70.アマルナ様の訪問(3)
アマルナ様はバッグから封筒を取り出すと、それを机の上に置いた。
「こちらが、王都からのお土産ですわ。ブレシア様は塞いでいらっしゃるのではないか、と心配しましたのよ?」
「──それは!」
私がアマルナ様からのお土産に目の色を変えると、アマルナ様は私の反応を楽しむかのように大きく頷いていた。
「な、何ですの?」
「いいえ? ブレシア様がどのような反応をしてくださるのやら、と思っておりましたが……まさかわたくしの想像通りの反応を返してくださるとは思いませんでしたもの」
クスクスと笑うアマルナ様はさておき。そう、彼女の手に握られていたのは。
「殿下からのお手紙ですわ。決して中を見ないように、と仰せつかっておりますから、どのようなことが書かれているかは存じませんけれど」
その言葉と共に、私はアマルナ様から封筒を受け取った。
封蝋は間違いなく王家のものだし、その筆跡も間違いなくレオン様のものだ。
ここにペーパーナイフはない。今の今まで、手紙を受け取るとは思ってもいなかったのだから当然だし仕方がない。
そういうわけで、私ははしたないながらも──あくまでこの時代の貴族令嬢として、ではあるのだけれど──指をナイフのかわりに使って、封を開こうと思ったのだけれど。
「お嬢様。ナイフならございますよ?」
「メリダ? 貴女普段からペーパーナイフを持ち歩いて……」
「普通のナイフですね。お嬢様の御身をお守りするためのものです」
そう言ってメリダがどこからともなく取り出したのは、いつか料理長が果物の皮を剥くのに使っていたナイフだった。
ちょっと使いにくくて、思わず集中しすぎて。
封筒を開けきった私は、メリダとアマルナ様がしっかりと私の方を向いているということを忘れたまま、中に入っていた便箋を取り出した。
「えっ……?」
中から出て来たのは、幾枚もの便箋。一枚目を探し出すと、読み始めてすぐに私の身体は熱を帯びてしまった。
──「俺の女神ブレシアへ」と、面と向かっては言わないでほしいと言ったそれ。
たしかに女神だったし、決して他の誰かの前では女神と呼ばないという約束は守ってくれている。けれど、手紙とはいえそんなことを言われるとは思ってもいなかったわけで。
「後でお屋敷に帰ってから、ゆっくりと読ませていただきますわっ」
「ブレシア様。決して貴女のお母様に見つかってしまっては、駄目ですからね? 殿下から聞きましたわ」
「ええ。わかっております」
そう約束すれば満足気に笑顔で頷くアマルナ様。手紙を受け取ったし、早く読みたいから家に帰ろうかと足を動かしたちょうどその時。
アマルナ様から、非常に鋭い視線が飛んできた。
「あの……アマルナ様? 私、お手紙を読むために早く帰りたいのですけれど」
「いいえ、帰しませんわ。最近のお二人は私に内緒で何やらしていたみたいですし。なのに、殿下といえば何も教えてくださいませんでしたもの」
そう言葉にするアマルナ様の視線は、獲物の小動物を見つけた猛獣のそれだ。
こうなったら何があったのか、全て話すしかない。
もともと、秘密にしないといけないことは──私自身が恥ずかしい、レオン様とのあんなことやこんなことぐらいだし。残りは話してしまっても問題ない……はず。
「私とレオン様はクレルモン様のお屋敷に尋ねておりましたの」
「まあ、どうしてかしら? クレルモン様はお二人がお好きな暗黒時代のことを、本当に嫌っていらっしゃると聞いたわ」
「それは──」
☆☆☆☆☆
「そうなの……公爵様は……。それでは問い詰めたくなるのも不思議ではないわね。わたくしはつい、貴女が殿下と共にクレルモン様のもとに豊穣時代のよさを広めようと思ったのかと」
「うっ」
それも間違いではないかもしれない。
父がサラ……というかリーズに入れ込んでいるのを理由に説明したけれど、豊穣時代の布教と取られてもおかしくないぐらいには信頼されているらしい。──ではなくて!
「私もさすがにクレルモン様の前では豊穣時代のお話は避けましたのよ?」
「殿下がいらっしゃらなかったら、話してしまっていたのではなくて?」
「そ、それは……」
うんうんと、何杯目になるかもわからない紅茶を口にしているアマルナ様からそう告げられる私。
たらればの話ではあるのだけれど、そうなる可能性は十分にあり得た。
ただ、お互いに不毛な言い争いにしかならないと理解して触れなかっただけで。
「でも、お父様がおかしかったというのは本当のことですのよ?」
「そうでしょうね。あのパーティーの夜を見れば一目瞭然ですわ」
今日何度目のことかはわからないけれど、再び苦笑いするアマルナ様。どうやら、納得はしてもらえたらしい。
レオン様が即位するはずだった──結局、国王陛下の病が治ったので譲位は急遽中止になった──パーティーでの父の態度は、身内としてこれ以上に恥ずかしいものはないというレベルだったのだ。
「アマルナ様。アマルナ様はこれからどうなさるのですか?」
「そうね、王都に戻って貴女のお兄様から報酬をもらわないと」
「えっ……てっきりレオン様から言われてここに来たのだと」
アマルナ様の発言に、私は思わず目を見開く。
今の今まで何というか、ちょっとした勘違いをしていたらしい。
「どうしてそう思いましたの?」
「だって、二度私のもとを訪ねた伝書鳩が一度目はレオン様からの手紙を持って──」
「我が家の伝書鳩ですわ」
「え、でも」
「我が家の、伝書鳩、ですわ」
私の目の前にいるアマルナ様は強く、それは強く本当のことだと強調してきたのだけれど。
私には心の声を見抜く術があるのだ。問題ない。
(あ~あ。早くバルト様に会いたいわ。もし殿下からの頼みでしたら「自分で行きなさい」と説教していたところでしたのに。バルト様は買いすぎだと家族に購入を止められたロマンス小説でも何でも買っていただけるとおっしゃいましたけれど……。それ以前に大切な方のお願いをききたくないと思う人はきっとこの世界にはおりませんわ。ブレシア様はバルト様の大切な妹ですものね)
彼女の本音を聞いてしまった私は、「女神と呼ばないで」とレオン様のお願いを拒絶した過去を思い出してしまう。
好きな人のお願いでも撥ねる時は撥ねてしまうのだ。あと本を買いすぎてしまうのは、どうやら私だけではなかったらしい。
そう一人頭の中で思考を整理していると、目の前のアマルナ様から声がかかる。
「とにかく、ブレシア様。お母君には決して読まれないようにご注意くださいませ」
「わかりました。忠告ありがとうございます」
私の感謝の言葉を受け取ってくれたアマルナ様は、そのまま自身の金の髪をたなびかせ、部屋を後にしていった。
残された二人のうち、最初に口を開いたのはメリダだった。
「さあお嬢様。もうお屋敷に帰りますよ? お友達との再会も見ていて面し……このメリダ、お嬢様と殿下の再会の方がよろしゅうございました」
「大袈裟よ。私も、レオン様と会いたいのだけれど、ね」
そう言い合って席を立った私たち。ポットなどのティーセットはそのままにしておいてよいとのことだったので、ありがたく後片付けは宿屋の皆様にお任せすることにした。
「メリダ、お屋敷に帰りましょう?」
「仰せのままに」
宿を後にした私たちは、行きと同じ道を通って、邸へと歩いて帰っていった。




