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開館日と、乱暴な来館者

第2話:開館日と、乱暴な来館者


病棟の掲示板に貼られた「なつひか図書館 本日開館!」のポスターは、意外にも評判を呼んでいた。

「ヒマな時間がちょっとでも楽しくなるかもね」と、看護師さんたちも微笑んで見守っている。

病棟の談話室の一角。折りたたみテーブルの上に、手書きの貸出ノートとマンガ、絵本、小説がずらりと並んだ。

夏希は開館時間ぴったりに言った。

「本日、“なつひか図書館”、開館しまーす!」

「おー!」と陽輝。

「……ようこそ、未来担当“星の王子さまコーナー”もあります」と未来。

そのとき、勢いよくドアが開いた。

ズカズカと入ってきたのは、短髪でやや背の高い男の子。年は陽輝と同じくらいか、少し上に見えた。

「おい、ここって本読めるんだって? マンガだけなわけ?」

「え、うん。いろいろあるけど……」陽輝が答えた。

男の子は無言で机の上のマンガを手に取り、パラパラとめくると――

「なんだ、最新刊ないのかよ。ダセー」

「え、まだ全部は集まってなくて……」夏希が言おうとした瞬間、彼は雑に本を置き、次の本に手を伸ばした。

その手が、**未来の『星の王子さま』**に触れた。

「ちょ、やめて!」

未来が思わず声をあげて、本を引き寄せた。男の子が睨む。

「は? 触っただけじゃん」

「それ……わたしの……おかあさんがくれた……」

「だったらこんなとこ置くなよ」

空気が一瞬で凍りついた。

陽輝が立ち上がる。

「おい、それは言いすぎだろ」

「なんだよ。お前ら、ガキの遊びみたいな図書館で偉そうにしてんじゃねえよ」

陽輝の手が、ぎゅっと握られた。

でも、彼はぐっと飲み込んで、強く言った。

「ここは“遊び”じゃない。退屈な時間をちょっとでも楽しくしようって、俺たち一生懸命考えたんだ」

「……」

「未来だって、勇気出して参加してくれた。大事な本を持ってきてくれた。

それを“ダセー”とか“置くな”とか、言うなら……もう来なくていい」

男の子は黙ったまま、しばらく陽輝をにらみつけ――そして舌打ちをして、無言で出て行った。

静寂。

未来は唇をかみしめていた。

夏希が、そっと彼女の背中をさすった。

「大丈夫。ちゃんと守れたよ。ね、陽輝」

「うん。未来の本は、“なつひか図書館”の一番大事な宝物だから」

未来は、静かにうなずいた。

そしてポケットから、一枚の紙を取り出した。

「……図書カード、つくった。自分の名前と、“星の王子さま”って書いた」

その文字は少しふるえていたけれど、はっきりと丁寧に書かれていた。

なつひか図書館に、新しい物語が、また一つ加わった瞬間だった。

「……今日、未来ちゃん来てないね」

午後のなつひか図書館。

貸出ノートを前に、夏希が少し寂しそうにつぶやいた。

陽輝は本棚を整理しながら答える。

「朝、廊下ですれ違ったけど……顔、ちょっと赤かった気がする」

その時、ドアが静かに開いた。看護師の井川さんだった。

彼女は少しだけ深刻な表情を浮かべていた。

「夏希ちゃん、陽輝くん……ちょっとだけ、お話いいかな」

二人は顔を見合わせ、うなずく。

「未来ちゃんね、さっき急に熱が上がって。いま、個室に移ってるの。感染リスクが高くて、しばらくは面会できないの」

「えっ……」

「熱は?」陽輝が低い声で聞いた。

「39度台。抗生剤を始めたけど、今日は様子を見る感じかな」

看護師さんが去ったあと、部屋は静まり返った。

「昨日まで元気だったのに……」と夏希。

「白血病の子ってさ、急に熱出るんだよね。俺も前、一回だけあって、めっちゃ怖かった」陽輝が言った。

蓮は黙ったまま、窓の外を見ていた。

