第九話 タイムリープの条件は?
「あ、哲史ー。こっちこっち」
家を出ていつもの様に自転車に乗って学校にいくと、途中の道で橙子が俺に大きく手を振って出迎える。
「もう遅いって。遅刻しちゃうじゃない」
「だから、一人で勝手に行けば良いだろ」
こんないつも通りのやり取りもすごくありがたく感じてしまうが、やはり気になる事がある。
「んしょっと。じゃあ、学校までお願いね」
「あのさ、橙子」
「何?」
「お前さ、俺に何か変なことやったか?」
「は? いきなり何よ?」
後部の荷台に座ってしがみついて来た橙子にそう訊ねてみるが、やっぱり橙子が何か関わっているようにしか思えない。
だって沙彩に告白してOKを貰った次の夜に、立て続けに橙子と同棲している夢を見るなんて……いや、あれは本当に夢なのか?
夢にしては明らかにリアル過ぎておかしいし、何より燈子とエッチをすれば元に戻れるって条件がおかしすぎる。
(こいつがなんか変な能力でも使っているとか……?)
流石に考えすぎかもしれないが、燈子と同棲している時代に立て続けに飛ぶってのがまずおかしい。
「意味わかんないんだけど、本当にどうしたの?」
「そのさ……最近、変な夢を見ている気がしてさ」
「変な夢? どんな?」
「燈子が出ているような出ていないような」
「ふーん。私もあんたがたまに夢に出てくることあるけど、それって珍しい事なの?」
別に燈子が夢に出てくることが珍しいわけではない。
しかし、あれは明らかに普通の夢じゃないし、何なら本当に二年後にタイムスリップしている可能性すらあるが……くそ、証拠がないのがもどかしい。
「哲史もちょっと疲れているんじゃないの? そういえば、沙彩に告白するって話はどうするのよ?」
「え? あ、ああ……」
すっかり忘れていたが、また沙彩に告白する前に戻っているのかよ……これで三回目じゃないか。
ええい、何度でもチャレンジしてやるわ、どうせOK貰えるのわかっているんだしさ。
(ん? 待てよ)
そういえば、二年後にタイムリープする前って、必ず沙彩に告白していたよな?
まさか告白をすると二年後に飛んじゃうのか?
そんなことが……だが、もしそうなら……。
「ちょっと、どうしたのよ?」
「あ……そうだな。今日は……」
「あ、燈子ちゃん、哲史君。おはよー」
「沙彩。おはよー」
今日は止めておこうかと言いかけたところで、沙彩に出くわし、俺達を見るや手を振って挨拶をする。
やっぱり、沙彩は可愛いな。
「へへ、じゃあまた後でね」
「ああ」
沙彩に出会ったところで、燈子は自転車から下り、沙彩と並んで歩く。
今日は少し時間的には余裕があるのだが、もしかして沙彩の仕業とかじゃないだろうな?
もう疑心暗鬼で頭がおかしくなりそうだよ、本当に。
休み時間になり――
「ちょっと、哲史。今日の事だけどさ」
「え? ああ、沙彩の事か」
燈子に廊下に呼び出されて、何のことかと思ったら、沙彩に告白するお膳立てについてだったので、
「そうよ。あんた、本当に告白するの?」
「いや……その、今日はちょっとやめておく」
「は? 何で?」
「運勢が悪いみたいでさー。告白は後日にしておくわ」
「いいの?」
「うん。ちょっと気になることがあってな」
せっかく、想いを伝える決心がついたので気が引けるけど、どうしても試しておきたいことがあるのだ。
「そう。直前になって怖気づいたんだ」
「ほっとけ。とにかく、今日はいいわ」
「わかったわ。決心が付いたら、いつでも言いなさい。力になってあげるから」
「悪いな」
力になってあげるね……ここ強い言葉ではあるんだが、本心で言っているのか、もはや信じられなくなってしまった。
「では、今日の連絡事項は以上」
担任が連絡事項を告げて、今日の授業もすべて終わる。
本当ならここから、沙彩に告白……と行きたかったんだけど、ここは我慢だ。
「ねー、沙彩。今日、これから暇?」
「うん」
「なら、一緒に買い物にでも行かない? 今日さー……」
ホームルームが終わるや、燈子が沙彩に声をかけて、教室を二人で出る。
あの二人は本当に仲が良い。それは大変よろしいのだが、俺はこの二人と夢の中で……いや、将来交際することになるのか?
にわかには信じられんし、あれは夢なのかもしれないが、今日沙彩に告白しなかったら明日はどういう朝を迎えるのか、今からドキドキしてしまうわ。
翌朝――
ピピピピっ!
「ん……ふわあ、もう朝……はっ!」
スマホのアラーム音で目を覚まし、慌てて飛び起きて、周囲を見渡す。
ここは……俺の部屋だっ! 今、俺は自宅にいる。
「日付は……五月十六日……日付が進んでいるぞ!」
念の為、スマホにあるゲームもログインしてログイン日数も調べてみるが、これは間違いない。
「やっと、普通に朝を迎えられたんだ……」
あの夢だかタイムリープを経験することなく、普通に翌朝を迎えられてホッと胸を撫でおろす。
よかった……いつも通りの普通の日を迎えることがこんなにもありがたいなんて思いもしなかったが……。
「やっぱり、沙彩に告白するのが駄目なのか?」
昨日は沙彩に告白しなかったから、無事翌日を迎えられたが、もし告白してOKを貰ってしまうと、燈子と同棲している未来に飛ばされるって事?
どういう現象なんだよこれは……どこのバカが俺をこんな目にあわせているんだ?
くそ、沙彩と付き合うなって神のお告げではあるまいな。
そんなだったら、神様をぶん殴ってやりたいが、とにかく今日はどんな一日が待っているのやら。
「あ、今日は早かったじゃない」
「よう」
いつものように自転車で学校へと向かうと、燈子が制服を着て俺を待っていた。
「ふふ、何か疲れた顔をしているけど、大丈夫?」
「さあな」
「何よぶっきらぼうね。沙彩の事、今日も良いの?」
「あー……」
どうするかな……沙彩への告白を今日してみたらどうなるかは非常に興味があるんだが、何だか興味本位で告白するのも違う気がするんだよな。
もし二年後に戻されたら、また燈子と同棲を……。
「へへ、ほら早く出発しなさいよ」
「――っ!」
後ろの荷台に座った燈子が俺にしがみつき、こいつの胸が背中に押し付けられる。
(やっぱり燈子、胸大きいかも……)
俺はこの燈子と何度も……くそ、もう一線を越えちまっているってさ……ああ、そんなにくっつかれたら意識しちまうだろうが!
「どうしたのよ?」
「あー……お前、胸大きくなったな」
「…………哲史さー……幼馴染でもセクハラって成立すると思うんだけど」
「うるさい。不満なら下りろ」
「何よー。ふん、このセクハラ男。そんなんじゃ彼女なんか一生出来ないんだからね」
未来の同棲相手にそんなことを言われてしまうとは心外だが、そんな文句を言いながらも俺の自転車から下りようとしないなんてどんだけ図々しいんだ。
「お前さ。好きな男とかいるの?」
「は? いきなり何?」
「ちょっと気になったんだよ」
自転車を漕ぎながら、さり気なく燈子に聞いてみると、
「ふーん。いるようないないような」
「何だよ、その返事は。気になる男でもいるのか?」
「ないしょ♪ あんたに教える義務ないしさ」
何だその返事は……やっぱり、俺の事が好きな訳じゃないのか。
もしそうなら可愛げがあるなと思ったが、やっぱりあれは夢なのかと思いながら、自転車を漕いでいった。