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おまけ1.聞きそびれたこと

 あと一ヶ月もすれば春が始まるであろうという頃。私、ブレシア・ロッテルダムは婚約者のレオン様と共に馬車で王都の外へと足を延ばしていた。というのも。


「君に悲しい過去を思い出させてしまうかと思ってサラの働き口に王宮外を(すす)めたのだが……」

「大丈夫ですわ。私、彼女に聞きそびれたことがありますの」


 レオン様は少々心配性すぎると思うのだ。


 今私たちが進んでいる街道には雪こそ積もっていないものの、ところどころ舗装(ほそう)が足りないせいかガタコトと揺れていた。

 最近は妃教育で国の予算の使い方なども聞いているので、仕方がないことだと理解している。


 それに、私がそんなことを口にしてしまったらレオン様が本来他に回す予定だった予算を使ってしまいそうな気がするわけで。うっかり口に出さないように気をつけている。


 それはさておき。早朝に王都を()った私たちが、サラが働いているという果樹園に到着したのは昼前のことだった。




 レオン様の手を取り、馬車を降りた私。

 事前に聞いていた通り、果樹園は王都周辺の王家直轄領の、とある村の一角にあった。周辺の村からも、出稼ぎ労働者をある程度雇っているのだとか。


 そんなことを復習している間にも、果樹園に併設されている建物から中年男性が出てきていたらしい。

 彼は私たち──というかレオン様と視線が合うと、ぎょっとしたように背筋を伸ばしてこちらに駆け足でやって来た。


「で、殿下!? 本日はどのようなご用事でこちらに」

「久しいなガイモン。先日こちらにサラという──」

「ああ、彼女ですか! 不慣れで文句も口をつくように出るのに、仕事は遅いながらも一応きちんとする髪が赤い──」

「その彼女だ。私の婚約者、ブレシアが彼女に聞きたい話がある、と」


 レオン様にガイモンと呼ばれた男性は背が高く、がっちりした体型をしていた。

 農夫というより、もはや騎士といった方がいいのではと思うぐらいだ。


 唐突に肩をポン、と叩かれた私。それがレオン様の手だと理解しただけで、思わず身体が火照(ほて)ってくる。

 そのせいで一瞬頭が回らなくなったのだけれど、レオン様に「自己紹介を」と言われてしまった私は、そこでようやくまだ名乗っていないことを思い出した。


「はじめまして、ガイモン様。ブレシア・ロッテルダムと申します」

「ロッテルダム……! これは大変失礼いたしました」


 そう言って再び深々とお辞儀するガイモンさん。

 レオン様よりも畏まられている気がしたけれど、心を読む限りどうやらレオン様の隣にいる女性なのに婚約者だと気づかなかった、ということへの申し訳なさから来たものらしかった。


