焼きおにぎり
14時。
2回目の縁談なのでどうしたら良いのかとドキドキしてしまう。これは不安とストレスのドキドキだ。ときめきのドキドキであったらどんだけ良かっただろうかと…
婚約者は大あくびをしながら、ポケットに手を突っ込んでやってきた。
その同時に、お付きであるダーウィンが後ろから小突かれ、なんとも垢抜けたの姿が見えた…なにか違和感を今更、気がつく。
いや。男子なんてそんなものだし、意中の相手じゃないとこうもだらしないものだろう。
シュナプシュは私をみてニヤニヤと小馬鹿にした顔を掲げて、少し早歩きで迫ってくる。
(ああそんなに焦って来なくていい。ゆっくりとスローモーションでこい)
「よおケダモノ女。ご機嫌麗しゅうー…ん?」
シュナプシュは私のドレスに気が付き、声が漏れて「ドレスが…」と驚いていた。
そうだ。わざわざテメェの為に、この柄を選んでやったんだ。今日だけ会えば後は学園での再会となるだろう。多分。いないかもしれないけど。
その時の為に選んだのだから反応してくれないとツライものだった。
「シュナプシュ様に頂いたお着物が忘れられなくて、今日新調したものなのですよ。似合いますか?」
「あ。ああ、うん……良いんじゃねえの?」
「本当に?ふふ。ありがとうございます」
「………なあ。その猫かぶりはやめろ。ケダモノ女なのは知っているから、女ぶるな。気持ち悪い…」
「はぁ~…せっかく。綺麗にしてきたって言うのに、気持ち悪いはないでしょ?」
大きなため息。
まあ、気を使うなんて嫌だからありがたいんだけど。
ダーウィンとロロナは私らのだらしない姿に、ガッカリと肩を落とした。
そして肩を落としたと同時に、シュナプシュはダーウィンに「おい」と声をかけた。ダーウィンは少しためらったが、大きな風呂敷から何やら見覚えがある物を出してくれた。
「そ!それはっ!!」
目に止まったのは、ずっと口の中で欲しくて欲しくて堪らなかった。それでもこの世界じゃ食べる事が叶わないのだと自分に言い聞かせ、諦めていた懐かしいあの味が、目の前に出されたのだ!
「焼きおにぎりだ!!」
「なんだ、知ってるのか!」
なんと焼きおにぎり、味噌味っ!!そして添えられているのはおしゃぶり昆布!?たくあん!!
「俺が作ったものだ。食え…あ?」
「ま、待って下さい!」
思わず手が伸びた手を、ロロナはサッと手を伸ばして静止させた。ロロナは焼きおにぎりたちを見て、気持ち悪い物を見る目で睨んでいた。
「これは本当に食べ物ですか!?」
「はあ?」
「この強烈な臭い…!腐敗している可能性があります。こんな物をお嬢様に食べさせるおつもりですか!?」
「え…はっ!」
思わず気づけなかったが、確かに臭い…!
だけど臭いものなんだ!
何故ならこの国の料理は和食のような臭いがない。
常に色鮮やかで、無難で、派手なもの。
ヨーロッパに和食を出したところで受け入れるのは、難しいものなんだと、SNSで知っている。
今はクールジャパンだとか、日本が流行っている!と言ってたけど、それでも違う形で変えることで受け入れていっていると聞いた。
私は少し慌てた。ロロナにどう説得したら良いのだろうかと思った。
今までずっとヨーロッパのご飯を食べ続けていた人間が、和食を食べだすなんておかしいし、どう言えば良いのだろうかと不安になる。
「腐敗した?これはヴァン帝国の伝統料理の一つだ。体に悪いものはない。そこまで気になるなら、食べて調べてみろっ」
「ひぃ!」
ロロナはドン引きする。何をドン引きしたのだろうか?何も気持ち悪いものはない。私の目には何も変なものはない。
「ロロナ?」
「っ!…………いやっ」
「いやあっ!この食糞人!魔人はイカれてるっ!!」
「ロロナぁ!」
「魔人の感性は人間じゃない!こんなものは人間の食べ物じゃないっ!」
そんなっ!
