第三話 初めては彼女じゃなくて幼馴染?
「じゃあ、私こっちだから」
「あのさ」
「何?」
「俺、何処に行けば良いの?」
「何処って……ちゃんと、オリエンテーションの時に配布された資料に書いてあるでしょ。経済学部は三号館じゃなかったっけ?」
「三号館……」
そんな事を言われても、建物がいっぱいあって三号館とやらがどこだかもわからない。
てか、俺は経済学部なの?
前の進路希望調査でも確か適当に法学部と経済学部って書いていたけどさ……何とも代わり映えしない進路だな。
「ほら、あそこが三号館。そこの三階でしょ」
「あ、ああ……サンキュー」
「それじゃ国際関係はこっちだから。終わったら、さっきのバス停で待ち合わせね」
と言って、燈子と一旦別れて、三号館の三階に向かう。
そこで授業の登録やら必修や選択科目やらの説明を聞いたが、やっぱり理解が出来ず、上の空のまま時間が過ぎていった。
「ただいまー」
ガイダンスが終わった後、燈子と一緒に帰り、また二人が住んでいるらしいアパートに入る。
ここが本当に俺の家なの?
さっぱり実感が湧かないまま、部屋に入るが、よく見ると部屋が二つあるんだな。
俺の部屋はこっちみたいだが、同棲していても部屋は別々なんだな。
「哲史。今日は風呂場掃除と洗濯お願いね」
「え? 風呂場掃除?」
「そう。言ったでしょう。同棲中って言っても共同生活なんだから、家事は分担って。彼女だからって、あんたの面倒、全部は見れないわよ。私は今日、夕飯と洗い物をするから、哲史は洗濯や掃除、あと買い物も頼むわよ」
「あ、ああ……」
「じゃ、頼むわよ。ほら、さっさとやる。もう暗くなっちゃうわよ」
「わかったよ」
仕方ないので今日は燈子の言われた通りにやる。
風呂場掃除は普段、たまにやっているのだが、このアパートの浴室、新しいけど狭いなあ……。
てか、この夢はいつになったら覚めるんだよ、おい。
「哲史ー、ご飯できたよ」
「おう」
その後、夕飯が出来たので、台所へと向かう。
「じゃーん。今日は肉じゃがと焼き魚に挑戦したよ。漬物はスーパーで買ったものだけど。さ、食べて」
「へえ……お前、料理出来たんだ」
「む、何よ。高校の時も何回かお弁当作ってきたりしてたでしょう」
マジかよ。
そんな記憶は全くないんだが、燈子が料理得意だったなんて聞いたこともないんだが……。
いや、たまに手伝っているみたいなことは言っていた気がするけど、燈子の手料理なんて少なくとも今の俺は食べた記憶はない。
「いただきまーす。うーん、おいしい。我ながらよくできてるな―♪」
早速、燈子が肉じゃがに手を付けて自画自賛していたが、確かに食べてみると普通に美味い。
レシピ通りに作っているんだなって感じだけど、燈子の奴、料理本当に出来たんだな。
「どう?」
「ああ、うまいよ」
「ありがとー。やっぱり、哲史に喜んでもらえると嬉しいなあ」
「お、おう」
ドキっとすることを笑顔で言ってきたので、一瞬胸がカーッと熱くなる。
くそ、こいつがこんなかわいい事を言うなんて……ずっと一緒に居たけど、こんな一面があるなんて、思いもしなかった。
「でも、来週から授業もバイトも始まるしさ。そうなると、哲史と一緒にご飯食べる時間少なくなっちゃうかもね」
「へえ、何のバイトやるの?」
「何のって……球場のビールの売り子やるって言ったじゃん。あれ、やってみたかったのよねー」
球場のビールの売り子ねえ……高校の時は近くのコンビニでバイトしていた気がするけど、活発な燈子には似合っているかもな。
「俺が来たときはサービスしてくれよ」
「バーカ。あんた、まだ二十歳になってないんだから、売るわけないでしょう」
「あ、そっか」
「くす、もう大学生だからって、勘違いしちゃった?」
大学一年の四月ってことは俺も燈子もまだ十八歳か。