「……オレの兄ちゃん、熱が続いたとき、病室の天井だけ見てた。誰とも話さなくて、目も合わなくて。ああいうとき、周りに何もできないのが一番つらいんだよ」

夏希が、静かに机の上の未来の貸出カードに指を置いた。

「でも……私たち、何かしたい」

陽輝がうなずいた。

「図書館だよ。未来がいちばん好きだった場所を、未来のために動かす」

「……どうやって?」蓮が言う。

夏希は少し考えて、そっと言った。

「“移動図書館”。明日から、なつひか図書館を一部だけワゴンに載せて、未来の病室の前まで持ってく。ガラス越しで見えるようにするの」

「なるほど、それなら感染の心配もない」と陽輝。

蓮も、静かにうなずいた。

「じゃあ、俺、カート探してくる」

「私は、お気に入りのページにしおりつけるね。“がんばらなくていい”って書いてあるページ、未来が何回も読んでたから」

「俺は、“元気出るマンガ”選ぶ。未来、笑える話が好きだったし」

3人は、未来のために、そっと動き出した。

あの日、未来が守りたかった本。

あの日、蓮が踏み込めなかった心。

そして今、子どもたちは、自分の手で「大事なもの」を届けようとしていた。

「……今日、未来ちゃん来てないね」

午後のなつひか図書館。

貸出ノートを前に、夏希が少し寂しそうにつぶやいた。

陽輝は本棚を整理しながら答える。

「朝、廊下ですれ違ったけど……顔、ちょっと赤かった気がする」

その時、ドアが静かに開いた。看護師の井川さんだった。

彼女は少しだけ深刻な表情を浮かべていた。

「夏希ちゃん、陽輝くん……ちょっとだけ、お話いいかな」

二人は顔を見合わせ、うなずく。

「未来ちゃんね、さっき急に熱が上がって。いま、個室に移ってるの。感染リスクが高くて、しばらくは面会できないの」

「えっ……」

「熱は?」陽輝が低い声で聞いた。

「39度台。抗生剤を始めたけど、今日は様子を見る感じかな」

看護師さんが去ったあと、部屋は静まり返った。

「昨日まで元気だったのに……」と夏希。

「白血病の子ってさ、急に熱出るんだよね。俺も前、一回だけあって、めっちゃ怖かった」陽輝が言った。

蓮は黙ったまま、窓の外を見ていた。

「……オレの兄ちゃん、熱が続いたとき、病室の天井だけ見てた。誰とも話さなくて、目も合わなくて。ああいうとき、周りに何もできないのが一番つらいんだよ」

夏希が、静かに机の上の未来の貸出カードに指を置いた。

「でも……私たち、何かしたい」

陽輝がうなずいた。

「図書館だよ。未来がいちばん好きだった場所を、未来のために動かす」

「……どうやって?」蓮が言う。

夏希は少し考えて、そっと言った。

「“移動図書館”。明日から、なつひか図書館を一部だけワゴンに載せて、未来の病室の前まで持ってく。ガラス越しで見えるようにするの」

「なるほど、それなら感染の心配もない」と陽輝。

蓮も、静かにうなずいた。

「じゃあ、俺、カート探してくる」

「私は、お気に入りのページにしおりつけるね。“がんばらなくていい”って書いてあるページ、未来が何回も読んでたから」

「俺は、“元気出るマンガ”選ぶ。未来、笑える話が好きだったし」

3人は、未来のために、そっと動き出した。

あの日、未来が守りたかった本。

あの日、蓮が踏み込めなかった心。

そして今、子どもたちは、自分の手で「大事なもの」を届けようとしていた。

翌日。

陽輝は病棟の備品室から借りてきたワゴンの上に、そっと本を並べていた。

未来が好きな絵本、小さな物語、そして『星の王子さま』のスペアの一冊。

「よし、これで行ける」

夏希は、未来が付けていたしおりをそっと挟みながら、つぶやいた。

「“一人じゃない”って、どうすればちゃんと伝わるんだろうね」

「きっと、目で。顔で。表情で……伝えよう」

