※ジル視点 初仕事はお嬢様のお世話係
ジルはお兄さんと共に、軽い荷物だけをボロボロのアタッシュケースに詰めて、この城に住むからと、兄の足に引っ付いてやってきた11才の少年。
お兄さんはとある元レストランの料理人で、彼の腕を見初められ、ヘイドリック直々の専属として買われてきたが…ジルのお兄さんは順風満帆に、料理を震えずにいた。
「お前が?はっ!
“ゼクス”地方の人間が、真面目に料理してお出ししたのか怪しい〜」
「ええー、あははは、まいったなー。
そう言われちゃうと傷つくなー、本当にジブンが作って出してたんですよねー」
ヘイドリックの料理長が履歴書一枚を見て、ゼクス地方の人間と知った途端眉をひそめ、悪態ついて兄を罪人への尋問が如く詰め寄る。
大柄で、料理長を簡単に投げ飛ばせそうな大きな図体を小さくして、細目のジルのお兄さんは苦笑いをして頭をかく。その姿をガリガリな年だけとった料理長は、椅子に座ったまま見下すように彼を見上げていた。
ジルはこんな光景を見るのは初めてではなかった。
ゼクス地方は、ケルビン連邦の中にあるひとつの地方で、そこは囚人が多くいたと言われた場所であった。
ゼクス地方はヴァン帝国と深く悲しい歴史が存在しており、戦争で一番荒れ果て、そこで残ったヴァン帝国の人間たちを地方ごと隔離状態させ。ついでのように犯罪者も収集させた歴史があった。
大きな壁の中は女子供が力を持つ者のいい的として命を狙われ、自分の愛する人を守る為に別の人種同士での内乱が生まれるという殺伐とした空間が、長い事続いていた。そこで生まれた子供達の中には、ゼクス地方特有の2色の目の色を持った人種も生まれだし、その中でも差別の対象として混沌した環境化で、修復不可能なくらいの地獄と化していた。
しかし。聖女と言われた天から授かれし不思議な力を持つ選ばれた少女が、ゼクス地方の治安を異国の知識と聖なる力を持って正してくれた…!
大きな壁は撤去され、ヴァン帝国の人間と。
ケルビンの人間は自由の身になったが。周りの印象は一度付いてしまうと抜け出すことが出来ず、ゼクス地方と聞くと囚人と思われてしまうのはザラであった。
特に2色の瞳を持つ人間は逃げ場のない扱いを、受け続けている…
前のレストランではゼクス地方でやっていたから問題はそこまででもなかったが、ゼクス人に対してわざわざ差別しにやって来る不届き者が、レストランへ営業妨害をかけたり。わざと腐敗した食材を送りつけた業者も中にはいたくらいだ。
ジル達はそれを不満げに態度に出せない。
不満を漏らせば余計に火に油を注ぐ事を、経験則で知っていたからだ。ゼクス地方特有の2色の瞳を隠すように2人はいつも笑って誤魔化すしかなかった。
特に…ジルのお兄さんは図体を小さく小さくしては、相手をビビらせないように生きてきた。
「なさけない」「小心者だ」「臆病なのだな」等と兄の努力を知る事なく、周りは吐き捨てていく。この料理長も、散々なぶった後。自分の“勝利”を感じて快感になり、飽きるまで…続くのだろう。
「嘘つかなくていいから。嘘だってすぐにわかっちゃうんだかね!本当は誰かの手柄をゲットしてココにきたのでしょ〜?」
「違いますってー困ったなー、あははは」
「まあ来ちゃったものは仕方ないけど。君、ここでは皿洗い全般でやって貰うからね。食材には決して触らないと言うならここで働かせてやる。どう?」
「わかりましたー!がんばりまーす!」
ニコニコと笑って承諾したが、ジルは一瞬、兄と料理長が見てない時に眉を潜める。
兄の料理は世界一だとジルは声を高らかに絶賛したいくらい、絶対的な自信があった…なのに生まれや見た目で、皿洗いだけの人生で終わる人間になるなんてゴメンだ。
ジルはやり場のない怒りがブワッと内側から這い上がるも、それを風船に触るように上に登らせまいと、すぐに押し戻した。そしてジルのお兄さんと一緒にニッコリと笑った。
料理長はジルのお兄さんからジルへと興味が変わり、少し優しい口調で兄に問いかける。ジルのお兄さんとは打って変わってニコニコとした人当たり良い態度である。
「んで。弟ちゃんはどうするの?」
「あーえーっとー」
「ジブンはメイドさんと同じ仕事しますー」
「ええ!?」
兄は驚いて思わず大声を発した。
