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朝の光と、未来からの手紙

第3話:朝の光と、未来からの手紙


病棟の窓から朝日が差し込んでいた。

少し肌寒い春の朝。けれど光はやわらかく、病室をあたたかく包んでいた。

「……今日、退院なんだよね」

陽輝が小さくつぶやいた。

「うん。寂しくなるね」

夏希も声を落とした。

なつひか図書館の机の上には、昨夜まで未来が書き綴っていた「おすすめ本リスト」が残されていた。

でも――未来本人の姿はもうそこにはなかった。

「見送り、間に合わなかったな……」と陽輝。

そのとき、井川看護師がそっとやって来た。

「夏希ちゃん、陽輝くん、蓮くん。未来ちゃんから、預かってるものがあるの」

そう言って、小さな封筒を差し出した。

白地に、青いペンで書かれた文字――「なつひかのみんなへ」。

蓮がそっと封を開けて、中の便箋を取り出した。

そして、夏希が声を震わせずに読んだ。


なつひか図書館のみんなへ

わたしは、明日、退院します。

ほんとうは、みんなに直接「ありがとう」って言いたかったけど、きっと泣いちゃうから、手紙にします。

最初、病院がこわくて、話すのも苦手だったわたしに、声をかけてくれた夏希ちゃん。

おもしろい本をたくさん紹介してくれた陽輝くん。

最初はちょっとこわかったけど、いちばんやさしかった蓮くん。

わたしは、ここで生きることが少しだけ好きになりました。

それは、なつひか図書館があったからです。

だから、これからも、つづけてください。

入院してる子がさみしくないように。

本が、だれかのともだちになれるように。

わたしも、きっとまた来ます。そのときは、“お客さん”じゃなくて、“なつひか図書館の先生”として。

それまで、みんな、元気でいてね。

だいすき。

――未来


陽輝は、静かに息を吐いた。

「やられた……これは泣くやつだ……」

蓮はそっぽを向いたまま、小さく「バカ……」と呟いた。

夏希は、便箋を胸に抱いて言った。

「続けよう。絶対に、“未来の場所”を守り続ける」

「うん」

陽輝も、蓮も、無言でうなずいた。

その朝、「なつひか図書館」は静かに開館した。

でも確かに、そこには未来の笑顔と、温かい言葉が生きていた。

そして――

どこか遠く、退院する車の中。未来は、膝の上の本をそっと開いた。

そこには、仲間たちがつけたしおりが挟まれていた。

“本は、いつでもつながっていられる魔法。”