「うん」

蓮は、最後に1冊だけ、自分のマンガを加えた。タイトルは『ギャグ宇宙刑事Z』。未来が笑ってくれたらいい、ただそれだけを願って。

3人はワゴンを押して、個室の前へ向かった。

廊下の突き当たり、一番奥のガラス張りの部屋。

そこに、小さく丸まってベッドにいる未来が見えた。

窓越しに、夏希が軽く手を振った。

陽輝も、笑顔で指を差す――**「図書館、来たよ!」**というジェスチャー。

未来は、少し驚いたように目を見開き、そして、ゆっくりと上体を起こした。

蓮が、ワゴンの一番上に置いていた『ギャグ宇宙刑事Z』を指差し、両手で「笑えるよ〜!」の動きをした。

未来は、口元に手を当てて――小さく笑った。

唇がかすかに動いた。

「……ありがとう」

声は聞こえない。けれど、はっきりと伝わった。

夏希が、付箋を挟んだ『星の王子さま』を窓越しに掲げた。

開いたページには、あの言葉。

「いちばんたいせつなことは、目に見えない」

未来の目が、ふいに潤んだ。

涙が、ほおをつたって落ちていく。

それは、悲しみではなく――つながっているという実感の涙だった。

陽輝が、静かに言った。

「届いたよ」

蓮は、胸元で小さく拳をにぎった。

夏希は、涙をこらえながら、ガラス越しに“しおりをめくる”ジェスチャーをした。

未来も、それに合わせて、そっと自分の枕元の本を開いた。

もう言葉はいらなかった。

ただ、「大丈夫だよ」という気持ちだけが、静かに、確かに、そこにあった。

「やっほー!」

元気な声とともに、未来が病棟の談話室に戻ってきた。

その手には、新しいマスクと、ピンクの小さな帽子。

少し痩せたけれど、その瞳は入院当初よりずっと力強くなっていた。

「未来ちゃん、おかえり!」

夏希が立ち上がって、手を広げた。

「退院、決まったってほんと?」と陽輝。

「うん。明日、帰れるの。白血球の数値も安定してきたからって」

「よかったぁ……ほんとによかった」

夏希はほっとしたように笑い、でもその目には少し涙がにじんでいた。

蓮も、照れくさそうに口を開いた。

「じゃあさ……おめでとうパーティーやろうぜ。病棟限定、図書館スペシャルイベントってことで」

「賛成!」陽輝が手を上げた。

「本好きが本好きに贈る、最後の“未来セレクション”コーナーね」

未来は、少し恥ずかしそうに笑って言った。

「……じゃあ、わたし、“未来のだいすき3冊”選ぶ」


その日の夕方、なつひか図書館には手描きの小さなポップが貼られた。

【未来セレクション】

「星の王子さま」

「雨のなかのライオン」

「ギャグ宇宙刑事Z(お腹いたくなる本)」

「本ってさ、ちょっとだけ、魔法みたいだよね」

未来が言った。

「つらいとき、どこかに連れてってくれるし、さびしいとき、そばにいてくれる」

夏希がうなずいた。

「私たちも、そう思って始めたんだよ、“なつひか図書館”」

「未来が、それをもっと素敵な場所にしてくれた」陽輝が言った。

未来は少し黙ってから、小さな袋を取り出した。中には――

「なつひか図書館 図書係バッジ」

未来が手作りで作ったフェルト製のワッペンだった。

「これ、夏希先輩と陽輝くんに。わたしがいなくても、“なつひか”はずっと続いてほしいから」

蓮がぽつりと言った。

「……お前、立派すぎてズルいな」

未来は照れて笑った。


夜、病棟の窓からは遠くに小さな街の灯りが見えていた。

未来はベッドの上で本を読みながら、そっと目を閉じた。

“ここで過ごした時間”は、きっと一生忘れない。

たとえ退院しても――

あの図書館と、あの言葉は、心のどこかで灯り続ける。

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