タルティーヌ
ペタペタと室内用の靴をまっさらな廊下を歩いて、リビングまでたどり着いた。
扉を開けたら3人はもう食べ終わっている頃だった。
「あら、体調は大丈夫なの?」
母は口元を拭いてからスマートに聞いてきた。体調?
「あっ、いえ。大丈夫です?」
「そうか。急に雨で体調が崩れたのだろう。グレースにも朝食を…」
「かしこまりました」
父が後ろにいる執事に声をかけ、メイドたちが私の朝食をせかせかと用意してくれた。今日の朝食はフルーツや生ハムと、マーマレードジャムとハチミツのタルティーヌだ。
私はアボカドサラダとミルクを飲んでから、違和感を感じていた…おかしい。
体調不良?誰にもそんな事を言った覚えなんてない。食べている最中、父は「今日はミルキィの来客が来てくれるぞ」と優しく語りかけた。
「らいきゃく?」
「ミルキィには素敵な許嫁が来てくださるそうよ。ママも写真を見たら、それはとてもかっこいい男の子だったわよ〜!」
ミルキィはヘェ~と、興味なさげに返答する。
まあ今はシュナプシュにお熱出し、ハッピーエンドでのワンシーンで、ちゃっかり結婚しているし。ルネガーに対してなんの感情もないのだろうとは分かっている…そう考えるとルネガーの立場なさすぎるなぁ…
「実際会ってみれば仲良くなるさ。真面目で優しい子だと聞いているよ、さあミルキィ、そろそろ着替えておいで。」
「………ミルク、会いたくない。」
「おや?どうして?」
「ミルキィ、大丈夫よ?ルネガーくんは怖くないからね?」
「ミルク……おねえさまの、婚約者が……すきなの…」
ぐすぐすっと、メソメソと鳴き出し。ミルキィは俯いてしまった。父と母は慌てて、ミルキィを宥める。
この光景を見たのは2回目だなぁー
「まあミルキィ…どうしましょう…」
「ミルキィ。何度も言うが婚約者を変えられない、グレースは大事なお役目を全うしてくれているんだ。恋愛感情ではどうする事も出来ないのだよ」
「それでもミルクは好きでもない方と結婚できませんっ!今からでもおねえさまと交代できないの!?」
「へえーイイじゃん。交代してもいいよ」
「なに冗談を言うのっ!そんなの出来るわけないじゃない!!」
母は私の言葉にカッとなって怒鳴る。まったく…私はシュナプシュよりもルネガー派なんだが、現実は簡単に変えられないものだ。知ってたけどさ。
「おねえさまズルい!ズルいズルいズルいぃ!交換してぇえー!」
「ミルキィ。ルネガーくんに会うだけ会ってみましょうよー!きっとミルキィもすぐに気に入るわ。さあさあ!泣かないで」
「いやっ、いやぁあ!」
ご飯が食べ終わってから、ミルキィはメイドや母の強引な押しに押されながら席を外した。
まだミルキィはワンワン泣いていて、こんな駄々っ子を学園時代まで振り回されていくのかと考えると、目眩がする。
ミルキィたちの背中を見ていた時、ふと。父と目が合った。
「………さてグレース。今日の予定は家庭教師を呼ぼうと思っているんだが。なにか条件をつけてほしいものはあるか?」
「え?あ?家庭教師ですか?」
そいやメイドとしての生活や、学園でしか勉強してこなかったな。なんか色々忙しくて忘れてた。
でも実際私は勉強なんて大っきらいなのでお断りしたい…!
「ミルキィにも女性の家庭教師を仕えている、お前にも仕えさせない訳が無い。」
眼力で「拒否権はない」と突きつけられた。こええ。
私は父に「お父様の見立てに叶う方なら何でも良いです」…みたいな事を言って、父は納得してくれた。
「グレース」
「はい」
「ロロナの件だが。ロロナは昨日をもってメイドをクビにした。原因は知っているよな?」
「!………はい。シュナプシュ様に差別的な発言をしたことで破談の可能性と、国との関係が悪化させる原因になるからですよね。」
「そうだ。
今でもこの国ではヴァン帝国の人間を憎み、嫌悪している。だが、それも選んでいられない。水を多く持つヴァン帝国との関係を良くし、戦争をしない。
それがお互いに良い未来だと私は思っている。
グレース。
またなにか問題があれば必ず報告し、止めろ。
私はお前を“人間として”敬意を払おう。」
父は真っ直ぐに言い切って、等々リビングへと姿を消した。あっさりとした別れ方だ。
あの時私は「人間扱いをしてくれ」と話した事で、父は私の見方が変わったのだろうか?
大きく息を吸い、少しは未来が変わってくれたのかな?と軽く考えてみたが。結局魔王が復活するかどうかで私の扱いはそのままかもしれないとも思った。
…
……
………。
寝室。決まったばかりだからまだ慣れない。
まだ自分の部屋な気がしない。そんな過去の自分がチラチラと囁いているが、堂々と戻る。
(なんか眠いんだよね。買い物してからの見合いだったから疲れたのかな…)
扉を自分で開けて、ベットに入ろうとしたら…
「え!?」
室内は強盗が入ったように荒らされていたっ!