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38.非常識な母娘

 馬車に乗って王宮に到着した私たち。父が衛兵に招待状を見せると、そのまま真っ直ぐと会場まで通された。


 会場となるホールにはすでにたくさんの参加者が到着しており、ごった返していた。

 ネームコールマンが父の連れている二人に少しぎょっとしたのを見て、つい心の中で謝ってしまった私は別に悪くないと思う。


 そもそも、招待されていないリーズやサラを連れて来たこと自体が間違いなのだから。




 会場の中に入ると、父は「こっちに来るな」と言わんばかりの視線を残して、サラたちを連れて最前列の中央に行ってしまった。ちなみに。


「お兄様はいいんですの?」

「僕にはエスコートしなきゃいけないご令嬢がいるからさ。一度殿下と一緒になったら絶対に離れちゃ駄目だよ?」

「そんなこと、言われなくともわかっておりますわ」


 お兄様は私とこのような会話を交わすと、どこかに行ってしまった。

 そのご令嬢の家に迎えに行かなくてもよかったのかな、と一瞬思ったのだけれど、彼女もまた家族と共に馬車に乗ってきたとのことだったので、たぶん大丈夫なのだろう。


 それにしても、お兄様にいつの間にかエスコートするような相手が見つかっていたなんて。そんな話は全く聞いていなかったから、ちょっとびっくりした。




☆☆☆☆☆




「国王陛下、並びに王家の皆様のご入場です!」


 皆と別れてからしばらくして、ホールに声が響く。

 ちなみに、私は最前列の真ん中辺りにいる父から少し離れた、最前列のちょっと端の方に立っている。


 玉座の後方にある通路から、国王陛下夫妻と、レオン様が出てきた。国王陛下と会ったのははじめてではない……と思いたいのだけれど、はっきり言って印象があまりない。


 しいて言えば、容姿からしてもまだそれほど歳を召されていないはずなのに、年老いた老人のようにゆっくりと歩いているのが目に映るというか。

 言ってしまえば、夢で見た姿そのものだ。少なくとも容姿や体力といった面については、聞いていた年齢のわりには本当に衰えているように見える。


 ヴェローナ妃殿下とレオン様が倒れた時に支えられるように、という理由でないと説明できないぐらい近くにいるところとか、見ているこっちが心配になってしまう。


 だからこそ、レオン様が即位するという流れになったのだろう。

 国王陛下が玉座へとゆっくりと腰掛けた。


「よいしょっと」

「父上、お疲れ様です」

「俺はまだそのような年では……イテテテテ」

「あなた……」


 公爵令嬢であり、かつレオン様の婚約者でもあるので、最前列にいるからこそ聞こえてくる声なのかもしれないけれど……。威厳がない。

 少なくとも、私以外にも前の方に立っている者は皆聞こえているだろう。


「今日は、俺の愚息のために集まってもらったわけだが……。まずはブレシア・ロッテルダム公爵令嬢……前ゲホッゲホッ!」

「父上!」


 やはり体調が悪そうだ。ひとまず、陛下に呼ばれたので前に出るしかない。そこまで歩いていく最中、鋭い視線を向けられた気がした。

 サラか、それともリーズか……それとも、豊穣時代のことをよく思わない他の誰かのものなのか。

 少なくとも言えるのは、比較的玉座に近いところから向けられたものだということだけだ。


 私は玉座からちょっと離れた場所で立ち止まる。これ以上近づくな、と近くにいた宰相と思わしき男性から強い視線を向けられたからだ。


 彼がおそらくアマルナ様のお父君なのだろう。彼女の金の髪もアイスブルーの瞳も、父親である彼から受け継いだものらしかった。

 けれど、顔つきはあまり似ていないので、そちらは母親に似たのだろう。


「ん? 遠慮はいらんぞ。近うよれ」

「ありがたきお言葉」


 陛下のお許しが出た。というわけで、私が一歩を踏み出そうとしたちょうどその時。


「待ちなさいー!」

「えっ?」


 大声が聞こえてきたのでそちらを振り向くと、そこにいたのはやはりと言うか。


「サラさん? ここは公爵邸ではないのですよ?」

「うん。それが何?」

「それが何って貴女……」


 周囲から向けられる冷たい視線。ほとんどはサラの方に向かっていたのだけれど、私にも若干火の粉が降りかかっている気がする。


「これは面白そ……ゲホゲホ」

「陛下、大丈夫ですか?」


 私は激しく咳払いする陛下の方を振り返る。一瞬、陛下が変なことをおっしゃった気がするけれど、たぶん気のせいだ……と思いたい。


「ちょっと! わたしを無視しないでよ!」


