ハロウィンといえばダイエットだよね
今年も早いもので、二か月後にはハロウィンがやってくる。
ハロウィンといえば、ダイエット。
あかりは去年の苦い記憶を思い出して拳をギュッと握りしめる。
「今年こそ見事に演じ切ってみせる」
あかりの通う青葉高校は、創立百年を超える地域で一番の名門校。
毎年ハロウィン前後に行われる青葉祭では、生徒たちがコスプレをして楽しむのが伝統行事となっているのだ。
「あかり~、今年の青葉祭どうすんの?」
それゆえ青葉祭が近づくこの時期になると、どんなコスプレをするのかが当然話題の中心となる。衣装を作り始めるのも丁度この頃からだからだ。
「私? もっちろんアカリンに決まってる!!」
最高の笑顔で力強く宣言するあかり。
「アンタ……去年挫折したのに懲りないわね……」
ジト目を向けるのは親友の知里。
「うう……だ、大丈夫よ、今年こそアカリンのコスプレをしてみせる!! だってせっかく去年作った衣装勿体ないでしょ?」
「……その腹で?」
ガシッとあかりのお腹を鷲掴みする知里、その手に収まらないほどのはみ肉は、まるでたぷたぷと音がしそうなほどの重量感を醸し出している。
「う……大丈夫、まだ二か月もあるし……今からダイエットすれば……」
「去年も同じこと言ってた気がするんだけど……?」
アカリンは魔法銃を駆使してこの世の闇と戦う魔法戦士。名前が同じということもあって、あかりの推しキャラとなっているのだが……全体的に露出は少なめな一方で、完全な腹出しスタイル。お腹のくびれが最大のチャームポイントとして他の魔法戦士と差別化されているため、腹出しせずにアカリンは名乗れないのだ。
アカリンファンとして、たぷんたぷんのお腹でアカリンを貶めることなど絶対に出来ない。
昨年は秋の食欲に負けて、結局用意した衣装が着れず、シーツお化けになるという屈辱を味わったあかり。今年こそはという意気込みだけは昨年以上、フンスと鼻息を荒くして言い返す。
「ふふん、去年の私とは違うのだよ知里」
「そうだね、現時点で去年より二キロ増えてるしね」
「ぎゃあああ!? それ言っちゃう? 優しさは無いのかねトモリン」
「優しさで体型代わるならいくらでも優しくしてあげるけどね。まあいざとなればシーツお化けになれば良いじゃん。気楽に行こうぜ?」
「二年連続シーツお化けとか……私の高校生活終わっちゃうんですけど!?」
あかりは決意を新たにダイエット計画を始動した。
「ただいま~!!」
「あ、お帰り。今夜はあかりの大好きなハンバーグとアップルパイよ」
「え……? なんで? 誕生日でもないのに……」
「えへへ、びっくりしたでしょ? 懸賞で和牛ハンバーグ一年分が当たっちゃったのよ!! あ、リンゴは学生時代の同級生がリンゴ園始めたからって、大量に送ってくれたの。貴女アップルパイ大好きでしょ? 毎日作ってあげるわね」
あかりは三度の飯がハンバーグで良いと公言してはばからない生粋のハンバーガーだ。そしてアップルパイこそ人生と言い切るアップルパッカーでもある。
「……神よ」
あかりは天に向かって歓喜の涙を流す。普段神社にも行かない不届きものなのに。
「あはは、そんなに嬉しかった? そうそう、田舎からコシキラリの新米届いたから、ご飯もたくさんお代わりしてね?」
もしかして明日死ぬのかもしれない……あかりはお米をおかずにご飯が食べられるほどのライサーだ。しかもコシキラリは全あかりが満場一致でベスト米品種に選んだ推し米。特にコシキラリの新米が持つ魂を溶かすほどの甘さ、粒の大きさ、弾力、艶は同じ重さの金と比べても勝るとも劣らない白いダイヤモンド。
「もう……お終いだわ、推し米だけに」
あかりのダイエット計画は始まる前から破綻寸前だ。
「まあ、まだ二か月もあるのだし、今日は明日から始まる厳しいダイエットに向けて自分を鼓舞する決起集会といったところ。その意味でもしっかり味わって食べないとね」
あかりの中で今日という日はノーカンとなった。
ダイエットは明日から。だって一日は朝日が昇るところから始まる。こんな中途半端な時間に始めるのは良くないに決まっている。ダイエットの神さまだってそう仰るに違いない。
あかりはそう結論付けた。
「え? あかりダイエットするの? 明日から?」
「そうなのママ」
