48.夢のことをレオン様に
「夢、を? 君は悪夢にうなされていたのか……。どういう夢だったのか、君がよければでいいのだが、聞かせてほしい」
図書館の一角、大きな窓を背後にソファに腰掛けている私に、同じく隣に座っているレオン様がそう優しく声をかけてくれる。
もちろん、私は断るつもりなどない。そもそも、聞いてほしくなかったなら話を切り出したりするわけがないのだ。
「レオン様。実は……」
私はおもむろに、とりとめもない言葉で、夢で見た光景を語る。
ゆっくりとしか言葉にできなくてレオン様に申し訳なかったけれど、彼は何も言わず、ただ私の話す速さに合わせて、時々相槌を返してくれる。
「レオン様は前世からずっと私のことを思ってくださっていたのに……私は本当に不器用だったのだと痛感いたしましたわ」
「君はそんなことを……気にするな。どうせあのまま長く生きたとしても、俺たちは決して結ばれなかったのだから」
私はレオン様の言葉にハッとした。たしかに、女神と人では共にいたいと思ったところで、時間の進み方が違いすぎる。
私は結局殺されてしまったから、どのくらい生きることができたのかはわからなかったけれど……村に生まれた皆の一生をどれだけ見届けてきたことか。
とにかく、何年生きたのかすら覚えていないのだ。
「だから、この前の夜会で君が……その、教えてくれたことが、どれだけ嬉しかったことか」
「それは私もですわ、レオン様」
私たちはお互いに笑顔を向け合う。
「それで、夢のことなのですが……どうやら、私はルーチェという少女に刺されてしまったみたいで」
「ルーチェ!? なるほど、彼女ならやりかねないな……だが、彼女のおかげで君と今こうして一緒にいられるというのだから、皮肉なものだな」
「ええ。彼はリヒトのことを本当に好いていてみたいですもの」
レオン様が深々と頷く。レオン様の口からも、彼女はリヒトの妹だったと裏が取れた。
やはり、彼女の方が私よりもリヒトのことを詳しく知っているのだろう。そこだけはちょっと解せない。
そのまま私は、彼女について懸念していることを正直に伝えた。
「それで、そのルーチェなのですが……サラに似ている気がして」
「サラに似ている、か……そういえば、彼女は俺と始めて会ったその日に部屋を出て行ったな。夜会で会った時のことを思えば相変わらずのようだが」
私はその言葉に、夜会に参加した時のサラの振る舞いを思い出した。
同時に、彼女に重い罰が下らなかったことも思い出す。
「あの、レオン様。彼女や彼女の母、そして父はどうして重い罰が下っておりませんの? あのようなことをしたのに、不思議で仕方なくて」
「そうだな。俺が国王に即位していたなら、君に不実な態度を取った時点で極刑にしていたところだが……」
「そこまでの厳罰は求めておりませんわっ!」
語気を強くしてそう主張する私に、苦笑いするレオン様。
「君ならそう言うだろうと思った。今のは単に俺の思いだ。──それで、父上がなぜ二人に罰を与えなかったか、といった話だったな」
レオン様の確認に、私は頷いた。
普通なら、あのように国王陛下の手を取るなど、下手をすればその場で殺されても仕方がないぐらいにはやってはいけないことだ。
なのに二人は何のお咎めも受けていない。何なら、その様子を傍観していた父にも罰が下っていない。
そこまで頭の中で整理すると、ちょうどレオン様が続きを話してくれた。
「これは俺の推測にすぎないのだが……父上はおそらくあの男、クレルモン公との対立を避けたいのだろう」
「クレルモン様、ですか?」
「ああ。彼はこの国の民のほとんどが信仰しているデルファイ教の教主で、公爵位と同等の地位を賜っている男だ」
あの黒髪灰目のメガネ長身男がそんなに重要な地位についているというのがちょっと不満だ。
豊穣時代のよさがわからないどころか批判すら始めそうな人というのも、というかだからこそ嫌だ。
「当然。彼は俺が豊穣時代のことに熱心なことを、事あるごとに揶揄してくるし、何かにつけて豊穣時代を貶そうとしてくる。そのような男など、たとえ父上から公爵位と同等の地位を賜っていようとも、尊敬に値しない」
「……! そうですわね。他者や他国、先人たちの信仰に敬意を払えない方など、私もお断りですわっ!」
お互いに深々と頷き合う私たち。この感じが懐かしいのは、彼を意識して以来、豊穣時代について熱く語り合う機会が少なくなっていたからかもしれない。
いや。少なくはなっていなかったのかもしれないけれど、私が彼と近すぎる距離にいたたまれない気分になってしまっていたのは大きいと思う。うん。
「それで、そのクレルモン公だが、どうやら父上に脅しをかけたらしくてな」
「国王陛下に脅し、ですの?」
「ああ。もし自分やリーズ、そしてサラに手をかけるなら、スキルを調べる石板は破壊させる、とな」
衝撃だった。妃教育で、教会が今のように力を持つようになったのは、聖女にスキルを与えるというか、そのスキルを目覚めさせという石板のおかげだと聞いていたのだ。
もしその石板がなくなったら、教会は権力の後ろ盾を失うわけで。豊穣時代がどうとかいう話を含め、彼の価値観が理解できない。
「豊穣時代のことを悪しざまに言うのはともかく、あまりこのようなことを言うのはよくないと理解しているのですが……。サラも、彼女の母のリーズも平民ですし、どうしてそこまで庇うのか、理解できなくて」
「俺もだ。手の者を使って彼女らのことについて調べさせたのだが……どうやら、リーズは教会に預けられていた子供だったらしい。他にわかったことといえば、サラが彼女の娘だという話ぐらいだろうか。父親は君の父だろうという話が上がっているが……正直、裏が取れていない」
私はその話を聞いてびっくりした。だって、彼は仮にもこの国の王太子殿下なわけで。
彼にかかればこの国のことで調べられないことなど、ほとんどないはずだ。なのに、そんな彼にかかっても二人の情報をほとんど集められないなんて。
あとは、サラの父親が父だという話が本当かわからないというのも驚きだ。
十中八九、父なのだろうけれど……私個人としては、できれば父がサラの親だというのは信じたくない。
「クレルモン公はその程度しか情報が出てこないように守っていたのだろうな……その理由が何なのかはわからないが、注視しておく必要はあるだろう」
ほとんど何もわからない。その事実に私は少し身震いした。
そんな男がかくまうのだから、彼女たちにも何かしらの秘密があるのだと思う。
この後、なかば放心状態になってしまった私。レオン様が背中をゆっくりとさすってくれたおかげでどれだけ私が安心したのか、きっと彼が知ることはないのだろう。
でも、この気持ちは胸に秘めておきたい。そう思った朝だった。