「何もご用意できておりませんがどうぞこちらへ」


 そう言って私たちを建物の中へと案内してくれるガイモンさん。


 私たちが今日何の先触れも出さずにやって来たのは、サラが逃げないようにするためだ。

 もし私たちが来るとわかっていたら隠れたり、どこかに行ってしまったりするかもしれないと考えてのことだった。


 そういうわけで、建物の一階に入った時点でもう一人の管理者の方にサラを呼んできてもらえるという話になったのだけれど。


「ここでお待ちください。それでは」


 私たちが応接間の椅子に腰かけたのを確認すると、ガイモンさんはそう言い残してどこかに行ってしまった。


 レオン様に聞けば、果樹園の仕事は色々あるらしく、一人でも人手が必要なのだとか。そういうわけで、サラが抜ける分彼が入らないといけないのだとか。

 というか、ガイモンさんの方が仕事が速いらしい。うん。


 途中、ワゴンで運ばれてきたお茶に口をつけたり……としていると、やがて廊下が騒がしくなる。

 廊下の扉が開いているのもあって、かなりうるさい。


「ちょっと! なんであなたがここにいるの!? って、王子様も一緒じゃない!」

「ごきげんよう、サラさん」

「ごきげんようって何よ!? あらそう、もしかして聖女になった私がこんなところで働いているのを見て愉悦(ゆえつ)に浸りに来たのかし──」


 サラがそこで言葉を止めたのが気になって、視線の先を見れば。

 その矛先は私の隣に座っているレオン様だった。けれど、彼が笑顔なのにどうしてサラの言葉を止められたのかよくわからない。


「サラ。今日はブレシアが貴女に質問がある、と言っていてな」

「ふーん。それで婚約者のお願いをきくためにわたしのところに……。よかったわね愛してもらえて、ねえ?」


 そう私の方を向いて告げるサラの言葉は、もう心を覗かなくてもわかるぐらいに嫌味たっぷりだ。

 けれど、私がこのくらいで(とが)めたりはしないと知っているレオン様だから、止めることはしない。助かる。


「ええ。とっても幸せですわ」

「……フン! それで何? わたし、休憩できると思って来てみたらあなたの話し相手なんて聞いてないわよ。そういうわけだから、早くしてね」


 いかにも「こんなことするぐらいなら仕事させてくれ」と言わんばかりのサラ。仕事は不慣れで文句も言うけれどきちんとするとはガイモンさんも言っていたし……。

 何より、生き生きとしているのは変わらないのだけれど、以前と違って瞳が曇っていない。……と、いけない。


「それではサラさん。本題に入らせていただきたいのだけれど……貴女、どのようなスキルを授かったの?」

「はぁ……これ、どうせ答えるまで解放されないんでしょ? ……わかったわよ」


 そう言ってお茶を口にした彼女は、続いて私が訊きたかった話を口にしてくれた。


「まずね、ひとつ先に言っておくけれど……。わたし、この前の儀式で石板に触る前からスキル使えたからね? おかあ……ママが触らせたんだって」

「あら。そうだったの」


 知らなかった。彼女の心の声を聞いたことはあったのだけれど、少なくとも私が心を読んだ時にはそんなことは考えていなかったはずだ。それはさておき。


「で、わたしのスキルでしょ? ……人と人の関係性を見るスキルよ。って、何よそのつまらなそうな顔は」

「メリダとは違って、疲れを癒す肩もみのスキルではないのね」

「肩もみ? 何それ。でも癒しのスキルなんかあったらもっとこの果樹園の収穫量が増えてただろうし、わたしもお裾分けをたくさんもらえたかもしれないのに」


 そう言って私に恨みがましい視線を向けるサラ。

 文句なら私ではなくシュトー神に言ってほしい。そこでハタともうふたつ、ものすごく大事なことを思い出した。


「そういえばサラさん。貴女、本当は転生者なのではなくて? 前世、豊穣時代……暗黒時代で生きた記憶は……」

「え? 頭おかしくなったの? いくら暗黒時代が好きだからって引くわよそ……」


 サラの威勢が落ち着いたな、と思ったら隣に座っているレオン様の顔が笑顔になっていた。……けれど、どことなく圧力のようなものを感じる。

 今度は萎縮(いしゅく)してしまっても仕方がないかもしれない。うん。


「レオン様?」

「……ああ、すまない。君の質問を邪魔してしまったようだ」


 そう言って私の頬に唐突に口づけを落とすレオン様。

 当然、私の頬は一気に上気してしまう。


「レオン様、これはさすがに……」

「さすがに?」

「その通りよ! あなたたち仮にもこの国の将来の王様と王妃様でしょ? いちゃつくならこんなところじゃなくて、パレードとかでやってくれる? わたしだって暇じゃないのよ?」


 ついにサラにも呆れられてしまったらしい。

 けれど、つまりこの反応は。


「サラさん、つまり貴女には前世の記憶は……」

「前世? 記憶? あなたの頭の中がお花畑なら好きにすれば? それより、どうせまだ聞きたいことがあるんでしょ? 早くして」


 そう言って話の続きを催促(さいそく)するサラ。

 本当に早く退出したそうだ。


「わかりましたわ。それでは最後の質問なのですが、サラさんはどうしてレオン様と初めて会ったあの日にレオン様の御前(おんまえ)を辞したのかしら?」

「簡単よ。スキルのおかげでママの愛が殿下に向いてたのがわかったからよ。いくら王子様だからって、手を出したらきっとママが黙ってないわ」


 そんな事情があったとは思いもよらなかった。

 けれど、今サラが言ってくれたことのおかげで、何となく色々とわかった気がする。


 それから私たちはいくらか言葉を交わし、その日はお開きになった。

 私の隣には、ガイモンさんからお土産(みやげ)に、と受け取ったブルーベリーがたっぷり入った(かご)が置かれている。


 王都への帰りの馬車の中、私は新鮮なブルーベリーを摘まみながら、レオン様とサラから聞いた話をまとめていた。


「意外でしたわね。リーズさんがもしかしたらルーチェだったのかもしれない、と思うと」

「そうか……ブレシア?」


 もう彼女はクレルモン様共々どこかに行ってしまったわけで、本当のことはわからない。

 と、そんなことは考えても意味がない。過去を振り返ることは大切だ。けれど、悔やんでばかりではただ時間が過ぎてしまうだけだ。


「……レオン様、好きです」

「俺もだ。ブレシア」


 静かな馬車の中、王都への帰路で私はただただ、レオン様のぬくもりに包まれていた。


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