そう考えると、二年前とほとんど変わってないんじゃないかって気もするけど、二年分の時間が俺は飛んでいるんだよ。
いきなり高校生から大学生って、そんなの夢でも順応できるわけないじゃん。
「哲史も教習所通うんじゃなかったの?」
「教習所?」
「車の免許取るって言ったじゃない。生協で申し込めば割引になるっていうから、免許取りたいなら、早めに申し込んだら?」
「あ、ああ……そうだな」
免許ね。うん、俺もそりゃ俺だってほしいよ。
だけどこれって夢だから、そんなの真面目にやる必要あるんかな……。
「ご馳走様。食器、そこに浸けておいてね」
何だかんだで食べ終わり、食器を身の入った桶に浸けておくと、燈子が食器を洗い始める。
こういう姿はまるで主婦っぽいなあ……偉い若奥さんだが、俺、このままずっと燈子と……。
(いや、それはまずいって)
俺は沙彩と付き合っているはずなんだ。燈子の事は嫌いじゃないけど、このまま流されたらいかんと思いながら、部屋へと戻っていった。
「ふう……マジでどうなっているんだろうな……」
風呂に入っても一向に目が覚めないし、感触もリアルだから、もしかしてこれは夢じゃないのか?
「お、学園リンクライブ、入ってるやんか。そうだ」
スマホをいじっていると、俺が最近ハマっていたスマホゲームがまだダウンロードされていたので、早速ログインしてみる。
どうなっているか……え?
「ログイン日数、千百六十七日だと……?」
去年やり始めたゲームだから、ログインの日数がこんなにあるはずがないが、もしかして毎日ログインしていたのか?
確かにログインは欠かしてなかったが……てか、トップの壁紙やヒロインも明らかに前とは違う。
「お、おお……」
キャラクターの一覧を見てみると見たこともないキャラやカードがいっぱいあり、眩暈がしてきた。
二年の間にここまで変わっているとは……もしかして、これは……?
(記憶喪失だったりする?)
夢とかタイムスリップとかじゃなくて、二年分の記憶がなくなったとか?
そんなことがあり得るのか……。
「なーに、ボーっとしているのよ」
「うおっ! と、燈子!」
リンクライブの画面を見ながら、そんなことを考えると、燈子がタンクトップとホットパンツというラフな格好で俺の前に現れ、隣に座る。
シャンプーの香りが心地よいので恐らく、風呂に入ってきたんだろうが……なんかすごく色っぽく感じるな。
「まーた、ゲームしてるの? どうせガチャで外したとかでしょう?」
「いや……まあ、そうかも」
「本当にそうだったんだ。あんたさー、ゲームの女の子も良いけど、こんな可愛い幼馴染と同棲始めたんだから、もうちょっとしっかりしなさいよねー」
「わ、わかっているよ」
凄く体を密着させながら、そう言ってきたが、距離が近いってっ!
「むう……何、顔を真っ赤にして?」
「いや、恥ずかしいっていうか……」
「今更、何言っているのよ。付き合ってもう一年になるのに」
だから、燈子と付き合っている覚えはないんだって!
と言おうとしたが、流石にこの状況では口にしにくい……。
「今日の哲史、やっぱり変だよ。なんか悩みでもある?」
「別に悩みとかじゃ……」
「ふーん。なんかあったら遠慮なく言いなよ。力になるからさ」
と言ってくれた燈子がすごく心強く思えたが、やっぱりこれは夢とかじゃないんだろうか?
「ああ、ちょっと疲れているだけかも」
「そう。じゃあ、早く寝なよ。んじゃ、おやすみ」
「ああ、おやす……んっ!」
俺の事を案じたのか燈子がそう言った後、燈子が顔を一気に近づけ、唇が密着する。
(え……こ、これってっ!?)
「ん、ちゅ…………へへ、元気出た? じゃね」
しばらく燈子の唇と重なり合った後、燈子が顔を赤くしながら笑顔でそう告げて、部屋を出る。
燈子の唇の感触を感じながら、全身の力がガックリとぬけてしまい、しばらく放心状態になっていた。