――なつひか図書館より

未来は、うれしそうに笑った。

涙がこぼれそうになっても、それを見せる人はもういない。

だからその分、彼女は空に向かってつぶやいた。

「……また、会おうね」


この物語は、ここで一つの幕を下ろします。

ですが必要であれば、「その後の陽輝や夏希の未来」「新しい図書係の物語」「未来の再来」など、続編にも発展できます。

ご希望があればお知らせください。

未来が退院してから数日が経った。

「なつひか図書館」は相変わらず忙しく、貸出ノートはページを重ねている。

でも、陽輝の中には、何かがぽっかり空いたままだった。

「ねえ、陽輝。今日のポップ、書いてくれる?」

夏希がマジックを片手に笑いかける。

その笑顔を見た瞬間、陽輝はなんだか胸の奥がチクッとした。

「……うん、いいよ」

手を動かしながら、心はそわそわと落ち着かない。

いつからだろう。

夏希の声を聞くと、なんとなくうれしい。

隣に座られると、変に緊張する。

でも、それが嫌じゃない。むしろ――

「……あれ?」と陽輝。

「なに?」

「いや……なんでもない」

言葉にはしなかった。

けれど、陽輝は自分の中に生まれつつある“この気持ち”に、ようやく気づき始めていた。

その日の午後、図書館の片付けが終わったあと、陽輝は一人、夏希と未来のやりとりが記されたノートを見返していた。

ページの隅に、未来の字でこう書かれていた。

「夏希ちゃん、かっこいい。やさしくて、強くて、なんでもできるお姉ちゃん」

陽輝は思わず笑って、そして胸の奥がズキンとした。

――未来だけじゃない。

――俺も、そう思ってる。

その夜、ベッドに横たわりながら、陽輝は天井を見つめてつぶやいた。

「……夏希って、すごいな」

言葉にして初めて、自分の気持ちが本物だとわかった。

そして、なぜか少しだけこそばゆくて、でもうれしかった。

ある雨の日の午後。

夏希は軽く咳をしながら、病室の窓辺に座っていた。

「ちょっと、だるいかも……」

「熱ある?」陽輝が心配そうにのぞきこむ。

「微熱だけど、大丈夫。座ってれば平気だし」

陽輝は何も言わず、自分のベッドから毛布を一枚持ってきた。

「……なに?」

「貸す」

「ありがと」

毛布を受け取ったとき、ふと指先が触れた。

ほんの一瞬だったのに、陽輝の心臓がドクンと跳ねた。

「……なんか変な顔してない?」夏希が不意にのぞきこむ。

「え、してない。たぶん」

「ふふっ、たぶんってなに」

陽輝はごまかすようにカーテンの向こうを見た。

でもその笑い声が、耳に心地よく残っていた。

そのまま二人は並んで、外の雨を見ていた。

ぽつぽつ、ぽつぽつ。

「……退院したら、何がしたい?」夏希がぽつりと訊いた。

「うーん……遊園地。思いっきり走ったり叫んだりしたい」

「いいね、それ。私はね――」

そう言いかけて、少しだけ言葉を止めた。

でも陽輝は急かさず、ただ待った。

「……お祭り、行きたいな。夜の。浴衣着て、りんご飴食べて、誰かと一緒に花火見たい」

「“誰か”って、誰?」

陽輝は冗談っぽく訊いた。

でも心のどこかで、答えを少しだけ期待していた。

夏希は照れたように笑って、空を見た。

「それは、ひみつ」

「えー、ずるい」

「じゃあ、陽輝は?」

「……言わない」

「なにそれ! 自分から聞いといて!」

二人は小さく笑った。

それだけだった。

それだけなのに、なぜか心があたたかくなった。

距離なんて、どこにもなかった。

いつのまにか、“となりにいる”ということが、いちばん安心できることになっていた。

7月7日。病棟の談話室には、小さな笹と色とりどりの冊が飾られていた。

入院中の子どもたちや看護師たちが、それぞれ願い事を書いて結びつけていく。

「今年も願いごとか……」

夏希は短冊を前に、ちょっとだけ困った顔をしていた。

「『退院できますように』とか、ちょっと重いよね」

「たしかに。なんか、叶うまで出せなくなりそう」陽輝が笑った。

「じゃあ、なに書くの?」

「それは……まだ考え中」

二人はしばらく無言でペンをにぎっていたが、やがてそれぞれ、短冊に静かに文字を綴った。

夏希の短冊には、こう書かれていた。

「また、みんなで本を読めますように」

そして陽輝の短冊には、誰にも見えないように、小さく――

「となりにいる時間が、ずっと続きますように」

その夜、夏希のベッドの上に、小さな折り紙が一つ置かれていた。

ピンク色の星形。そっと開くと、中には手書きの文字。

なつきへ

七夕って、願いごとを誰にも言わない方が叶うって言うけど、

ひとつだけ伝えたくて書きました。

「なつきが笑ってる時間が、なるべく長くつづきますように」

おれは、となりでそれを見ていたいです。

――陽輝

夏希はそっと星を閉じて、枕元に置いた。

そして翌朝。

陽輝のベッドの枕元に、小さな紙飛行機が置かれていた。

広げると、中には短い言葉が。

おれも。

笑ってる陽輝を、となりで見てたい。

ひみつの短冊には、そんなこと書いたよ。

――なつき

二人はお互い、なにも言わなかった。

けれど朝の光の中で、ただ目が合った瞬間――

そのすべてが、もう伝わっていた。

その日の朝は、いつもと変わらない静けさだった。

陽輝は「なつひか図書館」の整理をしながら、夏希のベッドが空になっていることに気づいた。

「……検査、かな」

少しだけ胸騒ぎがした。

ここ最近、夏希はときどき苦しそうに咳き込み、表情にも疲れがにじんでいた。

何も言わなかったけれど――きっと、不安を隠していたのだ。

昼過ぎ。

談話室に戻ってきた夏希は、ほんの少しだけ、いつもと違った。

「おかえり……大丈夫だった?」

陽輝が声をかけると、夏希は笑った。

でもその笑顔は、どこか泣きそうでもあった。

「……うん。聞いて」

陽輝は静かにうなずいた。

「……ドナー、見つかったって」

その瞬間、時間が止まったように感じた。

「ほんとに……?」

「うん。今朝の検査結果と照合して、適合率が高い人が見つかったって。しかも、日本国内にいる人」

陽輝は、声が出なかった。

そして、気づけば涙がこぼれていた。

「お、おれ……なに泣いてんだよ……っ」

「……泣かないでよ、私まで泣いちゃうじゃん」

夏希も目を潤ませながら、笑っていた。

「これから、移植の準備に入るって。副作用とか、再発のリスクとか、いろいろ説明されたけど……でも、やっとスタートラインに立てた気がする」

陽輝は、言葉を選びながら言った。

「……夏希、生きててよかった」

「うん。ほんとにね」

その夜。

夏希は一通の手紙を書いた。


陽輝へ

今日、ドナーが見つかったって聞いて、

一番に「あなたに伝えたい」と思った。

なぜだろうね。

家族より先に、先生より先に、

真っ先に顔が浮かんだのは、あなたでした。

きっと私は、

“一緒に未来を見たい人”に出会っていたんだと思う。

手術のこと、ちょっと怖いけど……

でも、もう逃げない。

だって、あなたが「となりにいたい」と言ってくれたから。

私も、ずっと隣にいたいから。

――夏希より

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