ロロナはパニックを起こしたように金切り声をあげ、シュナプシュたちを罵声しあげた!
ロロナの言葉を聞いてなぜこんなに拒絶したのかわかった。ロロナから見て、味噌が食べ物と連想しないのだ!
まずい…!これは分かる。
これは完全に侮辱だ。
婚約者が逃げ出したよりも最悪な展開!
私はそのおぞましい瞬間に立ち会ってしまい、流したくない汗が全身に流れたのを感じた!
勿論…シュナプシュも、ダーウィンも。ニコリとは流さなかった。ピリついた空気。
だって私から見て、本当に嫌がらせで作ったものじゃないのが分かる。
だからこそ、こんなに言われるなんて、あんまりだ。
「食べ物じゃない、か。お前らからはそう見えるんだろうけど、これはちゃんと!人間でも食べれる食べ物だ…メイド風情が…俺達に喧嘩売っているのか?」
「ごめんなさいッッッ!!!」
私は席を立ち、シュナプシュに深々と頭を下げて謝罪をした。
頭が真っ白で、泣きそうだけど。私だったら深く傷つくのは分かる。
親切にしたのに、こんな言われたら、嫌いになるし。怒る。泣きたいのは、シュナプシュだ。
心底きらいだ。虐めてくる奴だったし、口悪いし。
1回目のいじめを許さないが、それとこれとは違う。
これでいじめられても、私は…受け入れないといけない。それがケジメってもんだと思う…
「ごめんなさい…シュナプシュが私の為に作った物に酷い事を…!それだけじゃない。差別的発言を2人に浴びせてしまった。本当にごめんなさい…ロロナ!」
「へ!?」
「謝って!今の発言は許せるものじゃない!謝罪しなさいっ!」
「あー…いやぁ…でもぉ〜…」
モゴモゴとロロナは苦笑いで流そうとした。私はロロナに声を上げて来なかったが、これだけは絶対に流させない。
怒りでロロナに言わなきゃいけないと決心する!
「ロロナ!貴方は今日からクビよっ!すぐに荷物をまとめて出ていきなさい!」
「はあ!?そんな!」
「謝罪する気がない人と一緒にいても不快なだけだ!さようならっ!もう二度とここには来ないように!」
ロロナは信じられない!と両手を広げて、また反論しようとした。これは普段からロロナが私に対して舐めていた故の返しだろう。
ロロナは逆に私に叱りつけるように答える。
「グレース!アレを食べ物に見えるの!?ライスにベッタリ糞を塗った食った物!腐った野菜!乾燥した木材の物を、彼らは食べ物だと言ってきたのよ!
侮辱されているのは我々よ!