兄の中では室内で静かに勉強したり、遊んで過ごすとばかり思っていたらしく、次は心配そうに大柄の体を丸めてジルの顔を覗き込んだ。
かなり年の離れた兄弟なのだが、下手したら親子に見える。しかしジルはしっかりと意思を持った性格で、やんわりだが押す時は押すタイプであった。
兄が失った強さを持っていた彼は、自信満々にやんわりと笑っている。
そんな強い弟には勝てないとは思っていても、言わないといけないと思い、聞くだけ聞いてみた。
「あんねー、メイド…じゃなくてジルの場合執事になるんだけど、けっっこー大変な仕事だぞー?重いもの持ったり、洗濯掃除だってしたりー…」
「ジッとするよりなにかしたほうがいいじゃーん。大丈夫だよお兄ちゃんー、ジブン頑張れるー!」
「あらら〜ジルちゃん偉いわね〜!おじいちゃんから重いもの持たせないよう、簡単なやつ回して貰えるようお願いしちゃおうか〜?」
「えへへーありがとうございまーす!」
「偉いわね〜〜〜!」
その後ジルは簡単な身の回りのことを学び、下水道の掃除を回されそうになったが、料理長の方が顔が広かったおかげで、廊下の掃除や洗濯、庭師の手伝いで済んでいた。
しかし⋯シュナプシュ王子の件でロロナ先輩がクビになった事が周りに衝撃的な事件だとして、その話で持ちきりとなった。
「ジル。今日から。お前はグレースお嬢様のお世話係として務めるように。やり方は分かっているでしょうね」
「はいー!ローンチメイド長!頑張りまー⋯」
「ケダモノがロロナ先輩をクビにしたって聞いた!?いつからあんな図々しくなったのかしら!」
「ケダモノは平民か、乞食の生まれ変わりって話じゃない。権力持ったと思って偉そうにしてるのよ!」
「そこ!悪口よりも仕事は済んだのかしら!?」
「「す。すみませんでしたー!」」
「まったく…勝手に仕事を増やさないでほしいものだわ…」
「………メイド長、ケダモノとは」
「貴方は気にしなくて良い事です。わかりますね?」
「はいー…」
ケダモノ?ジルは世話係になった事でお給料が上がる事を兄に話したくて、兄の休憩中に顔を出した。
兄はジルの出世に驚き、とても喜んだ。そして、ジルはケダモノについて聞いてみるのだった。
「ねえお兄ちゃん。ケダモノって?」
「……………料理長から聞いたことだが。ヘイドリック陛下の長女、グレースお嬢様のことらしい」
グレース?ヘイドリック陛下は。この国の皇帝陛下だったはず⋯なのにケダモノだなんて不敬罪じゃないだろうか?とても穏やかじゃない事態だと知り、ジルは詳しく聞きたくなって、兄に問い詰める。
「なんでケダモノなんて言われてるの…?」
「過去に、ヘイドリック陛下がグレースお嬢様を部屋に監禁しー、何日も食事を食べさせなかったんだー。それが耐えられなくなったグレースお嬢様は、パーティーという人手が少なくなったところを見計らい、ゴミ箱で食料を漁っていたらしいー…」
「ひどい…!」
「運良く、本当に運良く…別の貴族がグレースお嬢様を見かけ、発覚したそうだ。
だが貴族も使用人達も同情の声よりも、ゴミ箱を漁る彼女の姿はまるでー…
みすぼらしい野良犬や猫のようだと貶しだし、グレースお嬢様を“ケダモノ”令嬢として愚弄したんだ。」
「………………」
「空腹でプライドや、気品も無くなるという発想がココにはない。料理長も偏見持ちだったけど、グレースお嬢様が空腹で苦しんでいたと知り、ショックを受けていたよー……一度、下水道の掃除の話があっただろー…あれ、今まではグレースお嬢様がやっていたそうだー」
「はあ!?」
「どうやらグレースお嬢様が進んでやっていたと聞いたが、ヘイドリック陛下の指示かもしれない…
ジル。ココは狂ってる。
料理長が言っていたが、私はもう高齢で明日からお兄ちゃんが料理長として活動出来るようになるが。謂れのない罪を着せられる可能性があるから、気を引き締めろと言っていた。
ジルも、変な仕事を回される可能性もある…」
「そんなの…いつもの事だろうーお兄ちゃん。
料理長に言われるのはシャクだけどー、自分は上手く立ち回って見せますよー!」
ジルは目を開いて、満面の笑みを浮かべた。彼の目は青と黄色の瞳を光らせ。グレースを守ると自分の中で強く誓うのであった。