようなことを聞くのですか?」とお内裏様が怪訝そうな声で尋ねます。


「わたしは新入りです。外の世界を知っていると言っても、船や飛行機の積み荷や、おもちゃ屋さんのことしか知りません。あなた方、雛人形を見たのは、この家が初めてです。みなさんの話すお雛様が、どういう方なのか知りたくて……」


 お内裏様は何か思案するような様子で「とても可憐な方でしたよ。桃の花のように美しかった」としゃべりました。「私たちのお父様が最初に作ったのも彼女です。その次に私は作られましたから姉弟のように育ちましたよ。『どんなおうちへ行けるんだろう』『子どもたちの笑顔を見られるといいな』と彼女は、いつも夢見ていましたね」


「人形たちの幸せは子どもの笑顔を近くで見守ることですからね」


「その通りです。人と違う私たちですが、人の手で作られたから感情も同じ。……彼女とは手をつないだことも、口づけをしたこともありませんが、私は彼女が大好きでした。おつきの人形が生まれるのを心待ちにしていたり、お店に立った際は人間たちの「きれい」と言う声のためにしゃんとした背中をして微笑みを浮かべている彼女といると、とても胸が温かくなったんです。お父様が作った片割れと言われてしまえば、それまでですが」


 お内裏様は暗闇の中で、どこかさびしげな顔つきをして、かすかに顔をうつむかせます。そんな彼の姿に、わたしの胸は心臓もないのにズキズキと痛みました。


「そんなことはありません! おふたりの関係は、おふたりだからこそ築けたものですよ」


 大声を突然出したわたしの声に、お内裏様は目を丸くします。


「わたしは、あなたたちと違って工場で作られた人形です。でも、みんなそれぞれ、べつの場所で売られ、買われ、それぞれの運命を辿っています。大量生産されていても、かすかに顔つきが違ったり、性格も異なるんです。ましてや、あなたたちは人間が一から作ったお人形。顔も違えば、心のあり方も違う。その気持ちは、お雛様と同じ時間を過ごしたお内裏様だけのものだと思うんです!」


 はっとして、わたしは口をつぐみました。


 お姫様とは名ばかり。おまけにこの家の新参者なのに、なんて生意気なことをきいているのだろうと気づいたからです。


「……申し訳ありません。失礼なことを申し上げました」


「いえ、いいんです。むしろ、ありがとうございます」


「えっ?」


「こんなふうに、ほかの人形からお雛様との関係を肯定していただけて、とてもうれしいです。お姫様」


「はっ、はい!」


 緊張しながら、初めて憧れの人に名前を呼んでもらえたことに感動を覚えました。


「あなたが隣に来てくれて本当によかった。三月三日が終われば、私たちはまた、押し入れの中の住人となります。それまで、どうぞよろしくお願いします」


「……はい。喜んで、お内裏様」


 そうして、わたしたちは時間があれば話す関係になりました。彼の口からは、お雛様との思い出話が多かったですが、それでもうれしかったです。


 好きな人と話ができる。それだけで胸がときめいて毎日がキラキラと輝いて見えたからです。


 しかし楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいます。桃の節句の前日になると、お母さんが「新しいお雛様をどうしようかしらね」と言い始めたのです。「いっそ、これを安い値段で売って新しい雛人形を買ったほうがいいのかしら?」


 おもちゃたちの間に動揺が広がります。


 雛人形たちは今にも泣きそうな、不安げな声をあげました。


 わたしは隣りにいる、お内裏様へ視線をやります。


 玄関のチャイムが鳴ると、お母さんが誰かを家にあげました。


 それは――「あら、お内裏様の横にお姫様がいるのかい?」


 少女たちのおばあさんです。彼女の手には、なんと――お雛様がいました!


「赤ちゃんが首を引っ張って壊しちゃったからね。直してもらっていたんだよ」と彼女は微笑みながら少女たちの母親に説明します。


「お内裏様、みんな、ただいま!」


「お雛様!」とみんな明るい声を出します。


 お内裏様も「おかえりなさい」とうれしそうな声で言いました。


「お初にお目に掛かります、お雛様」


「あなたは……?」


 わたしが挨拶をすると、お雛様が不思議そうな顔つきをします。


「新入りの姫です。皆さん、あなたの帰りを待っていましたよ。おかえりなさい」


「ありがとう。女の人形は、わたしと三人女官だけだったの。女同士、仲良くしましょうね」


 微笑む彼女は、彼が話していた通りの可憐で桃の花のような女性でした。


 彼女のすてきな笑顔を見ていたら、嫉妬ややきもちなんて気持ちは、どこかへ消えて、つられてわたしも笑顔になってしまいます。


「はい、お雛様!」


 そうして、わたしの初恋は呆気なく終わり、桃の節句の際にお雛様とお内裏様が微笑み合っているのをわたしは、おもちゃ箱から笑顔で眺めました。


 三月三日が、お誕生日である一番下の少女にお父さんが、誕生日プレゼントを渡します。


 少女がうれしそうな表情で「お人形さんだね!」と声をあげます。


 その人形は――……。

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