ドリームパーク開園
「お嬢様!グレースお嬢様ー!」
「お嬢様しっかり…!」
ジルとカーバンクルになったムロンは、意識を失ったグレースに駆け寄り、声を上げる。
ジルの腕の中で大粒の汗を流し、顔を赤らめてぐったりとしているのだ。ジルはグレースがまだ万全の状態でないにも関わらず、必死に逃げていたからだと。
そう悟ったジルはグレースから離れてしまった事で、要らぬ恐怖を与えてしまった事に後悔する。
「ゴメンなさいグレース様…ゴメンなさい…ジブンが目を離したばかりに…っ!御守りすると、誓ったのに…」
「お前はよくやっていた、称賛に値する。名は何というんだ。」
ヘイドリックは泣きそうになるジルを見下した姿勢で問いかける。ジルはカッとなり細い目を開いてヘイドリックを睨んでしまった。「だってこいつ!娘が苦しんでいる横で心配することなく、娘に使える男に興味を持ったんだ!それが父親の態度なのか!」「なんて情のない冷めた声なのだ!少しは心配をしても良いんじゃないのか!ふざけるなっ!」と脳内でグルグルと不満と怒りが渦巻く。
だが一番その感情を見せてはならない人物だとも知っていた。
だからこそ、言葉だけでもしっかりしなくては…
ジルは唇を噛み締め、ゆっくりと喋る。
「…………ジルです。苗字はない、ただの平民です。」
「ジル。名を覚えておこう。これからもグレースの身の回りを任せる。しっかりと励め…」
「はい…」
ヘイドリックは見下ろすように淡々とお礼を述べた。ジルは目を開いてヘイドリックを見る、その目は何かを訴えるような目をしていたのを、気にも止める事なくグレースから離れていく…
ケルビンは灰色の目が殆どで、その他にも緑や青といった色が多い。ジルのように青と黄色のグラデーションがかかった目の色は、この世界では好まれる事はないだろう。
ヘイドリックはそんな目を「美しく、とても純粋な目だ」と一目見て久々に思った。子供の純粋無垢な、真っ直ぐさに思わず目線を逸らしたくなるくらい、眩しかった。
「カーバンクル。お前はグレースの使い魔として契約したのか?」
「はい、皇帝陛下!」
ムロンは小動物から人に戻り、足をついて敬礼する。ジルは「家庭教師の!」と声を上げ、まさかムロンだったのかと、意外だと驚く。
「恐れながら、グレースお嬢様のお背中に紋様を施しさせて頂きました。契約したのち、私とお嬢様の命は一心同体ですので、その分のお力と加護を授けます。」
「カーバンクルの加護とは?グレースお嬢様が熱なってたのはムロンさんのせいですか?」
「いいえ。違います。この症状は新しいデータ…ごほんっ。魔力を普段以上に拡張され、新しく生まれ変わる為に体が負担を感じ、風邪に似た症状となっているんです。
落ち着いてからと思っていましたが、まさかこんな事になるとは…不覚、不甲斐ない…」
「詳しくは伝承のみでしか知り得ないので、申し訳ないが。女神が聖女に様々な試練を与えると聞いた。それがあの魔物なのだろう?」
「はい、そうでございます。」
「ではもう終わったのか?」
「いえ…それがまだです。指定された場合に行くようにと、私の脳内からビジョンが降りております。
聖獣に選ばれた私には、女神の試練が伝えられてます。不本意ながら、グレースお嬢様をそこまで連れて行かなければ、また次の魔物が現れる事でしょう…」
ムロンはヘイドリックに話しているが、共にいるジルにも伝わるように話した。ジルは眉を潜め、慌てだす!