 私が陛下の方を向いたからだろう。サラが突然大声で叫び始めた。

 そういうわけで、私はすぐにそちらを振り返ってしまった。


「貴女は国王陛下よりも自分のことがそんなに大事なの?」

「お姫様は大事にされるべきなのよ! 愛されないといけないの!」

「だからわたしを優先してほしいって? 呆れたわ」


 呆れた。そう思ったのは間違いではないのだけれど……。彼女からは何というか、自己暗示というか。


 とにかく、私がサラから感じとったのは「自分はお姫様でなくてはならない」といった焦燥感だった。

 彼女にも、彼女なりの問題があるのだろう。たぶん。けれど、父よりも心の中身がひどそうなので、心の声を聞くのは遠慮したいということだ。


 ただ、彼女は自分のことしか考えられない、可哀想な子なのだということだけはわかった。リーズは育児とか苦手そうに見えたし、つまりそういうことなのだろう。


 そんな突然乱入してきた彼女が、私たちのもとまでやって来ると。それを面白がっていた国王陛下は、彼女に対して口を開いた。


「お主、サラと申すか」

「はい! わたしはお姫様のサラですっ! 王子様の婚約者になるのはわたしです! 聖女失格だなんて呼ばれたお姉さまではないんですっ!」


 今まで一度も私を姉などと思ったこともないだろうに、そう言い切った彼女。

 私はやはり、頭の中で頭を抱えてしまう。


「その通りだサラ。お前と殿下との婚約を結び直せるように進言しよう」

「パパ……」


 なぜそのことを陰ではなく、この場で言うのか。その当事者である国王陛下とレオン様の前だというのに。

 しかも、父はリーズを連れてこちらへと向かって来ていた。嫌な予感しかしない。


「その通りよ! あんな女じゃなくて、あたしたちの愛の結晶のサラが王子様とは結ばれるべきだわ。器量よし、顔よし。それに比べてあの女といったら……」


 そう言って何のためらいもなく、陛下の前までやって来るリーズ。しかし、誰も彼女を止めようとはしない。

 仕事をしない近衛兵たちにかわって、私はマナー違反を承知で、彼女のドレスの裾をつまみ、私の方に注意を向けさせた。


 そもそも、招待されていないのにやって来ている時点でマナー違反なので、たぶんお咎めはないだろう。


「ふぅん。あんた、こんなことするんだ。こんなおめでたい場で。だから嫌われるんだよあんたは」

「こんなこと、ですか? それは何のことですの? 暗黒時代が好きと公言していることが非難のもとになっていることは知っております。ですが、私が裾をつかむという理由で嫌われたという話は聞きませんことよ、リーズさん?」


 私がそう軽く笑顔を向けると、彼女の顔は真っ赤に染まった。


「フン! 相変わらずね。その顔、いつまで続くのかしら? ねえ、王様? あたしの娘と結婚させた方が断然お得ですよ?」


 何か言おうとするたびに「フン!」と鼻を鳴らすのは、彼女が愛しているという父の影響だろうか? 本当にお似合いの二人だ。

 ……一緒に並んでほしくないのはさておき、なのだけれど。


 でも大丈夫、国王陛下はちょっとおかしなだけで、常識人なのだ。我が家の三人組とは違う。

 リーズは国王陛下の手を取って、耳元で何かを囁いている。たぶん、サラを婚約者にあてがえとか、そういったことなのだろう。


 そう思って二人の会話のなりゆきを見守っていると。


「うむ。そうやもしれゴホゴホ!」

「陛下っ!」

「王様の言う通り。あとは、婚約者をサラに変えるとあたしが言ったら、頷けばいいの。ほら、サラに変えるでしょ?」


 何なのだ、この非常識な親子は。

 しかも、意外と交渉能力が高い……? 今まで、私は彼女のことを完全に見くびっていたかもしれない。


 けれど陛下の顔は真っ赤だし、先ほどより体調が悪化している気がする。

 自分たちのことばかり考えて、陛下のことを考えていない自分勝手な人なのだと思うと、(はらわた)が煮えくり返った。


「ああ。レオンの婚約者か。そうだな、変えるべゴホゴホ!」

「さっきからくしゃみばっかして! あたしたちをはぐらかそうとしてるのね! それならこっちにも手があるわ。サラこそが本当の聖女で、今の婚約者は聖女失格だから、婚約者を変えるだけで済むの。そうすれば王様の病も治るの」

「父上! 騙されてはいけません!」

「俺は、俺は……っ!」


 とても苦しそうにしている陛下は、ついに、玉座から前にゆっくりと倒れてきた。


「父上!」


 その時ホールに響いたのは、夢で聞いた知らない誰かの金切り声ではなくて。よく見知ったレオン様の声だった。


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