「わかったわ、それならママも協力しないとね。アップルパイは二日に一回に減らして、ご飯の御代わりは二回以上出来ないように炊く量を減らします」
「ありがとうママ!!」
だが――――
「くっ……美味しい……ご飯お代わり!!」
「駄目よもう二杯お代わりしたでしょ? ほら、ジャーの中空っぽよ」
「そうだった……じゃ、じゃあアップルパイ食べたい」
イラスト/Y.ひまわり様
「今日はお休みの日でしょ? これは私とパパでいただきます」
「そ、そんなあああ……」
あまりの悔しさに泣き出すあかり。
「なあ、あかり。ダイエットは食べる量を減らすよりも、消費カロリーを増やした方が効果があるし長続きするんじゃないのか?」
優しく諭すようなパパの言葉にハッとするあかり。たしかにそうかもしれない。
「ありがとうパパ、私が間違っていたわ」
「うんうん、やっぱりあかりが悲しい顔をするのは見たくないからね。そうだ、駅前にコンビニ感覚で利用できるジムがオープンしていたから、そこを通ってみれば良い」
パパの助言で駅前ジムに通い始めることになったあかり。
「ふふ、ここで頑張れば好きなものを好きなだけ食べられるとかマジ魔法みたい」
あかりのモチベーションは秋の空のように高い。
『あの女子高生すげえな……』
『ああ、なんて言うか……鬼気迫るっていうか』
周囲からはそんな風に見られてはいたが、マイペースなあかりは気付くことは無くひたすらマシンと向き合い、己の限界に挑んでいった。
そして青葉祭前日。
「あかりさあ……たしかにくびれは出来たよね……でもさ――――それってアカリンというより、アビゲイルだよね?」
アビゲイルは対戦型格闘ゲームに登場するムキムキの軍人キャラ。銃を持っている以外にアカリンとの共通点は皆無だ。
「やっぱりそうだよね……」
あかりは深くため息をつく。
鍛え上げられた彼女の大胸筋は制服越しにもわかるほど胸板を強調し、盛り上がった上腕二頭筋と翼のような広背筋によってシャツが張り付き、今にもボタンが飛びそうなほどパンパンになっている。美しい逆三角形にくびれた腹筋は六つに割れ、制服の下で躍動する全身の筋肉が、近寄りがたいほどのオーラを放っているのだ。
「どうしよう知里……このままじゃまたシーツお化けになっちゃう」
「シーツお化けっていうよりも筋肉お化けね」
「嫌あああ!! 語感が乙女じゃない!!」
シーツお化けになるということは、すなわちモブ確定。あれ? 青葉祭参加してたっけ? と翌日言われてしまう悲しい事態は避けたい。
「諦めるのは早いわあかり。幸いアカリンは露出少ないから筋肉は服である程度誤魔化せるし、身体が大きくなっている分、小顔効果も期待できる。衣装のサイズさえ何とか出来ればアカリンになれるよ!!
「そうだよね!! でも……今からじゃ衣装のサイズを変えるなんて無理……」
「ふふん、これを着なさい。私が密かに作っていたアカリンの衣装よ!!」
二回り以上大きいサイズの衣装を手渡す知里。伊達に親友をやっているわけじゃない、毎日隣であかりを見てきたのだ。かなり早い段階でこの状況を予想していたのはさすがというしかない。
「トモリン……マジ感謝」
感激の涙を流すあかり。
「良いってことよ。青葉祭一緒に目一杯楽しもうね!!」
翌日――――
「……ねえ知里、なんかずるくない?」
知里は、あかりが着る予定だったアカリンの衣装を見事に着こなして注目を集めている。
「何言ってんのよ、私が使ってあげなければ今年もまた無駄になっていたでしょ? それにあんたの衣装を作っていたせいで、私の分まで作れなかったんだから!!」
「それはそうだけど……」
「それに、あかりだってずいぶんと目立っているじゃない」
「ううう……強化版『アカリン』とかシックスパック『アカリン』なんて言われても全然嬉しくないんですけどっ!! なんかパチモノっぽいし』
スレンダーなアカリンの隣に、ムッキムキなアカリンが並んでいれば、それは強化版に見えるだろう。
「うわーん、来年こそは絶対にダイエット成功させるんだからね!!」
「ハハハ、泣くな、あかり……いや、強化版アカリン」
「なんで言い直したっ!? 酷すぎない?」
果たして来年は無事「アカリン」になれるのか?
答えは神様だけが知っている……のかもしれない。