「いやぁ!待って待って!またあんな気持ち悪いのがでるのー!?えっと!ええっと…!」
「なら仕方ない。ジル、グレースを背負って向かおう。」
「え!?」
「できるな?またアレが出てきた…」
ヘイドリックの目線の先。またあの黒い生き物がコチラに向かっていく!猛スピードではないのが救いだが、悠長にしてられる状態ではないのがわかった。
ジルはヘイドリックに戦わせるのを申し訳ないと感じていたが。
ヘイドリックが強い事を知らない人は赤子ぐらいだろう。彼は多くの人から二つ名で呼ばれている…
『冷酷の皇帝』
戦争時、彼の力は他の国が目を見張るくらいの強大な力を持っていた暴君であった。1000人の兵士を一振でなぎ倒し、初歩で弱い火力のファイヤーボールですら、火力が膨大過ぎて街一面を簡単に焼き払える魔力を持っていた…
しかし。ヘイドリックの婚約者が死産した後…戦力外にまで力を無くしたと言われていたが。
ジルの目や肌感覚から見ても、その強さは枯れていない。
なら彼が戦いやすいように、ジルがグレースを守る事に専念したほうが良いと素直に感じた。
ジルはぐったりしたグレースを丁重に背負い、ムロンも少し支えながら立ち上がる。
「グレースお嬢様、もう少し頑張ってください…ムロンさん!その目的地を教えてください!」
「わかりました!このまま真っ直ぐに下へと進み!外に出てください!そこに大きな矢印が浮いております!」
「大きな矢印?」
「わかりやすいな。行くぞ」
「「はい!」」
ヘイドリックは蜘蛛が襲いかかるたびに自分の武器を精確に振り回し、何度も何度も出てくるたびに斬り殺していく。蜘蛛の強度とスピードが変わっていくのが手応えでわかる。「これ以上続けていけば、倒しづらくなる。厄介な…」ヘイドリックは倒すよりもできるだけ距離を開けさせる事だけを考えて振るう。
ジルはグレースを背負い、おぼつかないながら階段を降りていく。
蜘蛛との存在を感じて内心焦る気持ちが出て、足元をすくわれそうになるのを、必死に理性で押さえつける。
(大丈夫、大丈夫…!焦るな。)
「ジル!お嬢様を落とさないように!」
「わかってます!」
やっと階段から離れて、大きく空中に浮かぶおかしな矢印の存在が目に入り、思わずジルは「グレースさまー!矢印です!矢印ですよー!」と声を上げる…が。
その扉の前には乱雑に山積みにされた椅子やテーブル等の物が、ギチギチに道を塞いでいた!誰が?と言葉が過ったが、これは幾らなんでも不自然な障害物。
これもチュートリアルのひとつなのだと割り切り、ムロンは力強くでどかしていく!
「くそっ!邪魔くさいですねっ!」
ガラガラとどかしていくも、蜘蛛はグレースを襲おうと迫るスピードは速くなり、ヘイドリックの背中が近づいていく!ヘイドリックはジル達がグズグズしているのに声を張り上げて、蜘蛛の一撃を弾きかえした!
「グレースの髪飾りを鍵穴に差し込め!」
「え!?」
「!そうです!それですっ!」
ムロンは霧が晴れたように笑顔が戻り、ジルにもたれて眠るグレースを揺すって起こした。ジルは「ちょっと!?グレースさまはまだ万全じゃ…!」と止めるが、グレースはゆっくりと目を開く。
「お嬢様、すみません。グレースお嬢様のお力が必要なのです!お嬢様の髪飾りをあの鍵穴に差し込んでください。お嬢様がやらなければ、この髪飾りはただの髪飾りでしかありません。
お嬢様だからこそ、この髪飾りは意味をなすのです!」
「そう…なの?」
「ジルさん。背負ったままで鍵穴に近づけられますかね?」
「わ。わかったー…」
グレースは言われるがまま、ジルが障害物にもたれかかり、できるだけグレースが届きやすいよう体を傾け、近づけさせた。
グレースが髪の毛に指していたであろう髪飾りを引き抜き、手先が揺れながら鍵穴へと刺すように向けた。
髪飾りは銀の棒状である。
そのまま穴に入れようとも鍵になる訳がない。
熱で項垂れるグレースからでも、無理だろうと思っていた。しかし!
髪飾りの先が次第に変形させ、まさしく鍵となって形を変えたのだ!