ゴミを漁ってきたアンタにはそうは見えないかも知れないけどっ!」
酷い言われようだ。
最後まで私も侮辱するんだな。
「ロロナにはそう見えるのは、ロロナがヴァン帝国の人を魔人として見ているからでしょ?ヴァン帝国は私達と同じ人間だし、相手に嫌がらせしたくて持ってきたんじゃない。
これは焼きおにぎりっていって、豆を発酵させて作った豆のペーストだし。これもたくあんと言って、つけて作った物。
木材って言ったのは、昆布。海に流れている海藻。
どれも食べ物。
自分が無知だからって、深く知るもせず侮辱して、よく恥ずかしげもなく言えるものだな…」
「なっ!?」
ロロナは顔を真っ赤にさせてフルフルと震えだし、まだ不満げ…と言うよりも偉そうに!と怒っていた。
私は実際に食べて見せれば納得すると思い、焼きおにぎりをひとつ取ろうとしたが、シュナプシュがサッと下げた。
「シュナプシュ。ひとつ食べさせて?」
「糞なんだろ?食えるのか?」
「違う。ちゃんとした食べ物だよ。シュナプシュが私に変な物を食べさせないと信じているから、食べたいの。」
「……………………はい」
「ありがとう。」
私は焼きおにぎりを一口、ロロナに見せつけた。
口の中であの懐かしい味噌の味が広がり、胸が一杯になった。たくあんもパリッと良い音が響き、焼きおにぎりにとても合う。
嬉しい。
まさかここで気持ちを揺さぶられる日が来るとは思わなかった。
ずっと、ずっと。恋しかった今じゃ思い出の味になったものだ…
「………うぐぅ…うう…っ」
ロロナは罰が悪そうにその場から逃げるように去った。シュナプシュとダーウィンはそのロロナの背中を見て、少し笑って見せた。
「おい。ケダモノ。いくつ食う気だ?」
「ん!?(モグモグ)…んっ、ああ。もしかして、シュナプシュの分もあった?」
「意地汚えなぁテメェ!お前と食うための分に決まってんだろうがっ!」
「いや、かなり美味しいから。止まらなくてっ(ポリポリ)」
「とーぜんだっ!この俺が直々に作ってやったんだからなっ!感謝しろっ!!」
相変わらずムッカつく…と言いたかったが。
今の私にとっては今日が本当に最高の日となった
ーーーありがとう。動く嬉しかった…!」
「……ふんっ、まあ今日は、水に流しておく。ダーウィンもそれで良いよな…?」
「主の御心のままに」
よ。良かったー…これで関係悪化なんて目も当てられないものだ。しかも懐かしき緑茶も出して貰って、夕食がいらなくなりそう。
…
……
………。
「はぁ〜、満足ぅ…もう思い起こすことない…」
「どんだけ美味かったんだよ」
「もうずーっと、この味が恋しかった…あっ、でも食べたのは初めてで!本読んで食べてみたかったんだよ!だから食べる事が出来てうれしーって!」
「そうか。よかったな…」
シュナプシュは満更でもない。穏やかで染み染みと喜んでいるのがわかり、なぜだかドキッとしてしまった。
いや、ないない…
クソガキサイコパスだぞ?
相手の意外な一面見てドキッとしただけ…!!
目元をグッとつぶっていたら、ちょんちょん、と手に指が当たって目を開けた。
シュナプシュが真っ直ぐに見つめていて、またドキッとさせられた!
彼の顔を脳裏に焼き付かせてしまう。
目元が猫みたいにくっきりしていて、太眉。乙女ゲームでは攻略対象にはならないけど、少年漫画とかで見る凛々しい顔立ちが、まさしく男の子なのだと思わせる。真っ赤な瞳の色もキラキラ光って宝石みた…
あーーー!まてまてまて!
本当におかしい!
気持ちが焼きおにぎりで高まってるだけだっ!
「亜ガガガが!?なんなにぃ!?」
「文通…する?」
「へ!?文通ぅう!?」
「ほら。明日から国に帰るし、会える日はいつになるかわからないからな…文通くらい?婚約者同士ならして当然…もしかして、文字書けねえの?」
「書けるわ!」
「な~んだ。せっかくこの俺が、お前に勉強も兼ねて文字を教えてやろうかと思ったんだが」
「大きなお世話じゃい!てか急になんで心変わりしたぁ!?私の事興味も無かったでしょ!?」
「はあ?………興味なんて、今も、ねーよ」
「なんだそりゃ!」
「だから今から…ぇー…そう。そう…戦略的な、いや。とりあえず!しろっ!!絶対に!」
「わーわかったわかった。………文通するよ。」
「へへっ」
グッ…!!今日はなんなんだ!
まるで屈託ない無邪気な笑顔振りまいてくるなぁあああ!かわいいッッッ!
もう!疲れでおかしくなった。プラス、焼きおにぎりに奔狼されているのだと。今日はそれで締めることが出来た…