「変わったー!?」
グレースは今度こそ安心し、鍵穴へと差し込んで回した!
ガチャ!
これは無理をしないで、簡単に鍵が開いた。確かな音が全員の耳に響き伝わった!
物でふさがった扉が物の重さからか徐々に開き出し、外が見えるまで自然と開き切った。外は広い庭が見えるはずだが…
「グレース様!見てください!」
ジルが細い目を見開いて、思わず指を指した。
グレースも目を開いて扉の先を見ると、ギラギラと輝くライトが輝いて、色味がピンクと淡い紫が混じり合って幻想的だ。
その不思議な光が、障害物として塞いだ椅子やテーブル等を透明化にさせ…消していった!
背後にいた不気味な蜘蛛も、透明化していって。姿形が消えていったところを見て、やっとチュートリアルが終わったのだと、ヘイドリックは鞘に収める。
「終わったな…」
「ヘイドリック様…!」
「………アレが、ドリームパークなのだな。ムロン。」
「はい、聖女だけが開く事ができる“平和の世界”。でも、だれも、このドリームパークに行けなかった…!
条件は世界を作り上げた女神に愛されれば、ドリームパークに行ける鍵を手に入れる事ができる…
と、しかわからない状態でした。
まさか…ええ、まさかまさか。こんな場所なのですね。そして、身近に辿り着ける場所なのですね。」
ムロンは感動して身震いした。
確かに扉の先は見たことない建物に、美しい空が広がっているが、ジルはどうも平和の世界と言われる程だろうかと疑問に感じた。
「ドリームパークが平和の世界って…?」
なんとなくで口にして、疑問を投げかける。
ヘイドリックがジルに語った。
「そう言われているだけだ。聖女に愛され、選ばれた貴族達の間だけが鍵の事を聞かされる。
………………どうして…」
ヘイドリックが険悪な顔をして、1人で扉の中に入っていく。ムロンも、ゆっくりと足を踏み出していく背中を見て、ジルもグレースを背負ったまま追いかけた。
グレースは夢が正夢になった事を驚いた。
彼らの目の前には大きな遊園地が主が来るのをずっと待っていたと、綺羅びやかに重たい鉄を動かし出した。陽気な音楽が流れ、風船が空へと大量に昇っていく。
「綺麗ですねーお嬢様!」
「うん、ジル。おんぶしてくれてありがとう。なんだか体が重くなくなった!」
「え!?大丈夫ですか!お嬢様!」
「ああ、やっとチュートリアルが終わって、アップデートも完了したのですね!お疲れ様ですお嬢様!」
ジルとムロンはグレースの回復に嬉しく笑う。顔色悪く苦しんでいたグレースの顔色は、とても健康的に戻っている。
グレースはジルから降りて、1人で立ち上がり自ら遊園地の入り口を開いて周りを見回す。
「ワクワクする物たくさんあるけど…」
「どうしました?」
「あ。ムロンさん、あの。
来てそうそうだけど、今日はココまでにしましょう。
2人まで巻き込んでしまったし…怪我とか…」
「へ?あれー!なんか腕すってたー!あはは、なんだか切羽詰まってたから気づきませんでしたー!」
「ムロン。グレースが髪飾りを使えば、ココには…」
「ええ。大丈夫です。この世界はグレースお嬢様ただひとりしか扱えません!」
「なら良い…帰る。」
「あ…お父様…!助けに来ていただきありがとう御座いました!後………ウインディに行ってたのですよね!ありがとう…」
「何度も言わなくて良い。今日から…お前は聖女となった。これから普通の生活が変わる。
心していくように…」
「………はい」
明るい音楽を割くように、ヘイドリックはサッサと扉を潜っていく。
それを複雑そうに見るジルと、何の感情も動いてないムロン。
グレースは…………本当に自分が聖女になったのが信じられないと思った。
(だって、聖女はリヴァリーなはずでしょ?これじゃあ話が大きく変わっちゃうじゃん)
だが否定することは出来ない。
受け入れるしかない。
2度目で人生が大きく変わるとは、グレース自身夢にも思ってなかったのだから。




